恋する男子に贈り物を教えて(8)
そして、次の日。
五月の連休が明けた翌日のことだ。
「――それじゃあ、準備はいい?」
俺と野々坂は、その日一日、いつもと変わらず普段通りに過ごし、千嵐小夜が一人きりになる場面を辛抱強く待った。
誰にもばれないように尾行を続けて、あえてターゲットを泳がせる作戦だ。
当初の計画では、休み時間に教室から千嵐を呼び出し、かぶり物で変装してクラッカーを鳴らす作戦だったのだが、それだと周りの生徒が銃声と勘違いして大騒ぎになりかねない。
それに、千嵐本人が待ち伏せに気づいて逃亡を図ろうとする恐れがある。
そこで俺たちは、急きょ予定を変更して、郷土研究部の副部長である香川先輩に協力を依頼することにした。
香川先輩は、何だか喋りづらそうに口の中をもぐもぐさせながらも、わざわざ昼休みに教室まで訪ねてきた俺たちの手前、そういうことなら任せておけとこころよく引き受けてくれた。
「練習なしのぶっつけ本番よ。まずは私がお手本を見せるから、あんたはその通りに真似すればいいの」
――分かった? 返事は?
野々坂はそう言って、俺の鼻先にデコピンを食らわし、何度もしつこく念押しをする。
それからさらに、開いた襟のボタンを留めて風紀を正し、ズボンのポケットから手を出すように指図する。
こうして俺たちは、それじゃあまた明日――といつものように別れを告げた放課後。
何も知らずに教室を出ていった千嵐小夜のあとを追って、いざ学校の図書室へと踏み込んだのだった。
この学校の図書室は、渡り廊下を歩いて階段を上った校舎の三階にある。
郷土研究部のほか、文芸部や漫画部の部室も兼ねていて、なるべく活動時間が重ならないように、生徒会で話し合ってスケジュールを調整している。
この日は、新入部員の勧誘に燃える漫画部が、自宅から作品を持ち寄って展示会を開催する予定だった。
郷土研究部のメンバーが図書室に集まって話し合うのはせいぜい週に一回か二回程度なのだが、そこを何とかかんとか誤魔化し、雑用を頼みたいと嘘をついて千嵐小夜を呼び出してもらったのだ。
「――青木君と、野々坂さん?」
香川先輩は、席を立とうとした千嵐を制して自ら立ち上がると、さも自然な口ぶりで俺たちを出迎える。
ここまでは事前の打ち合わせ通りだったが、どうやら香川先輩も俺たちと同じく、何やらよからぬ計画を企んでいたようで、
「もしかして、入部届を持ってきてくれたの?」
と、あらかじめ用意していた筆記用具とプリント用紙を持ち出して、あらぬ方向へ話を持っていこうとする。
――部活動の勧誘なら、もう間に合ってますので。
すでに他のクラブへの入部を決めてしまった野々坂は、あははっと調子よく笑ってごまかす。
本人いわく、やっぱり自分がやりたいことは自分で決めたいのだとか。
「千嵐さん、お誕生日おめでとう!」
野々坂はまず、授業の合間にせっせとこしらえた手作りの首飾りを千嵐へ贈呈する。
折り紙をハサミで切って数珠つなぎに貼り合わせた、幼稚園児でも簡単に作れるお馴染みの装飾アイテムだ。
それから、その場でくるりと回ってはいどうぞ、と後ろに隠し持っていたプレゼントを差し出す。
千嵐はこの時、いつものように図書室の片隅に居座り、今日授業で習った英語の文法をノートに書き出しておさらいしていた。
郷土研究部とは形ばかり名ばかりで、その実態は、放課後に宿題を教えるだけのお勉強会である。
「これを、私に……?」
俺たちの予想に反して、千嵐のリアクションは思いのほか薄かった。
多少は驚いてみせるものの、何が何だか分からず戸惑っている感じが否めない。
それもそのはず、誕生日だのサプライズだのと勝手に盛り上がっていたのは俺たちだけで、そのあいだ当の本人は、いつもと変わらず至って普通に過ごしていたのだ。
むしろ自分だけ仲間外れにされて、いささか気分を害していたのではなかろうか?
