恋する男子に〇〇を教えて
オススメスオ
第一話
恋する男子に占いを教えて(1)
「ごめんなさい!」
彼女がそう言って差し出したのは、俺からのラブレターだった。
俺の名前は
じつはここだけの話――小中高と同じ学校に通っている幼馴染の女子生徒・
四月の入学式が終わり、満開の桜が散った雨上がり。チャイムの音が空々しく鳴り響く放課後。
腕時計ばかり気にして貧乏揺すりをこらえつつ、木陰のベンチに座って祈り続けること30分あまり。
下駄箱に上履きを揃えた生徒たちが、色とりどりの傘を咲かせて下校してしまったころ。
新調したてのセーラー服に学生鞄を引っさげて、ようやく待ち合わせ場所に現れた野々坂百花は――、
「本当にごめんなさい!」
そよ風に揺れるスカートを両手で押さえて、深々と頭を下げる。
「えっ?」
この時、俺のハートは化石のように固まって打ち砕かれた。
「でも、手紙の内容は読んでいないから!」
「えっ?」
「じつは、下駄箱で靴を履き替えようとした時に、気づかずに踏んづけちゃって……」
野々坂は、お尻の後ろに隠し持っていた手紙を持ち出して、さも申し訳なさそうに伏し目がちな表情を隠す。
「しかも、慌てて拾おうとしたら封筒が破れちゃって。――ほら、さっきまで雨が降ってたでしょう? 傘を差そうとしたら水たまりに落としちゃって、それで便箋の文字がにじんで読めなくなって……」
それはまぎれもなく、長方形の封筒に三つ折りの便箋を入れた俺のラブレターだった。
今はもう、ゴミクズのように踏みにじられて無残にも引き裂かれている。
手紙の宛先は記していない。なぜなら俺自身が直接、彼女の下駄箱に投函したからだ。
差出人の名前はイニシャルのみ。それでもきっと彼女なら、俺の気持ちに気づいてくれると思っていたから。
「……本当に、手紙を読んでいないのか?」
「もしかして、私のことを疑ってるの? せっかく親切に落とし物を届けてあげたのに! いくら私が意地悪だからって、他人のラブレターを盗んだりしないわ!」
「だったら、どうしてこの場所に?」
「えっ?」
「今日の放課後、この学校にある大きな桜の木の下で待っていますって、手紙の中に書いていなかったか?」
彼女の名前は、野々坂百花。
読んで字のごとく、姓名の合計は34画だ。学年は俺と同じ、高校一年生。星座はやぎ座。血液型はO型。
性格はとにかく明るく、よく言えばマイペース。悪く言えば自由奔放。けれどもやるべきことはきっちりとこなすタイプ。
同年代の女子たちの影響もあってか、中学生のころからジャニーズ系のアイドルばかり追っかけている。
同級生の男子たちが仲間内で勝手に作った美少女ランキングによると、彼女の評価は平均よりもやや高め。せいぜい中の上くらい。
成績はそこそこで容姿もまあまあだが、胸が小さいので惜しくも人気投票の対象外。
それでも俺は、そんな彼女のことが好きだ。誰に何と言われようと構わない。むしろライバルが少なくて好都合なくらいだ。
「だいたい、あんたが悪いのよ! こんな恥ずかしい手紙を、私の下駄箱の前に落とすから!」
野々坂は、ぎゅっと閉じた目を><にした。カーディガンの袖をあまらせて羽ばたき、やたらめったら叩いてくる。
「きっと誰かが捨てた手紙を間違って拾っちゃったのよ! あやうく自分宛てのラブレターだと勘違いするところだったわ!」
そして、わなわなと尻込みしながらこちらを指差して、おぞましげに寒がってみせる。
「いや、違うんだ。じつはその、これは俺が書いたものじゃなくて、友達から頼まれたというか、何というか……」
「ふーん、やっぱり悪ふざけだったんだ? あんたのことだから、どうせまた罰ゲームか何かなんでしょ?」
「そ、そんなに疑うなら、何か証拠はあるんだろうな? 第一、俺には動機がないじゃないか。ちゃんとアリバイだって……」
「だったら、あんたはこの場所で誰のことを待ってるの?」
えーっと、それはその……と、俺は寝癖のついた前髪をいじりながら目をそらす。
去年の夏ごろから伸ばし始めて、ようやく眉にかかる程度の長さになった髪の毛だ。中学のころは鬼顧問が率いる野球部に所属していて、なかば強制の坊主頭だった。
俺が強豪校への推薦を断ってこの学校に入学したのも、彼女が普通科の進学校を目指していると知ったからだ。もしも念願叶って合格したあかつきには、絶対に告白すると決めていた。
そして、今がまさにその時である。
「みんなには黙っておいてあげるから、こっそり教えてよ」
野々坂は、ほつれた髪を耳にかけながら、思わせぶりな眼差しをこちらに向ける。「このラブレター、本当は誰に渡すつもりだったの?」
「それは、お前……」
と言いかけて、俺は慌てて口をつぐんだ。ズボンのポケットに手を突っ込んで、そっぽを向く。「お前なんかに教えるかよ」
「私たち、友達だよね?」
「俺はそう思っていないからな」
「じゃあ、ヒントだけでいいから。絶対誰にも言わないってば」
「お前こそ、どうしてそんなにしつこく聞いてくるんだよ。ひょっとして、俺のことが好きなんじゃないのか?」
……どさくさにまぎれて何てことを聞いているんだ、俺は。
お互い、男女の隔たりなく気軽に話せる仲とはいえ、今のはさすがに勘づかれたか?
