恋する男子に盆踊りを教えて(7)
午後8時。
夏の夜に月が満ちて、いよいよ宴もたけなわ。盆踊り大会も佳境に差しかかるころ。
満天の星がまたたく夜空に、ど派手な号砲が上がる。
ほんの一瞬、閃光を放ってはじけた打ち上げ花火の残像が、ぱらぱらと儚げな音を立てて散らばる。
ほら、あっちあっち――と、どこかの誰かが背伸びをしながら真っ先に方角を指し示す。
すると、今の今まで盆踊りに夢中だった人々が、足を止めて一斉にざわめき立つ。
仲良く手をつないで寄り添う男女や、父親に肩車してもらって大はしゃぎする子供たち。
みんな一様に表情を明るくして、きらきらと目の色を輝かせる。
まさに、その時だった。
「――青木さん!」
下駄の歯で砂利を踏んで近寄ってきた千嵐が、いきなり俺の腕を引いて反対の方角へと駆け出す。
誰もが同じ空を見上げて歓声を沸かせる中、俺たちの姿が消えたことに気づく者はいない。
「さあ、早くこっちへ!」
俺たちは、色とりどりに咲き乱れた花火から背を向けて、あちこちぶつかりながら人混みの中を駆け抜ける。
最初は、もっと打ち上げ花火がよく見える場所へ連れていってくれるのかと思った。
夏祭りの花火大会なんかくそくらえだ。みじめな気持ちになるから行きたくない。
ほんのついこのあいだ、俺んちで彼女とそんな話をしたばかりだったからだ。
けれども、行けども行けどもこの町の周辺はボタ山ばかり。でこぼことした起伏のある地形が、あたかも影絵みたく輪郭に沿って浮かび上がる。
さっきから相変わらず花火の音だけは聞こえるものの、空を見上げる方向や角度によっては、月が隠れてしまってまったく見えない場所もある。
千嵐は、下駄の鼻緒につまずき転びそうになりながらも、息せき切らして懸命にひた走る。
俺は、いつの間にかどこかで財布を落としてしまったことに気づき、慌てて千嵐の腕を引き留める。
「ここまで来れば、もう安心です。夜になると誰も来ませんから」
そうして俺たちが辿り着いたのは、お寺の裏手にある雑木林だった。
じめじめと湿って苔むした石灯籠や、戦争で捕虜になった兵士たちの慰霊碑が、ほのかな月明かりに照らされてわびしくたたずむ。
……ひょっとして、肝試し?
ということはこの場所が、幽霊や妖怪にまつわる噂のパワースポットだろうか?
「お願いします、青木さん! これが最後のチャンスなんです!」
千嵐は、浴衣の帯締めを気にして汚れた裾をぱっぱと払うと、手に持っていた懐中電灯をこちらに振り向ける。
そして、より一層激しくなる打ち上げ花火の音に負けじと、大きな声で叫ぶ。
「今ここで、私に告白してください!」
「えっ……?」
俺は、いきなり真っ向から懐中電灯の光を浴びせられ、我が身をかばいつつひるんだ。
あまりの眩しさに後ろ向きのまま一歩、二歩とあとずさり、つるが絡んだ木の根につまずく。
「野々坂さんから教えてもらいました」
「……何を?」
「この期に及んで、とぼけないでください!」
「いや、だから何の話だよ。ちゃんと説明してくれ」
「だって、誰がどう考えてもおかしいじゃないですか! 今の今まで、この私が何も気づかなかったとでも?」
私だって、女の子ですから。そんなに鈍感じゃありません。
じつを言うと、最初から気づいていたんです。初めて出会ったあの時から、何もかも。
「だから私、ずっと待っていたんです。いつか青木さんが、本当の気持ちを打ち明けてくれるのを」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。一体何のことを言ってるのか分からないが、俺はべつに、お前のことなんて何とも……」
「だったらもう、私から告白します」
「えっ……?」
「じつは私、ずっと前から越智和馬さんのことが好きでした! だから、青木さんとお付き合いすることはできません!」
――ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
千嵐は、着崩れた浴衣の襟を真ん中に寄せながら、二度三度と重ね重ね頭を下げた。
裾よけから覗いた下駄を内股がちに引っ込めつつ、ぎゅっと足の指を縮める。
しかし、なぜ今ここで、そんなことを俺に……?
「それでも私は、青木さんに好きだと言ってほしかったんです。そうすればきっと、私の中で何かが変わるような気がして……」
そう言うと千嵐は、おもむろに懐中電灯を消して袖のたもとにしまう。
さっきまでの明るさに目が慣れてしまったせいか、ほんのつかの間、暗闇の中で何も見えなくなる。
「だって私は、いつも誰かのことを好きになってばかりで、誰にも好きになってもらったことがないんですから!」
すると、次の瞬間――。
一歩、二歩と後ろに下がって助走をつけた千嵐が、まるで頭から突っ込むように抱きついてくる。
そうかと思いきや、目をつぶったまま両手で耳をふさぎ、わーっと叫びながら逃げ出してしまう千嵐。
今のは一体、何だったんだ……?
追いかけて呼び止めようにもどこへ行ったか分からず、たった一人その場に取り残された俺は、身がすくむような恐怖を感じてきょろきょろと背後を振り向く。
もしかして俺って、わりと鈍感なタイプなのだろうか?
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