恋する男子に贈り物を教えて(6)


 ここは、地元のショッピングモール。

 たまの休日だからといって他に行くところもない、地方の小さな田舎町で暮らす人々にとって、なくてはならぬ大切な場所である。


 この町の住民ならば今さら説明するまでもないが、その魅力は何と言っても驚きの価格と豊富な品揃えだ。

 食料品や衣料品はもちろん、日用雑貨から電化製品まで、日常生活に必要なものは何でも揃っている。


 平日はいつも客が少なく空いている印象だが、ゴールデンウィークともなるとラブラブなカップルや家族連れがこぞって押し寄せる。

 とくに今日みたいに混んでいる日は、屋外にある広大な駐車場が多くの自動車で埋まってしまい、それはそれで見事な景色である。


「ちなみにお前も、千嵐への誕生日プレゼントを買いに来たんだよな?」

「もちろんそれもあるけど、あとスポーツ用品や楽器売り場も見てみたいなって」


「つまり、俺はただの荷物持ちってことか?」

「まだどこのクラブに入るか決めてないけど、一応下調べしておこうと思って。部活って色々とお金がかかるじゃない?」


 二重に隔たれたガラス張りの自動ドアから入店した一階のフロアは、おもに生鮮食品の売り場だった。

 母親のお出かけに付き合って晩飯の買い出しをする時は、ショッピングカートを押しながら試食コーナーを巡って小腹を満たすのが定番のコースだ。


 もちろん、いくら俺が育ち盛りの食いしん坊といえども、好きな女の子の前でそんなみっともない真似はできない。

 この時期は、ちょうど母の日フェアなる特設ブースが設けられていて、お中元やお歳暮のコーナーに土産物がずらりと並んでいる。


 冷蔵庫や洗濯機などの家電を置いている地下のフロアも見所が豊富だが、今回は用がないので見送ることにしよう。

 中央の吹き抜けホールからエスカレーターに乗って二階のフロアへ移動すると、洋服や靴などのブランドがマネキンに衣装を着せている。


 通りすがりにケータイのショップに立ち寄り、どうせ乗り換えもしないのに最新機種のパンプレットをもらった野々坂は、エレキギターや電子ドラムなどが並んだ楽器売り場へ。

 ここでも初めから商品を購入するつもりはない。インターネットで価格を比較して値札の撮影のみ。どれもこれもそれなりに値が張るので、あとで画像を見せて父親にねだる魂胆なのだろう。


「ところであんた、プレゼントの予算はどれくらい?」

「正直、相場が分からん」


「そんなの、あんたの気持ち次第じゃないの?」

「まるで葬式のお布施みたいだな」


 お尻のポケットに隠したなけなしの財布を出し渋り、またまた余計な一言から彼女の機嫌を損ねてしまったかと思いきや。

 野々坂は、店頭に置いてある化粧品のサンプルを手の甲に塗ったあと、どうしても俺に見せたいものがあると言い出して、ショッピングモールの片隅にあるペットショップへ。


 ねえねえ、可愛いから写真を撮って――とせがまれて、俺は彼女から預かったケータイをかざす。

 ガラス越しのケージに展示されているのは、時価にして数十万円もする生後間もない人気の仔犬だ。


 家具とインテリアのコーナーに展示されているソファーでゆったりとくつろぎ、さあ気を取り直してプレゼント選びを再開する。


 俺たちが次に向かったのは、すべての商品が一律同じ値段で売られている百円ショップだった。

 彼女のお目当ては、友人の誕生日を盛り上げるためのパーティーグッズである。


 輪っかを鎖にして飾りつけるための折り紙や、ひもを引っ張ると紙吹雪が飛び出してくるクラッカー。手品のタネが仕込まれたインチキな小道具。

 あんなものやこんなものまで税抜き百円で買えるのは驚きだが、ヒゲ付きの鼻メガネやピコピコハンマーは本当に必要だったのか?


「これは、あくまでもたとえ話だが……」

 俺は、レジでビニール袋を断ってエコバッグを提げながら、握り潰したレシートをポケットにしまう。


「お前なら、どれくらいの金額が妥当だと思う?」

「たとえば、私があんたから誕生日プレゼントをもらうとして?」


 野々坂は、エスカレーターに乗って一歩だけ階段を上がると、片手間にケータイをいじりながら後ろを振り向く。

 べつに今に始まったことではないけれども、彼女の行動にはまるで計画性がなく、さっきから上りと下りを行ったり来たりだ。


「それは、あくまでも友達として? それとも……」

「もしも俺が、お前のことを好きだったとして」


 うーん、そうだなー。

 野々坂は、俺の質問に隠された意図に気づかず、腕組みをしつつ首をひねって難しそうに考え込む。


 そして、ショッピングモールの三階にあるフロアでエスカレーターを降りると、

 ふと近くにあったおもちゃ売り場へ立ち寄り、商品にタグ付けされた値札を裏返してみせる。


「だいたい、これくらい?」


 それは、ふにゃふにゃのぬいぐるみの中身に不思議な素材が詰まった、触ると心地よいタイプのクッションだった。

 サイズによって値段が異なるぬいぐるみの中から彼女が選んだのは、手のひらに乗せるには大きく、かといって枕にするには小さい、中くらいの商品である。


「定価じゃ絶対に買わないな」

「何よ、それ。どういう意味?」


「プレゼントを渡した翌日に、メルカリで半額だったらショックだろう?」

「どんだけケチなのよ、あんたは。それこそお金じゃなくて気持ちの問題でしょ?」


 まあ、私だってこんなものをもらっても困るけどね。

 ――と、まぬけな顔をしたペンギンのぬいぐるみを押しつけられて、俺はそれを陳列棚の一番高いところへ戻す。


 お出かけ用の小さなポシェットを肩にかけて、ヒールのあるサンダルを履いた野々坂は、とうとうその場でしゃがみ込んで俺に助けを求めてくる。

 どうやら今日は、もう歩き疲れて足が痛くなってきたようだ。


「ねえねえ、あれってもしかして……」


 おもちゃ売り場に展示された巨大なジオラマに目を奪われ、乾電池で動いている鉄道模型を追いかけようとした時。

 きびすを返して反対の方向へ行こうとした野々坂が、俺の腕を掴んで引き留める。


「――お二人とも、こんなところで何をしてるんですか?」


 誰でも遊べるゲーム機の試遊台に興味を引かれつつも、早く早くと急かされて店内を引き返してみると、

 階段から一歩踏み出してちょうどエスカレーターを降りた千嵐小夜が、驚いた様子で立ち尽くしていた。

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