恋する男子に贈り物を教えて(5)
今年のゴールデンウィークは、土日と祝日が重なって連休が短かった。
けれども幸い、好天に恵まれて客足は順調だった。学校が休みのあいだ、俺は毎日のようにアルバイトに勤しんでいた。
土日祝日を問わず、午前9時から午後9時まで営業している、個人経営の小さな花屋だ。
おもな仕事の内容は、商品である植物の世話から、フラワーアレンジメントの配達、はちみつのジャムの販売まで多岐にわたる。
店の場所は、駅前にある商店街の一角。
歩行者と自転車しか通れないアーケード通りに、花束を生けたバケツと鉢植えを並べている。
地元で配布されているフリーペーパーや、インターネットのWEBサイトで紹介されているような、和気あいあいとした楽しい職場ではない。
すぐに辞める人が多くて人手不足に困っていたらしく、たまたま店先を通りかかった際に張り紙を見つけて、雇ってくれと頼んだら面接もなく即採用だった。
――はたしてこの世の中に、お花屋さんへ行ってお花を買ったことがあるという人はどれくらいいるだろうか?
少なくとも俺は、生まれてこのかた一度も買ったことがない。
ましてや、冠婚葬祭や贈呈用ならともかく、自分で選んだお花をお部屋に飾るような人は、ごくわずかではなかろうか?
実際、こうして花屋で働いていても、そういうお客さんは意外と少ない。
早朝の開店準備から、休憩を取る暇もなく立ちっぱなしで働き続け、最も忙しい時間帯を乗り切ったある日の昼下がり。
私服を装って買い物客に扮した野々坂百花が、ぶらぶらと商店街を散策しながらこちらに近づいてくる。
そして何の気まぐれか、一本の切り花を手に取って匂う。
「なかなか似合ってるじゃん」
俺は、店先に飾られた鉢植えの前にしゃがみ込み、せっせとスプレーで霧を噴きかける。
首からエプロンをかけて長靴を履いた格好である。剪定ばさみで折れてしまった茎を落として、あくまでも他人のふりをする。
「どうして、この場所が分かった?」
「あんたのおばさんから聞いたのよ」
「だから教えたくなかったんだ」
「せっかく心配して様子を見に来てあげたのに」
お花屋さんの店員は、たとえ誰一人として客が訪れなかったとしても、日が暮れるまでずっと店番に立っていなければならない。
なぜなら、つぼみのまま仕入れた花を綺麗に咲かせるために、窓ガラスから日光を採り入れる必要があるからだ。
ちなみに、ここだけの話。
日当たりのよい場所に並べられた花は散ってしまうのも早いので、自分の部屋に飾って長く楽しみたいという人は、なるべく暗いところに置いてある花を選んだほうがいい。
そういうお客さん一人ひとりの要望に応じて、一本ずつ丁寧に花を束ねるのが俺の仕事である。
「このあと、バイト終わってから時間ある?」
「俺に予定をたずねる時は、まず用件から述べろ。さもなければ、暇かどうかは答えられない」
「それって要するに、お金はあるけど貸さない人の理屈でしょう? 時間はあるのに暇じゃないってどういうこと?」
「場合によりけりだ。相手によっては断ることもある」
それから俺は、一旦店の奥に下がって仕事着から普段着へと着替えたあと、配達の仕事から戻ってきた店長にお疲れ様を告げる。
帽子を目深にかぶって別人に変装し、店の外で待っていた野々坂と合流する。
うちの高校は、原則としてアルバイトが禁じられている。
俺の場合は、一人親家庭なので例外として認められているが、じつを言うと、学費が払えないほど貧乏なわけじゃない。ただ遊ぶ金欲しさに働いているだけだ。
「あんたのことだから、どうせまだ用意してないんでしょう? 千嵐さんへの誕生日プレゼント」
「今日給料をもらってからネットで注文しようと思ってたんだ。だから、時間はあるけど暇じゃないって言っただろう?」
この日は、五月五日の子どもの日。
雲ひとつない青空に鯉のぼりがはためく、カンカン照りの夏日だ。
ワンマン電車が通り過ぎるのを待ってから線路の踏切を越えると、まるで真夏のように日差しが強かった。
行き先も告げずに歩き出した野々坂を追いかけて、眉に庇しつつ陽炎が揺らぐ横断歩道を渡る。
「ほらね、やっぱりそんなことだろうと思った。大切な女の子への贈り物なんだから、ちゃんと自分でお店に行って選びなよ。そしたら店員さんが綺麗に包んでくれるから」
俺はこの時、信号の色が赤から青へと変わったことに気づかず、下を向いたままケータイをいじっていた。
買い物カートに入れておいた商品のリストを呼び出し、在庫の個数とお届け予定日をチェックする。
近ごろ、女性向けの売れ筋ランキングばかり閲覧しているせいか、あなたにおすすめとピックアップされた商品の一覧に、ブラジャーやパンティーの価格が表示されて困っている。
「それに、見るからに心配なのよね。あんたってほら、なんて言ったらいいか、ものすごく地味だし」
「……悪かったな、私服がダサくて」
仕事着のエプロン姿から普段着に戻った俺の恰好は、見た目よりも動きやすさを重視したポロシャツとチノパンだ。
洗濯のローテーションに合わせて何通りかレパートリーはあるにせよ、基本的に上下の組み合わせはいつも決まっている。
それに対して野々坂は、半袖でも長袖でもない、半ズボンでも長ズボンでもない、季節感のある七分丈のコーディネートだった。
彼女は普段、制服以外でほとんどスカートをはかない。よく忘れ物をするので、持ち歩く小物もできるだけ少なめに。
何でもかんでもケータイをかざしてピッとするくせに、なぜか財布だけは立派なものを選びたがる。
「今日は特別に、私がいつもお買い物をしているお店に連れてってあげる。あんたと私が一緒にお出かけすれば、プレゼントの中身がかぶることもないでしょ?」
こうして俺たちは、いつも通い慣れた通学路を外れて、町の中心部へと繰り出した。
片道二車線の幹線道路沿いに街路樹が立ち並ぶ、この辺りでは一番にぎやかな大通りだ。
高速道路の料金所が近くて交通量も多く、朝夕の通勤ラッシュ時には渋滞していることもしばしば。
そんな地方都市の郊外にあるさびれたベッドタウンに突如として現れたのは、映画館やゲームセンターなどの商業施設が複合した巨大なショッピングモール。
毎月5のつく日はポイントが2倍と言えば――? そう、今日はさらにポイントが2倍のお客様感謝デーである。
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