恋する男子に水泳を教えて(5)
ところで、全国の少年少女の皆さんは、夏休みが終わる最後の日に何をして過ごしますか?
ちなみに俺は、もしも明日世界が滅びるとしても、頑張って残りの宿題を片づけます。
――では、夏休みが始まる最初の一日目は?
せっかくの長期休暇を無駄に過ごさないように、事前にしっかりと計画を立てましょう。
さもなければ、周りの連中から暇なやつだと見なされ、一緒に遊ぼうと誘われてしまいます。
「プールでもなく海水浴でもなく、川遊びですか?」
それは、一学期の期末試験と補講期間が過ぎて、いよいよ終業式を控えたある日の出来事。
テスト勉強のために休止していた部活動が再開され、俺たち郷土研究部は、いつものように放課後の図書室に集まる。
「この町の自治体と商工会が協力して、毎年のように開催しているイベントでね。今年も天気がよければ、河川敷でバーベキュー大会をやるの」
香川先輩は、あたかも戦場で将軍が兵隊を指揮するかのように、地図上に配した旗印を目的地まで動かす。
そして、立ち上がりざまに両手でテーブルを叩き、地元の自治体が配布している住民向けのチラシを広げてみせる。
「でもね、町おこしの担い手さんがお年寄りばかりで、いつも人手が足りないんですって」
「さてはまた俺にごみ拾いをさせるつもりですか?」
「話が早くて助かるわ」
と、自信たっぷりに腕組みをしつつ、さらさらとした髪を払いのける先輩。
「河川流域の調査はあなたの担当でしょう? 通学路のガイドブックを作るために、現地で取材してきてほしいの」
通学路のガイドブック――とは、俺たち郷土研究部が今年度の文化祭に向けて準備している催し物のことだ。
交通事故が多発する危険な道路だったり、災害時における避難場所だったりを地図に記して、我が校の生徒たちに役立ててもらおうという趣旨の企画である。
「それとも、ほかに何か用事があるの? 毎日ちゃんと宿題ができるか心配だから、夏休みの予定表を提出してくれる?」
――かくして、イベント当日。
まだ午前中の涼しくて過ごしやすい時間から現場に入った俺は、商工組合の青年部の皆さんととともに会場の設営を手伝うことにした。
働き盛りを過ぎた中年のおじさんたちが三々五々に集合し、前日の夜から準備していた大型テントを立ち上げる。
家庭用の発電機からドラムロールを引っ張ってきて、会場の電源を確保する。
石ころだらけのごつごつとした河原に、組み立て式のテーブルと椅子を配置する。
さらに、ハンマーで打ち込んだ杭に虎柄のロープを巡らせ、危険な場所に立ち入り禁止の看板を立てる。
特設の駐車場スペースも、仮設トイレの案内も同じ要領だ。
ホースの水で満たしたクーラーボックスに砕いた氷を投入し、箱買いの缶ビールや缶チューハイを冷やしておく。
間に合わないと心配されながらもようやく届いたバーベキューコンロを全員総出で運び込み、金網を置いて練炭を敷いておく。
あとは喫煙所のパイプ椅子に座って汗を拭きつつ、ご褒美にもらったジュースを飲みながら扇風機で涼むだけだ。
一年に一度きりのバーベキュー大会開催の予定時刻は、午前10時から午後6時まで。
家族で子供を連れて参加できるように、小中学生の夏休みが始まる七月中旬、連休中の二日間にわたって行われる。
とはいえ、主催者側が提供するのはあくまでも会場のみ。
日除けのパラソルや、バーベキューセットなどの貸し出しは料金制で、売店があるテントに行けば飲み物も買うことができる。
一般の参加者はそれぞれ自由に食材を持ち込み、好きな時間にやってきては、自分たちであと片づけをして帰っていく。
遠方からたくさんの観光客を呼び込めば、地元の商店が賑わって大いに儲かるというカラクリだ。
香川先輩がリーダーとなって参加を呼びかけたメンバーの中で、一番最初にやってきたのは千嵐小夜だった。
休日のお父さんが運転するワンボックスカーでのご登場だ。助手席には綺麗な奥さん。スライドドアを開けて、千嵐本人とその弟が飛び出してくる。
俺自身は以前にも一度だけ、奇遇にもこの千嵐さん一家と顔を会わせたことがある。
あれは、今年のゴールデンウィークだったか。母の日の贈り物を選ぶために、地元のショッピングモールへ行った時の出来事だ。
あの時は、遠くから目が合って軽く会釈する程度だったので、これまできちんと挨拶をしたことがなかった。
車のトランクルームから荷物を出すのに手間取っている様子だったので、お手伝いがてらあらためて自己紹介をしておく。
「もしかして青木さん、今日は水着を持ってきていないんですか?」
「まんまと騙されたな。これが俺の海パンだ」
そう言って俺は、腰に手を当てて堂々と下半身を突き出す。
本日の俺の服装は、普段家の中でも着ているお気に入りのTシャツと、水陸両用を兼ねた迷彩柄のハーフパンツだ。
ベランダのサンダルを履いて毛脛をさらした格好である。ケータイと財布以外、何も持ってきていない。
「そういうお前はどうなんだ? 新しい水着を自慢したかったんだろう?」
千嵐は、両方の肩をばっさり切って落としたような袖なしのブラウスを着ていた。
おもむろに頭の後ろで腕を組み、のびのびと脇の下を見せる。
さらに足元は、植物のつるを編み込んだ原始的なサンダルだ。
左右に広げたスカートを重ねるように折りたたみ、もったいぶるように下半身を包み隠してしまう。
「じつは私も、今日は下着をはいていません」
「だからといって、誰も見せてくれとは言ってない」
「スマホで撮った画像を送ってあげましょうか?」
「こんな会話を親御さんに聞かれたらどうする」
俺たちは、ひとつひとつ置いた紙コップにペットボトルのウーロン茶をそそぎ、アルミの皿に割り箸を添える。
ふと気がつけば何箇所も蚊に刺されていて、慌ててお互いの腕や脚に虫よけスプレーを噴きかける。
そうして、火ばさみで転がした炭をうちわであおぎ、野ざらしのバーベキューコンロからもうもうと煙が上がり始めたころ。
不機嫌そうにぶつくさと文句を言いながら会場に現れたのは、野々坂百花だった。
「もう、うちのお父さんったら。準備ができたら車で迎えに来てくれるって言ったのに」
今日の彼女は、いつになくおしゃれに気合が入っていた。
都会の路上でスケートボードなど乗ったことがない俺には、まったくもって馴染みがないストリート系のファッションだ。
缶バッジ付きの帽子をななめにかぶり、腰の後ろにポーチを巻いた出で立ちだ。
お尻を浮かせたまま地べたに座り込むと、しきりにケータイをいじって友達に電話をかけまくる。サングラスを引っかけたタンクトップをつまみ、汗をかいた胸の谷間に風を取り込みながら。
「ところで、どなたが野々坂さんのお父さんですか?」
「絶対に目を合わせちゃ駄目よ。あの人、お酒を飲んだら手がつけられなくなるから」
野々坂の親父さんは、道路の舗装から空き家の解体まで何でもこなす自営業の土建屋さんだ。
このバーベキュー大会の準備にも当初から加わっていて、今日はもう真っ昼間からしこたまビールを飲んでいる。
「それにしても、珍しいこともあるもんね。あんたが休みの日に朝早くから出かけるなんて」
「雨が降らなくてよかったな」
「その恰好は、いつも家にいる時と同じだけど。今日はちゃんと洗濯したパンツをはいてきたの?」
「……そういえば、着替えを持ってくるのを忘れた」
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