「さっそく開けてみて!」
にもかかわらず野々坂は、ハッピーバースデーの歌に合わせて手拍子を叩き、自分だけテンションMAXで踊り出す。
良くも悪くも、俗に言う空気が読めないタイプである。
「ボールペン、ですか?」
それは、たった一本だけ専用のケースに込められた、ちょっぴり高級感のあるボールペンだった。
芯を出してみなければシャープペンシルと見分けがつかず、親指でカチカチと音を打ち鳴らす。
「ほら見て、私の持ち物とお揃いだね!」
そう言うと野々坂は、セーラー服の胸ポケットに挿していたボールペンを抜き取り、二本並べて長さを比べてみせる。
ボールペン自体はそれぞれ色違いだが、メーカーも価格も同じものだ。ちょっと大人っぽい、シックな趣きのあるメタリックカラー。
普段から忘れっぽくてよく持ち物をなくす野々坂だが、今回はいつまで同じボールペンを使い続けられるだろう?
「ありがとうございます! 私、こういうプレゼントが欲しかったんです!」
千嵐は、ペン先を見つめたまま両目を真ん中に寄せて、普段は誰にも見せないとっておきの変顔を披露した。
ほんの一瞬ではあるものの、その状態を維持するにはかなりの集中力を要するらしく、毎日練習していても一日に三回までしかできないという。
仲良し同士、隣に座って肩を組むと、ななめ上の方向にケータイをかざして記念撮影をする。
たまたま背景に映り込んだ俺を睨みつけ、しっしっと画面の外へ追い払いながら。
「……ここ、図書室なんだけど。もう少し静かにね?」
香川先輩は、図書室の書架を巡って本の並び順を整理しながら、ほとほとあきれ果てたようにため息をつく。
この郷土研究部の顧問は、いつも図書準備室にこもって仕事をしている司書の先生だ。
時折思い出したようにちらっと様子を見に来るものの、クラブの活動内容には一切口出ししないので、名誉顧問と揶揄されているらしい。
「俺からも、誕生日おめでとう」
俺は、肩から荷物を下ろして空いている席に置いた。
テーブルを挟んで反対側に腰かけると、こっそり鞄の中からプレゼントを取り出す。
「ひょっとして、中身はハンカチですか?」
「それは、箱を開けてからのお楽しみだ」
「あってもなくても、困らないものですよね?」
「俺たちの関係なんて、その程度のものだろう? お互いにとって必要だから選んだわけじゃない」
――ねえねえ、何の話? 私にも聞かせてよ。
いきなり横から割って入ってきて、両者の肩を交互に揺さぶる野々坂。
さっそく開けてみてもいいですか? と、千嵐はこちらを見上げてもう一度たずねてくる。
それは、幾何学みたいな花柄の模様で刺繍された正方形のハンカチだった。
決して安物ではないが、そんなに高価でもない。
千嵐は、四つ折りにたたまれたハンカチをそっと持ち上げて、肌触りを確かめる。
そして、こちらにも見えるように両端をつまんで、ぱっと広げてみせる。
「じつは、俺の持ち物とお揃いなんだが……」
俺は、学ランの胸ポケットから自分のハンカチを取り出し、あたかも手品のように裏返してみせる。
これもまた、同じ店舗で購入した同じブランドの商品である。
野々坂のアドバイスを参考にして、いくつかに絞った候補の中から俺自身が選んだものだ。
「どうして、私の真似をするんですか……?」
それ以来――千嵐は、まるで初めて出会ったころに戻ったかのように、過剰なまでに俺のことを避けるようになった。
学校の廊下ですれ違っても、黙りを決め込んだまま足早に立ち去ってしまう。
後日、俺はもう一度学校の図書室へ出向いて、入部届を提出することにした。
何とかして彼女と仲直りしようと思ったからだ。ほんの冗談のつもりだったのに。
……だから、あらかじめ誤解を与えないように断っておいただろう?
俺たちの関係は、言ってしまえば友達みたいなものなんだって。
もしも泣きたくなった時にどこを探してもティッシュが見つからなかったら、そのかわりに俺のハンカチを使えばいいんだ。
もちろん、鼻をかんでくれても構わないけれども。
第二話 恋する男子に贈り物を教えて(完)
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