死に別れ道(2)
「大体、私を避けようとするのって、現実問題結構間違ってると思うんですよ」
「間違ってないわけがない。今こうやってお前と喋っているだけで、正直吐きそうになる」
「仮にもわたし女子なんですけど?!」
「女子じゃないだろ元々は」
「でも先輩、この姿以外のわたし、見たことはないですよね?」
「……屁理屈だろうそれは」
ある程度は返答しておいた方がいいだろうと、仕方なく月垨ほこらとの会話を続けてはいる。
だが、どうやらそれが失敗だったらしいということにはすぐ気がついた。
飛んできた一つの会話のボールを打ち返すと、今度は三つになって返ってくる。
会話が途切れる余地が全くない。
月垨ほこらの声がでかい分、周りの微笑ましいものを見るような目もきつい。
「いやいや、というかマジな話、わたしが日頃から先輩の近くにいないと、先輩マジで死んじゃいますよ、マジで」
「マジマジうるさい。女子高生か」
「だから女子高生ですって!」
「そもそも、僕が死ぬだって? それを許さないのがお前だろう」
「わかってない! ただ死ぬんじゃない! 憑り殺されるんです! わたし以外の、誰かに!」
「もしそうなっても、お前よりマシだ」
「ばっか! 先輩のおばっか! 例えば痛みを与えず一瞬で殺してくれる処刑人とありとあらゆる苦痛を与えてから相手を殺す異常者に襲われるのならどっちがいいですか?! この場合、前者がわたしで後者がその他です」
「チッ……よくわらない例えには付き合いたくないから具体的なこと言ってくれ」
「先輩、チャンネルってご存知ですよね?」
「3がライオン」
「わーい先輩がボケてくれたーほこらうれしーでも今じゃなーい」
「うるさい……」
「まあ、一度ぐらいは説明したと思いますけど、本来、怪奇的存在と、先輩のような普通の人間が出会うことって滅多にないんですよ。あるとすれば、よっぽどチャンネル……まあこういう話なので波長って言った方がピンときやすいですかね。つまりですね、怪奇と人間は波長が合うものだけが互いを認知できるんです。つまり、わたしと先輩はロマンチックなことにたまたま互いの波長が噛み合ったからこうして出会うことが出来たんですよね。きゃー!」
「うんこ」
「うんこ?!」
「けれど、わたしは普通の怪奇の類ではなく、もっと上位の存在つまりは〜?」
「めんどくさい」
「はい、言われると思ってました。神様です。そんなわたしと密接に関ったり!挙句好意を持たり、こうして執着されるようになったり、半ば改変された世界の"改変"を認知出来てることもあわさったりまあ色々ありまして、その波長が先輩のはぐっちゃぐちゃになってます」
「……ああ、そういえば言っていたな」
「おお、思い出してくれましたか。まあざっくり言うと、今の先輩の状態は非常に危ないんですよ。怪奇な現象の入口はこの世に無数に存在します、けれどその入口は波長が合うという鍵がないと入ることはできません。つまり、先輩はマスターキー!」
「どこにでも入れるってことか」
「まあ実態はもうちょっと悪辣で、先輩とその入り口が近くなると強制的に波長が合って、そのままその怪奇現象に引きずり込まれてしまうんです。それがどんなに危険なことか、先輩はこの一ヶ月でよくわかっているはずですけど?」
「わかりたくもなかったんだけどな……」
「私は神様です」
「あ?」
「とても力があって、大抵のことは出来てしまいます」
「この一ヶ月で吐きたくなるほどよくわかってる」
「でもね、それはあくまでわたしの領域内での話です。あ、その難しそうな顔はやめてください。そうですねえ……先輩は日常的に、わたしという怪奇現象に巻き込まれています」
「…………」
「現象の中では、独自のルールが存在し、これまでの先輩が生きてきた平凡な日常のルールはそれに塗りつぶされてしまいます」
「……安藤先生の方が説明上手いぞ」
「それはさすがに言い過ぎでしょう?!」
