第二話

恋する男子に贈り物を教えて(1)


「トランプしようぜ!」


 それは、ある日の昼休みの出来事。


 お互いの机をくっつけて向かい合わせになった俺と和馬が、いつものように弁当を平らげてお茶を飲んでいると、

 一年C組の野々坂百花ののさかももかが、いきなり隣の教室に乗り込んできた。


「――説明しよう。ババ抜きとは、世界中で大人から子供まで親しまれている有名なトランプの遊び方のひとつだ。ゲームの参加者に同じ枚数のカードを配り、時計回りに一枚ずつ手札を引いていく。数字が揃ったら場に捨てていき、最後にジョーカーを持っていたら負けという簡単なルールさ」


 一年D組の越智和馬おちかずまは、華麗な手さばきでカードを繰りながら、分かりやすくルールを説明する。野々坂とは同じ中学の出身で、一時期は同じクラスだったこともある間柄だ。


「真剣勝負なら何を賭けるか決めようぜ。ただの遊びじゃつまらないだろう?」

 俺は、やや前のめりに机から身を乗り出し、あえて強気に罰ゲームの提案を持ちかける。


「ならば僕は、僕自身のライフポイントを賭けよう。さあ、闇のゲームの始まりだ」

 和馬は、口元に不敵な笑みを浮かべつつも、ポーカーフェイスを決め込んで真っ向から受けて立つ。


「だったら、負けた人はデコピンね。ただし、もう一回やらせてって言って土下座するのはなしよ。――千嵐さんもそれでいい?」


 不要なカードを省いてテーブルに置かれた山札を、野々坂はあらためて念入りに混ぜる。

 そして、あたかも忍者が手裏剣を飛ばすような構えで、シュシュシュッと言いながら四人分の手札を配る。


 この時、一年C組の千嵐小夜ちがらしさよは、紙パックにストローを挿して牛乳を飲んでいた。


 さっきまで俺が座っていた席に着き、まるで借りてきた猫のように大人しくしている。

 普段とは椅子の高さが違うので、両足のかかとがほんの少しだけ浮いている状態だ。


「すみません、いきなり本番だと緊張してしまって……」


 千嵐は、慌てて机の上のトランプをかき集めて、裏返しのまま見えないようにひた隠す。

 そうして、最初に配られた手札から、数字が揃ったカードを二枚一組で捨てていく。


「ほほう、君たちはなかなか運がいいみたいだね。しかし、最初にカードを引くのはじゃんけんで勝ったプレイヤーだ。必ずしも手札の少ないプレイヤーがゲームに勝利するとは限らない」


 ――ところで、千嵐君。

 君はカードを引く側と引かれる側、どっちが有利だと思う?


 越智和馬は、ファッションで身につけている伊達眼鏡をキラリと輝かせ、最初はグーのかけ声で卑怯にもタイミングをずらそうとする。


「現在どのプレイヤーがジョーカーを所持しているか。それこそがこのババ抜きというゲームの勝敗を左右する。残念ながら、負けると分かっていても途中で降りることはできない」


 じゃんけんの結果、最後まで勝ち残ったのは野々坂百花だ。

 カードを引く順番は、そこから時計回りに。野々坂から千嵐へ、千嵐から俺へとターンが回ってくる。


「君のような初心者を負かすのはかわいそうだから、ひとついいことを教えてあげよう。隣の人からカードを引く時に、じっと相手の目を見つめてごらん。昔から、目は口ほどに物を言うと言うからね」


 ――おそらく、僕の読みが正しければ。

 彼の手札に隠されているカードは、ハートのマークじゃないかな?


 順番待ちのあいだ暇を持てあました和馬が、場に捨てられたカードから残りの手札を予想して、心理的な揺さぶりをかけてくる。

 そのせいで俺は終始、千嵐小夜と目を合わせることができなくなる。


「ところで、みんなはもうどこのクラブに入るか決めた?」

 ――と、表向きにしたペアのカードを場に捨てながら、野々坂は唐突に話題を変える。


 俺たちが通っているこの学校は、学問とスポーツの両立を掲げる男女共学の公立高校だ。

 全国レベルではほぼ無名の弱小校だが、運動部、文化部ともに、課外活動が盛んに行われている。原則として全校生徒は全員、何らかのクラブ活動に参加しなければならない。


 それは、家庭の事情を理由にアルバイトの許可をもらった俺とて例外ではない。

 手っ取り早く入部届に帰宅部と書いて提出したら、即座に却下されてしまった。


「そういうお前はどうなんだ? このあいだテニス部の見学に行ってたよな?」

「まだ迷ってる。だからとりあえず、みんなの話を聞いてから決めようと思って」


 次に引いたカードは数字が揃わなかったのか、残念そうにしょげている野々坂の表情を盗み見て、さてはジョーカーを掴まされたな、と俺は察しをつける。


 こいつは、昔からそういう子供だった。周りの友達がやっているから、自分もやってみたい。今度こそ絶対に長続きするから。

 そんなこんなで、小学生のころはそろばんや英会話。中学校ではバレーボール部。近所の公民館で書道なんかも習っていたっけ。どれもこれも、結局あまり上達しなかった。


「このまえおばさんから聞いたけど、あんたはもう野球をやらないの?」

「毎日家に帰ってトレーニングしてるぞ。メンタルを伸ばすと体力も少しだけ回復するんだ」


「それはパワプロの話でしょ? あんた、中学の時もそんなこと言って部活サボってたよね」

「俺には根性の能力が足りないからな。ゲームと違って、一度やり始めたことは途中で辞めるなとか言われるし」


 俺は、和馬の手札から欲しかったカードを引き当てたあと、千嵐の目の前に残りの一枚をかざす。

 ふふふっ、そんな怪訝そうな目つきで俺のことを睨んでも無駄だ。たとえジョーカーだと分かっていても、お前はこのカードを引かざるを得ない。


「それじゃあ、越智君は? 中学までバスケ部だったよね?」

「囲碁将棋部に入るつもりだよ。僕は君たちと違って頭がいいからね」


 ふーん、へー、そーなんだー。

 自分から話題を振っておきながら、興味のないトークにはまるで耳を貸さない野々坂。


 どうやら今は、それどころではないようだ。扇のように広げた千嵐の手札を一枚つまみ、やっぱりこっちと見せかけてフェイントをかける。

 俺が抜けたことでカードを引く順番が変わり、もう一巡すれば和馬も上がりだ。


 あとは、野々坂と千嵐で一対一の勝負になる。

 二人の手札に残ったのは合計三枚。当然ながら、そのうちの一枚がジョーカーである。


「――ちなみに、千嵐さんは? どこのクラブに入る予定なの?」


 野々坂は、相手の不意を突いて関係のない質問を投げかける。

 そして、二枚のカードを交互に入れ替えて、イエスかノーで選択を迫る。


 俺たち三人から注目を浴びて、いよいよ手札を隠しきれなくなった千嵐は、たった一枚だけ残ったカードをめくってジョーカーを明かす。


「ちょっと待ってください、みなさん。今のは本番じゃなくて練習ですよね? ここは一旦落ち着いて、私の話を聞いてくれませんか……?」

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