恋する男子に贈り物を教えて(4)
「ところでお前は、どうしてこの郷土研究部に入ろうと思ったんだ?」
俺は、テーブルに頬杖をつきながら本のページをめくり、ちらっと千嵐の様子を見やる。
普段から真面目に読書をする習慣がないので、肩こりや腰痛がつらい。両腕を組んだり、片耳を寝かせたり、様々な姿勢を試してみる。
「自分の名字の由来を調べてみたくて」
放課後の図書室には、クラブの顧問を務めている司書の先生と、受付のカウンターに座っている図書委員のみ。
学校のすぐ近くに市民図書館があるので、新刊を借りたい生徒はみんなそっちへ行ってしまう。
「ほら、私の名字って少し変わってると思いませんか?」
そう言うと千嵐は、手のひらを指でなぞって文字を書く真似をする。
千嵐の名字は、数字の千に嵐と書いて千嵐だ。本人がお手本を示すからには、きっとそれが正しい書き順なのだろう。英語に訳すと、サウザントストーム? すげー強そうな名前だな。
「私、この珍しい名字のせいで、小さいころからずっとからかわれてきたんです」
「俺みたいに平凡な名前だと、むしろカッコよくて憧れるけどな」
「正しい読み方は『ちがらし』なのに、『でがらし』だとか、『みたらし』だとか、おかしなあだ名をつけられて……」
「それなら、茶道部のほうがお似合いだな」
「もう、青木さんまで笑わないでください」
千嵐は、椅子に座ったまま地団駄を踏み鳴らし、先にオチを言われて悔しがる。
「中学のころは、何をやってたんだ?」
「合唱部でした。途中で辞めましたけど」
俺は、あえて理由を聞かなかった。
最近、昔なじみの友人と会うたびにあれこれと質問されて困っているのだが、俺自身、野球を辞めたことに特別な事情などない。ただ、続けるべき理由が見つからなかっただけだ。
「香川先輩には、昔からいつもよくしてもらっていて。私が同じ高校に入学したと聞いて、わざわざ声をかけてくださったんです」
香川先輩というのは、この郷土研究部の副部長を任されている二年生の女子生徒のことだ。
その他の部員は三年生ばかりで受験勉強に忙しく、めったに顔を出さないらしい。
荷物を置いたまま出ていったのでいずれ戻ってくるとは思うが、今さっき生徒会へ行ってくると言って出かけたきり、なかなか戻ってこない。
千嵐まで席を外してどこかへ行ってしまうと、留守番を頼まれた俺は、その場から離れることができなくなる。
「――お前さ、最近何か欲しいものある?」
女子トイレから戻ってきた千嵐と入れ替わりに廊下へ出て、母親からの不在着信に折り返し電話をかけたあと。
ふたたび席に着いて読みかけの本を開いた俺は、頃合いを見計らってさりげなく質問を投げかける。
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「だってほら、もうすぐ母の日だろう? だからさ、プレゼントは何がいいかなと思って」
もちろん、半分は本当で半分は嘘である。
これは本人に内緒だが、千嵐小夜はもうすぐ誕生日を迎える。同じ学年の俺たちよりも、ひとつ年上になるわけだ。
あいにく当日は学校が休みなので、連休明けにプレゼントを渡して驚かせてやろうという計画である。
「贈り物の定番と言えば、カーネーションでしょうか?」
「それは却下だ。好きでもない相手から花束なんてもらっても困るだけだろう?」
「青木さんのお母さんは、息子さんのことが嫌いなんですか? 青木さんはお母さんのことが好きなのに?」
「好きとか嫌いとか、そういう話じゃなくてさ」
千嵐は、二つ結びのお下げ髪を戯れに弄びながら、あさっての方向を見上げてうーんと考え込む。
まさか、自分自身がその贈り物を受け取ることになるとも知らずに。
「たとえば、ハンドクリームとかどうですか? きっとお母さんも喜んでくれると思いますよ」
「悪くないアイデアだが、他には?」
「さらに候補を挙げるとしたら、口紅とか、ファンデーションとか?」
「あー、駄目駄目。ああいうのって、人それぞれ好みの色とかあるんだろう? 俺そういうの分かんないから」
と即座に否定しつつも、それが本当に母の日の贈り物だとしたら、案外悪くないんじゃないかと思う。一応候補に入れておくか。
しかし今回は、あくまでも友達の女の子へ渡すためのプレゼントである。
いや、もう一度よく状況を整理してみると、彼女は好きな女の子の友達だ。
俺にとっての友人かと聞かれると、そこまで親しい関係ではない。
「だったら逆に聞きますけど、青木さんの立場としては、一体どんなプレゼントを贈りたいんですか?」
「とりあえず、食べ物は好き嫌いがあるから除外するとして、なるべく実用的で、値段もそれなりにお手頃で、別にあってもなくても困らないような……」
「あってもなくても、困らないようなもの?」
「誰だって自分にとって必要なものは自分で選びたいだろう? かといって、それ以外のものなら何でもいいってわけじゃない。どうせあれを買ってきてと頼まれても、これじゃないんだよなって顔をされるのが目に見えてるし」
「簡単なようで、難しいテーマですね」
「分かりやすく言うなら、そうだな。もしも無人島に何かひとつだけ持っていくとしたら、絶対に持っていかないものがプレゼントだと思わないか?」
「無人島で暮らすうえで必要のないものが、プレゼントとして最適なんですか? たしかに、そう言われると何だか、そんな気がしないでもないような……」
千嵐は、勉強の合間にうんうんと頷いて興味を示しつつも、いまいち納得していない様子だった。
お互いにまだ知り合って間もないので当然と言えば当然だが、さっきからまったくと言っていいほど話が噛み合わない。
会話のテンポもペースも微妙にずれていて、終始ぎこちない感じが否めない。
「でしたら、ハンカチなんてどうでしょう?」
「まあ、妥当だな」
「じつは私、花粉症なんです」
「うん、それで?」
「もしも無人島に何かひとつだけ持っていくとしたら、私はハンカチよりもティッシュを選びます」
「いや、だから何の話だよ。ハンカチとティッシュだけじゃなくて、もっと他にも必要なものがあるだろう?」
「あらためて考えてみると、ハンカチって本当に不思議ですね。こんなにあってもなくても困らないのに、どうして世の中から消えてなくならないんでしょう?」
学校の図書室を部室として利用している都合上、郷土研究部が活動するのはどんなに遅くとも夕方の午後6時まで。
夏休みの合宿や、文化祭の準備などに参加するのは難しいかもしれないが、これなら他の部活やアルバイトと掛け持ちしても差し支えない。
……ところで俺たちは、一体なぜこんな話をしているんだ?
足音もなく忍び寄ってきた香川先輩から肩を叩かれて、しーっと厳重注意。俺と千嵐は、たちまち恥じ入って私語をつつしむ。
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