恋する男子に贈り物を教えて(7)
それから俺たち三人は、ショッピングモールの中にあるフードコートで休憩することにした。
地上フロアの一角にある広大な飲食スペースだ。
ハンバーガーやらラーメンやら、ドーナツやらアイスクリームやら、小さな店舗がカウンター越しにメニューを並べていて、三人それぞれ好きなものを注文する。
テーブルのセッティングはセルフサービスだ。呼び出し用のベルが鳴ったら、番号札と引き替えに出来上がった食事を受け取り、空いている席へと運ぶ。
もちろん後片付けも自分たちで。食べ終わったらトレーを返却コーナーへ持っていき、ゴミ箱に紙くずを捨てればいい。
「ところで千嵐さんは、一人でお出かけ?」
「いいえ、家族と一緒です。うちには小さい子がいるので、誰かが見ててあげないと」
「おうちに帰るとお姉ちゃんなんだね。いいなー、私も弟か妹が欲しかったなー」
「野々坂さんは末っ子でしたよね? お兄さんとお姉さんは、成績が悪くて高校を卒業できなかったと聞きましたけど」
千嵐小夜は、先っぽが平らになったストローでクリームソーダを突っつきながら、つやめいた唇をとがらせる。
普段学校ではモノクロ調の地味なセーラー服だが、今日は背中まで髪を下ろした私服姿だ。
服装のコーディネートは、春らしい涼しげなブラウスにジーパンというカジュアルな格好だった。
足元を見ると、真新しいスニーカーにくるぶしの靴下を履いている。
さっきからただスマホの画面を見ているだけなのに、何がそんなに楽しいのか。歯を見せて笑うだけでずいぶんと印象が違う。
そうかと思えば、冷たいアイスを食べた時の痛みがこめかみに来て、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「せっかくの家族水入らずなのに、邪魔して悪かったな」
「いえいえ、気にしないでください。一人で留守番させておくのは心配だからって、無理やり連れてこられただけですから」
「でも、今日はお前の誕生日だろう? おうちに帰ったらご馳走が待ってるんじゃないか?」
「ええ、これから久しぶりに家族みんなで外食する予定ですけど。どうして青木さんが、そのことを知ってるんですか?」
俺は、ハンバーガーとセットで頼んだSサイズのフライドポテトをつまみながら、点線に沿って切り取った割引クーポンを財布の中にしまう。
ほら、お前も遠慮せずに食べていいんだぞ? 何たって今日は、お一人様につき一回限りの記念すべき一日だからな。
「ところで、お二人はデートですか?」
「ううん、違うよ?」
野々坂は、フライドポテトを舐めた指とタッチパネルに触れる指を器用に使い分けながら、スマホに文字を打ち込んでいた。
どうやら帰りは父親が車で迎えに来てくれるそうだが、その父親も夕方までどこかへ出かけていて、いつごろ到着するか分からないという。
「だったら、どうして一緒に?」
「それは秘密だ」
俺は、ハンバーガーの包装を剥いて頬張りながら、野々坂の様子をちらっと見やる。
ところが野々坂は、欠けたドーナツに残った歯形を隠して、むっとした表情のままそっぽを向いてしまう。
甘くないアイスティーに大量のガムシロップを投じて、どろどろになるまでかき混ぜる。
「そういえば今さっき、エスカレーターのところで越智さんを見かけましたよ。青木さんと一緒じゃなかったんですか?」
「なんであいつが、こんなところに?」
「上りと下りですれ違いになってしまって、直接声をかけたわけではありませんが、私に見つかってひどく慌てている様子でした」
もしかしてあいつも、千嵐への誕生日プレゼントを?
一年D組の越智和馬と言えば、このまえ四人で一緒にトランプをして遊んだ俺のクラスメイトである。
「お二人は、幼馴染なんですよね?」
「ううん、全然違うよ? どうしてそんなふうに思うの?」
「いつもこんなふうに、一緒にお出かけしてるんですか?」
「いやいや、ないない。私たちも今さっき、偶然ばったり会ったばかりだよ?」
――えっ? 何だって?
俺は、思わず目を丸くしてもう一度聞き返した。
しかし野々坂は、相変わらず知らんぷりを決め込んで素っ気ない態度である。
テーブルの下で足を蹴られて、俺はほんのわずかに顔をしかめる。
「……いつまで隠しておくつもりなんです? そろそろ本当のことを言えばいいのに」
千嵐は、氷で薄まったメロンソーダをじゅるじゅるとすすりながら、疑わしげに両目を細める。
チョコバナナと生クリームのクレープをぺろりと平らげてしまい、まだ少し物足りなさそうな表情だった。
「だって野々坂さん、私と一緒にいる時は、いつも青木さんの話ばかりしてますよね? ほら、このまえ学校の図書室に来てくれた時だって……」
そう言って、千嵐はさらに興味深い話を続ける。
「青木さんって、いつもカッコつけて不良ぶってるけど、本当はわりと真面目な人で、スポーツ万能だから周りの女子からもそこそこ人気があって、ただしお喋りだけはうんざりするほどつまらなくて……」
……野々坂が、そんなことを?
もしかして、今までずっと俺のことをそんなふうに思っていたのか?
「ううん、違うのよ! あの時はただ、あんたのことを千嵐さんに紹介してあげようと思って、ちょっと大袈裟に褒めてあげただけで、本当にそんなことを言ったわけじゃなくて……」
「じつは二人とも、学校のみんなには内緒で付き合ってるんですよね? このまえ青木さんだって、放課後の教室で、私にそのことを打ち明けようとして……」
野々坂は、ストローを挿したふた付きの紙コップの中で、ぶくぶくと泡を噴いた。
テーブルの上に置いてあるトレーを取り上げて、そそくさと席を立とうとするものの、肩にかけたポシェットのひもがどこかに引っかかり、なかなか動けない。
「私たち、とっても仲良しな親友同士ですよね? これからはお互い、そういう隠し事はなしにしませんか?」
「この際だからはっきりさせておくけど、私たちのこと、そんなふうに思ってるのは千嵐さんだけだよ?」
「えっ? 突然の絶交宣言?」
「こいつと私の関係は、ただの友達だから。それ以上でも、以下でもない。今度そんなことを言ったら、本気で怒るからね?」
なぜだか知らないが、彼女は昔から絶対にその疑惑を認めない。
俺みたいなやつが幼馴染であることが許せないのだ。
まるで合わせ鏡のようにお互いのことを指差し、まったく同じタイミングで笑い出したかと思えば、
ケータイの画面を横向きに倒したまま、スライドした写真を一緒に鑑賞し始める二人。
俺は、やれやれと肩をすくめてため息をつき、席を立つなりトレーを下げて返却コーナーへ。
――ところで、肝心の誕生日プレゼントはどうやって選べばいいんだ?
結局、ヒゲ付きの鼻眼鏡とピコピコハンマーくらいしか買っていないんだが。
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