恋する男子に盆踊りを教えて(6)
虫の音が寝静まった静かな夜に、愉快に鳴り響く和太鼓の音頭。
袖なし半纏を羽織った地元の若者たちが、汗を拭く暇もなく呼吸を合わせてばちを叩く。
こまかい砂利が敷き詰められた境内の中央に、立派なやぐらが建てられている。
その土台は、おもに建設現場などで使われる鉄パイプの足場だ。舞台の奈落を紅白の幕で隠して、見かけだけ豪華に仕立てている。
やぐらの屋根から放射状に電飾コードが延びていて、オレンジ色の提灯が鈴なりにぶら下がっている。
もちろん、見た目に関しては本物の提灯と変わらない。一間飛ばしで交互に明滅したりして、むしろ本物よりも綺麗なくらいだ。……これがちまたで流行っているイルミネーションというやつか?
境内の正面にどてんと構えるのは、古びたお寺の本堂である。
木造の建築物に冠された瓦屋根の背景には、まんまるのお月様。夜間モードに切り替えてスマホをかざすと、ネットで話題になりそうなくらい絵になる写真だった。
「あっ、いたいた!」
午後7時。
SNSを介したやり取りで俺たちの居場所を知った香川先輩が、遅れて会場にやってくる。
「今夜はこの恰好で神社の夏祭りへ行くつもりだったんだけど、みんなが近くにいるって聞いたから。私の家、ここからそんなに遠くないし」
――どう? 似合うかしら?
香川先輩は、あまった袖のたもとを広げて浴衣の着こなしを披露しつつも、きつく締めすぎた帯を気にして後ろを見返る。
さらさらとした金髪のショートカットを耳にかけて、銀色に輝くピアスを見せびらかす。
出会ったそばから自分のスマホをかざして、ちゃっかり記念撮影を求めてくるところが抜け目ない。拳ひとつぶん空けた浴衣の奥襟から、健康的に日焼けしたうなじが覗く。
「今さっき、近所のおばあさんからもらったの。よかったら半分食べてくれない?」
そう言って香川先輩は、固く凍った棒状のアイスキャンディーを握りしめ、えいっと膝蹴りを試みる。
けれども案の定、浴衣なので足が上がらない。ちょうど真ん中でポキッと折ってあげただけなのに、すごーいすごーい! と手放しで褒めてくれる。
それは、昭和の時代から子供たちに大人気。自宅の冷蔵庫で凍らせてから、半分に割って食べるタイプのアイスキャンディーだった。
ちなみに、正式名称はポチエチレン容器入り清涼飲料という。じつはアイスじゃなくてジュースとして販売されている。
一般的にはチューペットという商品名で親しまれているが、地域によってはチューチュー棒だったり、パッキンアイスだったりと様々な呼び方がある。
「ところで、あいつらがどこに行ったか知りませんか?」
俺たちは、いつの間にかはぐれてしまった野々坂と千嵐を探して、あちこち出店を回ってみる。
といっても、町内の自治会が主催する小さな盆踊り大会だ。とくにこれといって目新しいものはなく、商工会の皆さんが協力してかき氷と綿菓子を売っているくらいだ。
輪投げや射的の順番を待って並んでいる人たちの中には、意外にも観光客らしき外国人の姿もちらほらとあった。
農業を学ぶために研修にやってきた実習生や、学校で英語を教えている先生たちだろうか? きっと日本の伝統行事が物珍しくて、方々から集まってきたのだろう。
「――ほら、あそこで踊っているのがそうじゃない?」
俺と先輩は、ラジカセから流れる音頭が次の曲に変わるタイミングで、盆踊りの輪の中に加わった。
和服と洋服が入り混じるちぐはぐな仮装行列を率いているのは、編み笠にたすきをかけたお年寄りたち。一般の参加者たちとは明らかに踊りの上手さが違う。
俺たちは、自分のひとつ前に並んだ人の振り付けを真似して、太鼓やぐらの周りをぐるぐると回る。
二度、三度と手拍子を叩いては、すり足を出して一歩前へ。袈裟がけに手刀を切って、ひらりと身をかわす。
ここでもう一度、盆踊りの歴史について振り返っておこう。
正確な記録が残っていないので詳しいことは分からないものの、そもそもの発祥は、平安時代から鎌倉時代までさかのぼると言われている。
もともとは、死者の冥福を祈って歌いながら踊りを捧げる、原始的かつ宗教的な儀式だったらしい。
漢字だらけのお経など読めなかった当時の庶民のあいだで、これが大いに流行った。そうしてたちまち一世を風靡し、全国各地へと広まっていった。
それから時代が下るにつれて、儀式的な意味合いはだんだんと薄れていき、飲めや歌えやのダンスパーティーへと化していく。
武士と平民の階級が分かれていた江戸時代のころなどは、社交場で出会った見ず知らずの男女が、手をつないだまま茂みへ逃げ込み、獣のようにまぐわうこともあったという。
ところが、明治時代になって文明開化が始まると、公序良俗を乱す悪しき風習と見なされ、しばしば禁止を命じられるようになる。
今もこうして地域ぐるみで盆踊りという行事が続いているのは、そうした昔ながらの伝統文化が、草の根の運動によって受け継がれてきたからだ。
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