恋する男子に占いを教えて(5)
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
俺は、けっと啖呵を切って一笑に付した。机に頬杖をつき、皮肉まじりに悪態をつく。
「またまた、カッコつけちゃって。本当は気になるくせに」
「高校生にもなって、まだ占いなんてものを信じてるのか? 子供じゃあるまいし」
「あんたそれ、小学生の時にも同じこと言ってた」
「まるで覚えてないな」
具体的にどうこうとは説明できないが、俺が彼女のことを好きになった理由は、たぶんこういう部分にあるのだろう。
初めて出会ったあのころから、何ひとつ変わっていないのだ。
長男と長女に次ぐ三番目の末っ子で、小さいころから甘やかされて育ってきたせいか、まるで子供のように屈託がなく、誰に対しても分け隔てなく接することができる。
学校の先生や、目上の先輩に対しても平気でタメ口を利き、たちまち親友のように仲良くなってしまう。
「お二人は、いつからお知り合いなんですか?」
――えっ? その質問はどっちに対して?
俺は、立てた肘に枕していた頭をもたげて、素っ頓狂な表情で千嵐に問い返す。
千嵐は、所在なさげに肩身を狭めて縮こまり、おそるおそるといった様子で控えめに手を挙げる。
いやいや、別に授業中じゃないんだから、質問するたびに挙手しなくてもいいんだぞ?
「うーん、いつからだっけ? 幼稚園のころからずっと同じだから、かれこれもう十年くらいの付き合いになるのかな?」
「幼馴染なんですね」
「いやいや、そんなんじゃないってば。絶対ありえないから」
野々坂は、握ったげんこつを突き上げて即座に抗議する。
なぜだか知らないが、彼女は昔からその疑惑を認めない。俺みたいなやつが幼馴染であることが許せないのだ。
ランドセルを背負って登校していた小学生のころなど、お互いの家がご近所同士だと疑われないように、わざわざ回り道をして別々の通学路を歩いていたほどだ。
「ねえ聞いてよ、千嵐さん。こいつね、中学生になるまで私のことを……」
「おい、あんまり余計なことを喋るなよ」
「別にいいじゃん。本当のことなんだから」
「嘘でも言っていいことと悪いことがある」
彼女の言う通り、俺が心の奥にモヤモヤを感じて、異性のことを意識し始めたのは、小学校の終わりごろか、中学生になってからだ。
物心ついた時から母子家庭の一人っ子だったので、早く大人にならなければと思う半面、エロの知識に関しては乏しかった。
男子はズボン。女子はスカート。身の丈に合わない大きめの制服を着せられて、なおさら自分のことを意識するようになった。
それまでは相手のことなど何とも思っていなかったから、今みたいに名字じゃなくて、ずっと下の名前で呼んでいた。
「あんた、おとめ座のB型だよね?」
「……なんで知ってるんだよ」
野々坂は、いよいよ立ったまま過ごすのに疲れてきたのか、不謹慎にも黒板前の教壇にお尻を乗っけて、ぶらぶらと両足を浮かせる。
太もものあいだに挟んだ本を開いて、真剣な眼差しを左右にきょろきょろ。巻頭の目次を指でなぞり、ページを飛ばして目当ての項目を索引する。
「えーっと、なになに……? 不器用な性格だけどじつはロマンチック? プライドばかり高くて恋愛は苦手なタイプ?」
星座占いとは、古代の天文学を起源とする神秘的な学問である。
科学的にはまったく根拠がないものの、歴史を辿れば算数や理科とも深く関わっており、現在使われているカレンダーにもその名残りが見て取れる。
たとえば、一週間の曜日ごとに太陽系の星の名前が当てられているのは、地球を中心として世界がまわる天動説が信じられていた時代の風習だ。
大昔の人々は、自分たちの運命は宇宙が定めるものだと信じていた。太陽の高さや、月の満ち欠けが、それほど日々の生活に大きな影響を及ぼしていたのだ。