「例えば、先輩が山の中で木に縄をひっかけて、それに頭を通して宙ぶらりんになるとします。現実世界ならそのままご退場になるところですが、今の先輩はそれが出来ません。なぜなら、今の先輩が生きる世界のルールでは、"先輩が不条理な死を迎える"ことはありえないからです。他ならぬわたしがそう決めていますから」
「そんな話ならとっくに理解してる」
「いや、もうちょい聞いてくださいって。これが、新しい怪奇現象に先輩が巻き込まれたとなると、また話が変わってくるんですよ。世界のルールが上書きされてしまうんです」
「ややこしい……。要するに、僕がお前以外のなんらかの怪奇現象に巻き込まれたら、お前は手出し出来ないってことか?」
「うーん……まあ、手出しというか……神様パワーで先輩を守ることは出来なくなりますね。というか先輩頭いいんだからちょっとは考えようとしてくださいよ。先輩の問題ですよ」
「……というか、お役立たずならそれこそ僕と一緒にいなくていいだろ」
「誰が役立たずか!!」
「言わばあれですよ! 先輩が迷路に放り込まれた時先輩一人ならそのまま出られず一生さ迷うことになりますけど、迷路の専門家であるわたしがいればサクッと出ることが出来るとかそんな感じのあれですよ!!」
「迷路は右手の壁伝いに歩き続ければいつかゴールに辿り着く」
「迷路の話してんじゃねえんですよ?!」
「うるさいなこいつ……」
「まあまあ……どうせすぐに実感しますよ。先輩はこの先、色んな怪奇現象に巻き込まれると思うんで」
「お前のせいでな」
「ですので、わたしがっ、お守りっ、します」
「とりあえずその不愉快な挙動をやめろ」
「さっきから先輩の口から悪口しかってないんですけど?!」
「うるさい……」
「まあまあそんなこと言わずにぃー。せっかくだからもっと高校生らしい雑談的なことしましょうよー雑談的なー」
「ふわっとしすぎなんだよ。せめて話題を決めろ」
「いや、とは言われても私この世界の誰よりも高校一年生ですから、具体的な雑談! って感じのが思い浮かばないんですよね〜。先輩なんかないですか?」
「…………お前と話すようなことはなにもない」
「またそんな酷いことを……ってなんですか今の不自然な間は……あぁ」
「おい、僕の間でなにかを察するな。それであってるから少し黙ってろ」
「いやはや……人間の人生って量より質なんですねえ」
「…………」
「さすがにわたしと言えど、先輩の青き春の全てを塗りつぶすつもりはありませんよ。たまには……そうですねえ、月に一回ぐらいは普通の友達と遊びに行く日を許可します」
「許可制なのが既になにもかもおかしいけどな。それに僕は」
「友達がいない……。はあ、こうなればわたしが人肌脱ぐしかないですねえ、先輩のために友達を用意して差し上げなくては」
「頼むからやめてくれないか。嫌な予感以外なにもしない」
「いやいや、そこはわたしも真っ当な人としての手段をとりますよ。そうですねえ、まずは身近なところから……あ、そうだ。我らがオカ研所属の戸橋君とかどうです? 」
「ああ……あのうるさいのか」
「初っ端から前途多難な言葉出てきましたね。でもほら、向こうは以外と先輩のこと好いてるんじゃいですか? ずっと話しかけられるんでしょう?」
「ずっと無視してるけどな」
「よくオカ研入ってくれましたね……」
「お前目当てだって言ってたぞ」
「うへぇー……の、割には部活に一切来ませんよね。実の所先輩目当てなんじゃないですか?」
「というかそんなこと一々考えてないんだろう。話す内容とかからしてバカ丸出しみたいな感じだったぞ」
「あ、ほこらちゃんわかったー。先輩に友達がいないの境遇云々よりシンプルに性格じゃないですかねー」
「別に欲しいとも思わない」
「あ、わたしはもちろん大好きですよー。愛してます!」
「チッ、はいはい」
「仕方ないですね……。わたしとしてはあまり先輩に異性の友達とかを作って欲しくはないんですが、紹介してあげますか、妹」
「一番やめろ!」
