冬熊(1)

 僕のクラスメイトであり、数少ない友人でもある男、戸橋也治とばし やじ

 よく言えば快活。悪くいえば適当。喋る前におおよそ考えるということをせず、脳に浮かんだ言葉をそのまま口から出力するタイプの人間。

 本来なら、僕が決して仲良くなろうとはしない人種だろう。

 僕と戸橋が友人になったのも、いくらかの偶然が重なっただけにすぎない。

 あいつが僕の前の席で、僕がろくに対応しないにも関わらず話しかけ続けてきて、そんな日々が続いていく最中に、僕の心にちょっとした心境の変化があった。いくらかの出来事が上手く噛み合った、そんな偶然の結果だ。

 適当でいい加減で、だが悪いやつではなく、むしろ友人としては誇らしい。それが僕にとっての、戸橋也治の認識だ。

 そして、ほこらは加えて戸橋についてこうも言っていた。


「戸橋さんはなんていうか……逆に稀有な存在なんですね」


 その言葉に僕は少し首を傾けて、いやあんな性格のやつが複数いても困る。と返すと、そういう意味じゃないですと首を横に振った。

 それは、僕たちの所属しているオカ研のメンバーに彼を選んだ理由でもあったらしい。

 つまるところ、戸橋也治はなのだそうだ。


 ほこら曰く、人間にはそれぞれ波長がある。そして、その波長が偶然にもこの世ならざる波長と共鳴し合った時――人は怪奇現象に巻き込まれるらしい。

 僕の場合は、それが月垨ほこらだった。神様と波長が合うだなんて、それはそれで稀有なことで、そのせいで僕はこの一年近くそれはそれは大変な目に会い続けてきたが、今は一旦置いておこう。


 ほこら曰く、人は誰でも独自の波長というものを持っている。もちろん戸橋だって持っている

 けれど、戸橋のそれはどことも合わないのだと、ほこらは言う。

 それが悪霊だろうと神様だろうと、怨念の塊だろうと、不感情の溜まり場だろうと、戸橋はそれを認識することはない。そして、戸橋が認識されることもない。


「わかりやすく言うと、零感? ってやつですよ。霊感が0。ビックリするぐらいないんです。例えば戸橋さんの真横で先輩が怪奇現象に巻き込まれていたとしても、あの人はなんの違和感も持ちませんし、巻き込まれたりもしません」

「なんだその羨ましい体質は……変わってくれ……」


 零感。なんの偶然か、今の僕と全く逆の性質を持った友人、しかしそれは、とても好都合なことではあった。

 僕の近くにいる人間は、時と場合によっては僕が遭遇する、時には命に関わるような怪奇現象に巻き込まれてしまう可能性がある。けれど、戸橋にはそれがない。そういう意味でも、これほど付き合い安い人間はいないだろう。

 ――もっとも、ほこらはそんな誰かを思いやるような気持ちで、戸橋をオカ研のメンバーに引き入れたわけじゃない。

 そもそも、戸橋がオカ研のメンバーとして活動することはない。部室棟の部室を手入れるのに生徒の名前が3人以上必要で、名前を借りただけだ。こちらの活動にも興味がなく、おまけに怪奇現象に巻き込まれることはない。ほこらにとって、これほどの好条件は他に存在しないだろう。僕と二人きりになるための。

 そのおぞましい企みは、オカ研が発足してから半年以上まんまと成功し続けている。

 戸橋がこの部屋に顔を出した回数は、片手の指が有り余るほど少ない。

「二人の邪魔しちゃ悪いしな」とヘラヘラ笑っていたが、僕としては多いに邪魔して欲しい。いや、やっぱりいい。邪魔されたところで、そのしわ寄せは全て僕のところへくるのだから。


 今この時、僕の近くにいる人達――神奈ちゃんに関しても、ついでにほこらに関しても、明日にはどうなっているのかわからない。続いているのかもしれない、破綻しているのかもしれない、すべてなかったことになっているのかもしれない。

 そんな不安定な状態だ。

 けれど、戸橋に関してだけは言える。きっとこいつとは明日も友人だろう。

 まあ、断言してしまうのも少し違うがただ、こいつが休み時間や授業中、後ろを振り向いてどうでもいいくだらない話をする。その場所にまだ僕が座れているのなら、きっとまだしばらくは友人だろう。

 神様も、怪奇現象もない。ただ前の席に座っていただけのこいつに、この一年、知らないうちに僕はずいぶんと助けられていた。

 取り留めのない時間が、今の僕にとっては大きな安らぎなのかもしれない。


 ――と、思っていたのはついこの間までの話。

 いや、別に喧嘩をしたとか離れ離れになったとかそういうのではない。なんなら、戸橋はなにも悪くない。僕が悪い。わかってはいる。けれど僕だって、八つ当たりぐらいはしたい。

 恨むべき人間の顔が自分しか浮かばない時ほど、責任をわずかでもいいから転嫁できてしまう誰かを求める。

 というか僕が全部悪いわけじゃないだろう。戸橋にだって責任はある。なんなら事の発端はあいつではないだろうか。

 そのようなことをほこらに言った。


「は?」


 凄い怖かった。

 まあ確かに、この間の一件で戸橋がやったことは、ただの一人の高校生の好奇心でしかないし、忠告されたにもかかわらずそれに不用意に関わった僕の責任だ。なまじ怪奇現象に巻き込まれ続けていたから、少し調子に乗ってしまっていたのかもしれない。

 だが、戸橋がいなければ僕はなにもしなかったのは事実だ。

 果たしてそれで戸橋に責任はないと言えるのだろうか。


「言えますよ? 反省してます? 反省してくださいよ、マジで」


 未だに機嫌は治らないまま、それでも毎日のように見舞いには来てくれているほこらに、今回ばかりはなにも言い返せない。情けない声で「はい……」と返事をする。

 月垨ほこらという名の、人の姿をして後輩として振る舞う神様。僕にとっての恐るべき疫病神……のはずだ。

 だがここ最近、その辺りのことは一旦置いて……おいて、ただ僕が真っ当に怒られている、そんな事態が増えつつあるのはどういうことなのだろうか。


「先輩がバカなことやるからでは?」


 にこやかに心を読んで、そのままリンゴの皮を剥いているほこら。だが目は笑っていない。

 ああ、本当に、反省はしているのだ。僕だって。

 さすがに今回ばかりは。

 それでも僕自身こんな目にあっているのだし、せめてこの場にいない戸橋に少し責任を擦り付けるぐらいは構わないんじゃないんだろうか。

 窓の外を見ると、葉の一つもない木が、風にあおられて揺れていた


 今日は12月31日。世間一般では大晦日と呼ばれている日だ。

 そんな日に僕は、病院のベットで静かに時を過ごしている。

 全治2週間、右足の骨折。それが今回の顛末である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る