「ほらね、ずばり当たってるじゃん」
「どこがだよ。的外れもいいところだ」
「もしかして、今まで誰とも付き合ったことがないの? 高校生にもなって?」
「何か言ったか? さっぱり聞こえないな」
「だったら、自分で読んでみなよ。本当にそう書いてあるから」
「俺はもう占いなんて絶対に信じないって決めたんだ! 信じなければ騙されることもないからな!」
下手な挑発に乗るまいとあえて見て見ぬふりで聞き流していたものの、さんざん虚仮にされてとうとう我慢ならず、俺は思いっきり机を叩いて立ち上がる。
しかし、どうせ口からでまかせだと思って本のページをめくってみたら、本当にその通りの内容が書かれていて、不承不承ながら大人しく着席する。
「千嵐さんの星座は?」
「おうし座です」
「ってことは、もうすぐ誕生日じゃん! 血液型は分かる?」
「A型です」
先ほど述べた星座占いと違って、血液型占いはむしろ科学から派生した信仰だと言えよう。
なぜなら、人間の身体を医学的な方法で詳しく調べるまで、人それぞれの血液に種類があるなんて誰も知らなかったからだ。
さらに近年では、遺伝子にまつわる研究が進んだおかげで、新しい命が生まれる前から、将来病気になるリスクまで分かってしまうらしい。
ひょっとするとこれからの時代は、占いによる結果を参考にして、受験する大学や就職する企業を選ぶのが正解かもしれない。
――とはいえ結局のところ、それを信じるかどうかはあなた次第なんだろう?
たとえ予想された結果と違っていたとしても、それは生まれつきの才能じゃなくて、本人が努力したおかげだとかって言うんだ。
俺はただ、運が悪かったと思いたいだけなのに。
もう一度挑戦すれば、次こそは成功するはずだと。
「さてはお嬢さん、まっすぐで純粋な心の持ち主ですな? 仕事も恋愛も、急がず焦らず地道にコツコツと頑張るタイプ。相手に求める理想が高すぎて婚期を逃してしまうかも?」
野々坂は、机越しに差し出された千嵐の手のひらを覆して、虫眼鏡で手相を占っていた。
テストの採点で使われる赤ペンを使って、見本を参考にしながら手のひらのしわをなぞる。
「青木さん! 青木さん!」
「えっ?」
「……どう思います?」
「いや、俺に聞かれても困る」
俺は正直、腰を抜かすほどびっくりした。
ぱっと手のひらを広げて真ん中を指差した千嵐が、いきなり椅子を動かしてこちらに近づいてきたからだ。
それは、いわゆる恋愛線というやつだ。生命線と感情線をつなぐ、幾重にも枝分かれしたあやふやな世界線。
俺は、自分の左手をポケットに隠してなるべく平静を装う。……ところで今、なぜ俺のことを二回も呼んだ? 何かのおまじないか?
「ほら、次はお前の番だぞ。貸してみろ」
俺は、落ち着きなく教室の中をうろちょろする野々坂の動きに翻弄されながらも、椅子の背もたれから身を乗り出して、持っている本を寄越せと催促する。
「……そんなに気になる?」
野々坂は、見開きのまま広げた本を胸元で伏せて、たるんだあごの下を見えないようにする。
そして、かたわらに寄り添った千嵐にだけ本のページを明かし、こっそり秘密の答えを教える。
「そうだ、すっかり忘れてた! 私、そろそろ部活の見学に行かなくちゃ!」
そう言うが早いか――。
野々坂は、しおりを挟んだ本を閉じるなり学生鞄を引っさげて、大急ぎで教室をあとにする。
「はいこれ、教室の鍵。戸締まりよろしくね」
立ち去り際に何やら得体の知れないものを握らされ、おそるおそる手のひらを広げてみる。
すると、それは1-Cと書かれた札付きの鍵だった。
もしやと思って黒板の片隅を見やると、日直の欄に野々坂の名前が書かれていた。ここに来て俺は、本人のかわりに面倒な仕事を押しつけられたことに気づく。
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