死に別れ道(3)

「突如として現れた二股道……ですか」


隣でやけに冷静な月垨ほこらに、なんだか腹が立った。


「おい、これどうするんだ?」

「さあ? どうしましょうかねこれ」


重ねて腹が立った。

しかし、そこを追求しても意味がないことぐらいはわかっている。結局のところ、月垨ほこらが神様であることで得られるようなアドバンテージなんて、期待するだけ無駄だ。

今僕達に与えられた情報は同じ。

いつもの通学路に異変が起きて、謎の別れ道が出現している。


「さすが先輩というべきかなんというか……。この前までなんもなかった通学路でこんなことになるなんてさすがですねえ」


これが嫌味じゃないからタチが悪い。


「で、先輩どっちに行くべきだと思います?」

「……僕より、お前はどう思う」


癪ではあるが、面倒ごとには僕だって巻き込まれたくない。神様として役に立たなくても、神様だった者としての知識が役に立つというのなら、さっさと終わらせてもらおう。


だが、月垨ほこらは考え込んでいる。

二つの分かれ道はまるで違いがない。人がいない。ただ殺風景な住宅街がどこまでも伸びている。

ああ、本当に同じだ。建っている家の並びも色合いも、道に入ったところにある壁のヒビでさえも。

僕の目からはあまりにも判断するための材料がない。そしてそらは月垨ほこらも同じようだった。


「とりあえず気になるのは、この別れ道に意味があるのかないのか、ですかね……」


月垨ほこらから見ても、この別れ道には違いが一切見当たらない。

この別れ道に意味がある――すなわち、どちらかが正解でどちらかが不正解の場合、このまま進めばただの運まかせになってしまう。


「けれどその可能性は低いと思うんですよねえ。怪奇現象にはその現象を構成する意味があります。ルールがあります。運だけでは逃れられませんし、逆に運だけでは呑まれない」

「……じゃあ、逆か」

「逆? ――ああ、そうですね。恐らく」


つまり、今目の前に広がっている別れ道には特に意味なんてない。

どっちを選ぼうがその先にあるものは変わらない。

僕としてはただそれだけで終わってほしいものだけど、それはあまりにも楽観的すぎだ。


「とりあえず進むか……。どの道ここで止まっていたら一生出られない」

「いや、待ってください」


歩き出そうとしたら僕を制止して、ほこらはまだなにかを考え込んでブツブツ言っている。


「この道は急に現れたわけじゃない……。わたし達が異変に気付いたその瞬間現れた……。それは既にある程度わたし達がこの道と繋がっているということで……。これが単に入口ならそれこそ二つに別れてる意味は……」

「だったら、別れるか? 僕は右を行くからお前は左をいけ」


そう言った瞬間、月垨ほこらは強く「ダメです!!」と反対した。そうすると、なにかあった時にぼくを守れないんだそうだ。

言い返す言葉は喉まで上がってきたが、それこそ月垨ほこらと言い合っててもなににもならない。


「なんでもいいからとりあえず進もう。それこそここで無駄に悩んでいて時間制限みたいなものがあったらどうする」

「……それもそうですね。ただし、手は繋でて貰いますよ! 邪な〜……あれは〜……まあ、ありますけど、とりあえず先輩第一で!!」

「…………」

「うっわ、ビックリするぐらい嫌そう?!」

「…………指の先だけだ」

「あはは、これ解決したら一人で泣いてやるんだ」


危険はわかる。だがこいつに手なんて握られた日には、そのまでうずくまって体の水分がなくなってそのまま干からびるまで吐きかねない。

これは僕なりの精一杯の譲歩だと思ってもらおう。どんな目にあおうが、僕にとってなにより関わり関わりたくない怪奇現象はこの月垨ほこらなのだから。


手を差しだすすると、人差し指の先を摘まれた。勢い任せに手を掴まれたらどうしようかと思ったが、ひとまずは大丈夫そうだ。


「とりあえず、右行きますね。一応目はこらしておいてください。なにか変化があるかもしれませんから」

「はいよ……」


そうして僕は月垨ほこらに手を引かれて足を進める。一歩、二歩。

月垨ほこらの足取りは、探りを入れるように遅い。神様からしても、今回のこれはまあまあ珍しい現象ということだろうか。


そして僕たちの進路は右の道へと入っていく。後ろを振り向くと、前に見える景色と全く同じ一本道が広がっていた。


「ちなみなんだが、これ別れ道じゃなくて後ろに行くっていう手もあるんじゃないのか」

「多分、同じ場所に戻ってくるだけじゃないですかね」


僕もそう思った。

そして完全に右の道の中に入った時、目を凝らさなくてもわかるその異変は起こった。

ゆっくりと、遠くの家の一軒から誰かが出てきた。

月垨ほこらは立ち止まり、僕も思わず身構えた。

それは女だった。黒い服をきた、肩ぐらいまでの髪の女。

そいつは家の門扉を開けて道へと出てくる。そして家の目の前で立ち止まって、背中を曲げたまま肩を震わせていた。


「……泣いている?」


その女は、なにかを抱えて片手で顔を覆って泣いていた。


「先輩、あれ、遺影ですよ」


言われて見ると、その女が抱えているものは、確かに長方形の形をしていた。黒い額縁のようなものも見える。それ以上は僕の位置からは見えずらいが、遺影なのだろう。


「で、これは正解か? 不正解か?」

「……先輩、後ろの景色はなにか変わりありますか?」

「いや、変わらず異常だ」


この道が正解か不正解か、月垨ほこらも判断に迷っているようだった。ずっと立ち止まって様子を見ている。

そして女も同じように泣き続けている。


「先輩、戻れるのなら戻りましょう。念の為あの女には背を向けずに。私は前を見てますから先輩は後ろを確認しながら下がってください」


そのことについては反論はなく、僕は指を摘まれたままジリジリと後ろに下がった。

遠目に見える女は未だに泣いている。そしてすぐに、何事もないまま元の位置に戻ってきた。


残っているのは後ろか左。

結局、一番危険性がなさそうということで、後ろに進むことにした。けれど、どれだけ歩いても振り向けばまた目の前に変わらぬ距離のままあの二股路が伸びている。

出てきた女もそのままだ。


「と、いうことは左か」

「ええ。ひとまず行ってみましょう」


同じように、指の先をつままれたままゆっくりと進んでいく。

右の道を進んだ時、女が出てきた辺りで月垨ほこらは立ち止まり、しばらく様子を見ていた。僕も目をこらしていた。

けれどなにも出てこない。なにも起きない。

またゆっくりと前に進む。進んで進んで、試しに止まる。

けれどなにも起きない。

そんなことを何度か繰り返したあと、大丈夫だろうという確信を得たのか、歩みが早くなった。

平凡なペースで左の道の先を進む。だが、景色はいつまでたっても、まるで絵画のように一定だ。


気が少し緩んだのか、月垨が話かけてきた。それを僕は無視して、摘まれたままの手を振り払った。


「……景色が変わらないってことはまだ終わってないってことだよな」

「はい……多分」


そして直ぐに、次はきた。

ただ真っ直ぐに伸びているだけの道を歩いていたはずなのに、突如として目の前に分かれ道が現れる。


さっきのような二股道ではない。四つに別れた四つ股道が、視界の果てまで伸びていた――。

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