「え、なんでですか? 可愛いですよ? わたしと見た目もよく似てます。わたしがキリッで妹はフワッみたいな違いはありますけど」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「あ、おっぱいは私より大きいですよ」
「だから! どんな顔して会えばいいんだってことだよ!」
「え? 普通でいいんじゃないですか?」
「あのなあ……。その子はもちろん、春休みまで姉なんていなかったんだろう? でもお前のせいでいることになってしまった。そんな被害者に会えるか。色々ともたない」
「もー、細かいですねー。ちゃんとアルバムにも赤ちゃんの頃の妹とそれをあやす小さいわたしの写真とかあるんですよ?」
「ちゃんとの意味がわからない……。頭が痛い……」
「妹も、もちろん両親も、そういうことになってる人 なんじゃなくて、事実わたしの妹で両親なんですよ。世界から見ればね。逆にその認識になっていない先輩一人が異端なんですよ。愛し愛されの真っ当な家族です」
「……じゃあお前はその両親と妹を愛してるのか?」
「いや、まあ、そう言われるとどうでもいいですけど。わたし神様ですし。愛してるのは先輩だけですし」
「………頼むからもう話しかけないでくれ」
「ところで、先輩」
「話しかけるなって言ったばかりなんだけどな……」
「うー、じゃあもういいです」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
…………なんか、おかしくないか?
「なあ、月垨ほこら」
「あ、話しかけてくれたやったあ。なんです?」
「僕たち、ずいぶん長いこと喋っていたよな」
「わたしはまだまだ足りませんけどね」
「ずいぶん歩いたよな」
「ええ、それはそうですね。先輩、わたしから逃げるようにずっと早足だったので」
ついさっき、月垨ほこらと出会った場所からは近いとは言い難いが、これだけ喋っていたらそろそろ着いてもいいはずだ。
月垨ほこらの言うとおり、僕はずいぶん早足だったようだし。
いや、それ以前にもっとこうおかしい。そもそも学校に行くにはあと二回は曲がらなければならなかったはずだ。
いや、もっとだ。そもそもほかの登校中の生徒が誰もいないのはなぜだ? あまり周りを見ていなかったから断言はできないが、ずっと景色が変わっていないような気がするのはどういうことだ?
「わ、わたしのせいじゃないですよ?!」
月垨ほこらをにらむと、彼女は慌てて首を横に振った。
さっきまでの彼女のわかりにくい話が、急に耳に入ってくるようだった。
ぼくは月垨ほこらといるせいで怪奇現象に遭遇しやすい。無理やり波長を合わされてしまうから。
そしてそうなった時、恐らくはその怪奇現象に合わせたルールで現象を終わらせなければならない。
たしかに月垨ほこらは、そのうち理解できると言っていたがこれはいくらなんでも早すぎる。心の準備もあったものじゃない。
というより――
「お前、気づいてたな?」
言葉を発さず、けれど確かな肯定の意を込めて、月垨ほこらは不愉快に舌を出してウインクをした。
「お前っ!」
「いやいやいやいや、悪気はなかったんですよー。ただ黙ってた方が先輩と長く喋っていられるかな〜って! ほら、巻き込まれちゃった以上もうどうにもなりませんし〜」
ああ、悪気はないらしい。微塵も悪いと思っていないらしい。
どうやら、こいつと喋っていても無駄なようだ。
とりあえず現状は把握しなければならない。
そう思って進行方向へ向き直った。
「……なんだ、これは」
僕が異変に気がついた時、目の前に広がっていたのはどこまでも伸びる一本道だった。
そこから僕は動いていない。
ただ僕は振り返って、月垨ほこらに詰めよって、そしてまた前を向いた。
すると、その景色が変わっていた。
今ぼくの目の前には、二股に別れたY字路が視界の向こうまで伸びていた。
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