恋する男子に贈り物を教えて(3)


 体験入部。

 それは、この学校で毎年行われている恒例行事みたいなものだ。


 入学式が終わった四月から、五月に予定されている体育祭の時期にかけて、およそ一か月のあいだ。

 各クラブに所属する二年生や三年生の先輩たちが、新入部員を勧誘するべく校内で宣伝合戦を繰り広げる。


 たとえば、一年生がよく行き来する階段前の掲示板にポスターを貼ったり、昼休みに体育館のステージを借りてパフォーマンスを披露したり。

 クラブの活動内容によっては、放課後に部室へ行くと特別なイベントを催している。美術部ならば絵画の制作を見学できたり、吹奏楽部ならば楽器の演奏を体験できたり。


 というわけで、次の日の放課後。

 俺は学校の図書室へ足を運び、郷土研究部の門戸を叩いた。


 その理由は、ただひとつ。

 ほんのついこのあいだ、教室でトランプをして遊んだ時に、一年C組の千嵐小夜から、


「もしよかったら、みなさんも体験入部に参加してみませんか?」

 と誘われたからだ。


 その時はアルバイトの都合ではっきりと返事ができなかったが、行けたら行くよと言った手前、せめて一度くらいは顔を出しておかないと示しがつかない。


 あれ以来、学校の廊下で千嵐とすれ違うたびに、一体いつになったら見学に来てくれるのかとしつこく迫られるのだ。

 俺としては、興味がないことを理由にやんわりと断ったつもりだったのだが。


 図書室のドアを開けて最初に出迎えてくれたのは、顔も名前も知らない二年生の女子生徒だった。

 どうやら一足先に図書室を訪れていた千嵐が、あからじめ事情を説明してくれていたようで、


「――あなたが、一年生の青木君ね?」

 と、まるで俺の到着を待ちかねていた様子である。


 それからさっそく荷物を預けて、顧問の先生に挨拶がてら、作品の展示スペースへと案内される。

 図書室のカウンターに設けられた活動紹介のコーナーだ。


 去年の文化祭で発表されたという部誌には、夏休みの自由研究みたいな活動記録がつづられていた。

「ちゃんと男子もいるから安心してね」と、わずか四、五名しかいない部員たちの集合写真を見せられる。


 この二年生の副部長は、香川澪かがわみおと言った。

 千嵐小夜とは同じ中学の先輩後輩で、学校以外でも以前から交流があったという。


 香川先輩は、他にも色々なことを教えてくれた。

 この郷土研究部は、我が校が男女共学になる以前から存在している歴史と伝統ある同好会なのだそうだ。

 過去には学生時代の趣味が高じて、地元にある資料館の学芸員になった卒業生もいるのだとか。


 普段の活動内容は、基本的に自由である。

 おのおのが気になる研究テーマを見つけて、とことん納得がいくまで調査する。

 郷土にまつわる事柄ならば何でもありだ。時には学校を飛び出して現地へ出向くこともあるという。


「青木君も、まずは自分に合った研究テーマを探すことから始めましょう」


 そんなこんなで、やりたくもないクラブ活動を体験させられるはめになった俺が、図書室の書架を巡って貸し出し禁止の校史を閲覧しているあいだ。

 すでに入部届を提出して仮部員となった千嵐小夜は、たったひとり図書室の片隅で宿題を片づけていた。


「それじゃあ私は、生徒会のほうに行ってくるね」


 香川先輩は、後ろから俺の肩を叩いてこっそり耳打ちする。

 しーんと静まり返った図書室の中なので、あまり大きな声は出せない。


「私が戻ってくるまで、二人ともここにいて。ひょっとしたら他にも入部希望者がやってくるかもしれないから」


 香川澪。

 誤って足元に落としてしまった本を嫌な顔ひとつせず拾ってくれる、物腰柔らかでおしとやかな雰囲気をまとった女子生徒だった。

 ……とはいえ、会話のやり取りはほとんど一方的だったけれども。


「普段は漫画しか読まないんだけどな」


 暇つぶしに本棚から文学全集の一巻を持ってきた俺は、椅子の上に置いていた荷物を隣の席へ移しながら、冗談交じりにおどけてみせる。


 千嵐は、コロコロと鉛筆を転がしてノートを裏返すと、両手で万歳をして机に突っ伏した。

 とっさに教科書を立てて顔を隠し、散らばった筆記用具をかき集める。……いや、脇が甘くてお絵描きが丸見えだぞ?


「昨日、野々坂もここに来たんだって?」

「いいえ、おとといです。先週借りた本を返却するついでに」


「結局、あいつはどうするって?」

「もしも部員が足りなかったら、入部してくれるそうです」


 ふーん、そっか。

 だったら俺も入部しちゃおっかなー。


 椅子の背もたれに寄りかかってストレッチをしながら、怪しまれないようにそれとなくほのめかす。

 あいつがどうしても入部してほしいって言うなら、俺だってやぶさかじゃないけれども。……えっ? 誰もそこまでは言ってないって?


 図書室の本棚から分厚い辞書を持ち出して、黙々と宿題をこなしていた千嵐は、なくなった消しゴムを探してそわそわと辺りを見回しながら、


「――本当ですか!?」

 いきなり椅子から立ち上がり、意外な申し出に思いのほか食いついてくる。


 俺は、両手を突っ張りつつ後ろに引き下がり、床に落ちていた消しゴムを拾う。

 二本足で傾けた椅子のバランスを崩して、あわやひっくり返りそうになりながら。

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