死に別れ道(4)
「増えましたね」
「増えたな」
こうなってくると、わからない。さっきの道が正解だったのか、それとも不正解だったのか。
「進展した、という目で見れば正解だったんじゃないか」
「増えた別れ道、状況が悪化したともとれますけどね」
こんな光景が現実にありえるのかどうかは僕にはわからない。けれど、今僕の目の前には、一本の道が四つに別れてそのまま同じ景色、同じ太さでどこまでも真っ直ぐに伸びている。
「……とりあえず、様子見るか?」
「ですね……」
今のところ、別れ道の数以外なにも変化がない。さっきの二股道と同じ色の家が同じ順番でそれぞれ並んでいる。
月垨ほこらが、「体調とかは大丈夫ですか?」と聞いてきたので、問題ないと返す。
さっき通ってきた道がハズレの場合、僕の体になんらかの異変があるかもしれないと考えたようだ。
「ていうことはさっきの道でよかったのか?」
「……ひとまずどれかの道に進んで見ます? また人が出てくるかもです」
「と言ってもなあ……」
さすがになんのヒントもなしに四つのうちどれか一つを選ぶというは少し抵抗がある。
最悪なにか異変があればこの場所まで戻ればいいんだが、なにしろ僕にも月垨ほこらにも現象の勝手がわからない。
なにもないからこそ、うっかり致命的なミスを侵しかねない。
「あ、先輩」
月垨ほこらが声を上げる。彼女が指さす方へ目を向けると、見えている家の一軒から――いや、二軒、三軒、四軒と人が出てきた。
女、女、男、女と男。
その誰もが黒い服を着ており、遺影を抱えて泣いている。二人組のところだけは、男の方が遺影を抱えて、女は膝を折り、両手で顔を覆って泣き崩れている。
「頭がおかしくなりそうな光景だな……」
見渡せば、四本の道のうち、三本がその状況だった。まったく同じような黒服の人間が出てきて、同じように泣いている。
そして一本だけは、ただ静かなだけの道だ。
「選ぶ必要はないな……」
「まあ、そう、ですよねえ」
月垨ほこらはどこか判然としない様子だったが、少なくとも僕はよほどのことがないかぎり、何人もの人間が泣き崩れている前を通ろうとは思わない。
「空いてる道を通る。それでいいな?」
「……わかりました。行きましょう」
月垨ほこらが首を縦に振ったので、そのまま歩き出す。今度は手をつなごうなどとは言われなかったが、念の為月垨ほこらが先行するようだ。
遠くに聞こえる泣き声を耳にしながら、人のいない道を進む。
しばらく無言で歩いて、足音以外が耳に入ってこなくなった頃、月垨ほこらは歩みを緩めて僕の隣に並んだ。
「多分ですけど、わかりましたよ。この怪奇現象の仕組みが」
「……そうなのか」
思わず顔を向ける。
僕も考えてはいたが、なにがなんだかさっぱりわからない。
ざっくりになりますが、と前置きして、月垨ほこらは説明を始めた。
「多分この道は、念の集合体なんですよ」
「念?」
「ええ。それも、"死"という。あの泣き崩れてる人達は、多分その"死"が形を成したものなんだと思います」
「なるほどな。わざわざそれを僕たちに見せつけてくるなんて、いい趣味だな」
「ええ、そこが重要なんです」
僕の悪態に、月垨ほこらは大きく頷く。
僕らが迷い込んだこの道は、死という念で構成されているのだという。その一部が形をなして、わざわざ僕らの目の前に現れてきた。その狙いは……
「連れていこうとしているのか?」
「まあ、大まかに言うと。先輩、たとえば死亡事故の現場とかで、やっちゃいけないことってなにかわかりますか?」
「聞いたことあるな。確か同情してはいけない――ああ、なるほど」
ようやくわかってきた。
わざわざ僕らの目の前に現れて、大袈裟に泣き崩れて――あれは、同情を引こうとしていたのか。
同情を引いて、そこに釣られてきたものを一緒に連れていく。なるほど、いい趣味だ。
「結局、僕たちの選んだ道は正解だったってことでいいんだよな?」
「はい。別れ道が増えたのは、私たちが引かれないから、さらに強く見せつけてきた。とかそんな具合でしょうかね」
「てことは、あの別れ道は、その念とやらが僕らを諦めるまで続くってことか?」
「その辺はなんとも……。ただ、特定の物に強い恨みやあるわけでもない。そこにあるだけの"死"という念の集まりが、強大な力を持てるわけもない。わたし達に見せつけようとすればするほど、その形を保てなくなるはずです」