ほんのつかの間、言葉に詰まって黙りこくったかと思いきや、むっと眉を吊り上げてポニーテールを逆立てる野々坂。
――もう知らないっ! あっち行けっ! と言わんばかりに両手で突き飛ばしてくる。
「誰があんたのことなんか! 勘違いしないでよね!」
すると、その時だった。
どこからか聞こえてくる携帯電話の振動に気づき、ふと興ざめしたように普段通りのテンションに戻ってしまう野々坂。
ちょっと待った、と手のひらで俺の発言を制して、片手に提げた学生鞄の中をまさぐる。
「もしもし、
しーっ、と口もとに人差し指を立てて、ケータイを耳に当てようとする間際――。
不意に頭上から、しだれた桜の花びらに溜まった雨しずくが落ちてきて、俺はきょろきょろと周囲を見渡す。
グラウンドが水浸しになって練習ができなくなり、渡り廊下でストレッチをするジャージ姿の部活生たち。
西側と東側の校舎に挟まれて、Hの字に囲われた中庭には、色あせた赤煉瓦のタイルが敷かれている。
車椅子でも自由に出入りできるようにバリアフリー化されたスロープのかたわら。
目立たぬ場所にたたずむ体育倉庫の後ろに隠れて、怪しい人影がこちらを覗き込んでいた。
「もしもーし、野々坂ですけどー」
――あれ、電波の調子が悪いのかな? 野々坂は怪訝そうに小首をかしげて、曲げた親指で文字を打ち込む。
「あーあ、きっともう待ちくたびれて帰っちゃったんだろうなー」
それから、ぶつくさと愚痴をこぼしつつ、非難がましい目つきで俺を睨めつけてくる。
「それもこれも、全部あんたのせいだからね? 今日は私、学校帰りに友達と遊びに行く約束をしてて。高校で知り合った同じクラスの女の子で、
だとすると、もしかしてさっきの人影が……?
ほんの一瞬、ちらっと姿が見えただけで学年やクラスまでは判らなかったが、同じ学校の制服を着用した女子生徒だったのは確かだ。
俺に見つかって正体を知られたと思ったのか、背を向けて逃げるように走り去ってしまった。
この時、俺の心に小さな疑いが生じる。
ひょっとするとあの女子生徒は、俺が好きな人に告白してフラれる場面の一部始終を目撃していたのではないか?
「――どうしたの、青木? もしかして、怒ってる?」
「俺は、ずっと一人で待ってたんだ。自分の気持ちを伝えたくて。それなのに、友達を連れてくるなんて……!」
俺は、ぐっと拳を握りしめて怒った肩を強張らせた。うつむいたまま背を向けて、知らず知らずあふれてきた涙をぬぐう。
そして、雨ざらしのベンチに置いていた鞄を抱えて、一目散に逃げ出した。
「えっ? 友達っていうのは誰のことを言ってるの?」
一時は降り止んだかと思われた小雨が、にわかに強まり出して水たまりの波紋を広げる。
たったひとりその場に残された野々坂百花は、雨粒でにじんだスマホの画面をぬぐい、相手から返信されたメッセージを確認する。
「ひょっとして、あいつが本当にラブレターを渡したかった相手って……」
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