ピタリと、月垨ほこらが足を止める。その視線は、まっすぐ前を見据えていた。
つられて僕も前を見る。
「道が……なんだこれは?」
目の前の道が歪んで、増えて、戻って、曲がって、増えて、消えて――。とりあえず、酔いそうな景色だ。
「死んだ人の魂が、この世に留まれるのは基本的には四十九日。そこが、死というエネルギーの限界です」
そして、目の前の道が別れていく。死が別れていく。
二つ、四つ、八つ、十を超えて、いよいよありえない光景になってきた。けれど、そう認識できるのだから気持ちが悪い。
「きっと、これが最後です」
なら最後に相応しいなと思った。とんでもない数だ。端から数えていって、十を超えてもまだ半分に遠かったから、数えるのをやめた。
すると月垨ほこらが、神妙な声で言ってきた。
「"死"という概念の限界値、四十九又道。落ち着いて下さいね、先輩。落ち着いて、進むべき道を探しましょう」
その光景に、思わず息をのんだ。
四十九本に別れている道の、それぞれの家全てからわらわらと人が出てきた。
黒服──あれは、喪服か。
そして手には遺影。骨壷のようなものを抱えている人間もいる。
それらは道を塞いでしまうほど溢れてきて、すすり泣き、咽び泣き、慟哭をあげていた。
「……さすがに気分が悪くなるぞこれ!」
「落ち着いて、誰も出てきていない道を探しましょう! そこを通れば出られるはずです」
それは一体、なんの訴えなのだろうか。
耳が痛くなる。それはもう人ではなく、獣の叫びに近かった。
けれど、哀れには思わない。思いたくもない。
目を端から端に流す。
人が溢れかえっているせいか、その一本の無人はやけに目立っていた。
「行きましょう、先輩。私たちがいなくなれば、この空間もきっと消滅するでしょう。明日また登校中に引き込まれるとかそういうことにはならないはずです」
「……それでもさすがにしばらくは道を帰るけどな」
「え、そうなんですか。じゃあどこ通るか教えといて下さいね」
「絶対に嫌だ」
まあ、教えなくてもどうせまとわりついてくるんだろうが。
ひとまず、これで終わりなのだと、足を進めて、遠くなっていく声に意識を向ける。
諦め悪く、いつまでもいつまでも叫び続けているその声は、やがて完全に聞こえなくなった。
そして――
「……なんだ、ここ」
進んだ先には屋敷があった。
大きく開け放たれた巨大な屋敷。そこには大きな広間が丸見えで、大勢の人間が座って、そして奥にはなにかが――
「嘘……まさか……これって……」
「月垨ほこら?」
まさか、これで終わりじゃないとでも言うつもりか。
月垨ほこらは明らかに動揺していた。目の前の景色を見て、思わず後ずさりするほどに。
さすがに肩を揺さぶって声をかけようとした時、耳に届く痛みに思わず頭を抱えてうずくまった。
「――うっ、がぁぁ……なんっ……」
「先輩?! 先輩?!」
大きな音が頭を揺らしている。多くの声の重なりが、脳に響いている。
道を進んだその先にある屋敷。そこでなにが行われているかは、一目でわかった。
あれは、葬式だ。
「先輩、大丈夫ですか?! ああ、あああ、ごめんなさい! ごめんなさい先輩!」
そして今僕の頭の中で響き続けているのは、お経だ。
「ぐぅっ……!ああぁ……!」
頭が割れる……。今すぐ何度も地面に頭を打ちつけて脳みそを取り乱して掻きむしってやりたい。
「先輩! 先輩! 先輩ごめんなさい! わたしのミスです!」
かろうじて、月垨ほこらの声が聞こえる。自分でも調子がいいとは思うが、今はその声にすがる。
自分を見失わないように、僕の肩を支えている手を掴む。
「……間違えたのか……僕たちは……!」
「はい、間違てたんです……私たちは、不正解の道を選び続けてしまったんです……!」
簡単な話だ。
ただ、間違ったという話。暴いたと思っていた怪奇現象の正体が、まるで検討違いだったということ。
「ここは、この空間は、"死"の念が集まった場所じゃない……ここは、死を悲しむ念が集まった場所。死んだ人じゃない、死なれ残されたものの悲しみが集まって形作られた場所! 同情してはいけない場所じゃない、同情しなくてはいけない場所だったんです!」
後ろから、大勢の足音が聞こえる。
視界の端で何人も立ち上がるのが見える。
死に別れたもの達が僕らに訴える。
お前達も悲しめ――と。
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