恋する男子に盆踊りを教えて(4)
「うわっ、スイカだ! もしかして、千嵐さんが持ってきてくれたの? ちょっと待っててね、包丁で切ってあげるから」
「といっても、うちの畑で獲れたものじゃないんです。遠くの親戚から暑中見舞いに届いたもので、重たいのに無理やりうちの母から持たされて」
「あんた、これくらい自分でやりなさいよ。せっかくお客さんが訪ねてきてくれたんだから」
「もうすぐお前が来るって聞いたから、冷蔵庫で冷やしておいたんだ」
野々坂は、冷蔵庫の下の段にある野菜室から、半分に切ってラップをかけておいたスイカの片割れを取り出す。
金色のシールが貼られた高級な品種のスイカだ。かなり立派な大玉サイズだったので、うちの小さな冷蔵庫には半分しか入らなかった。
台所の流し台にまな板を敷き、野々坂がスイカに包丁を入れようとしたところで、すかさず千嵐が待ったをかける。
なるべく甘さが均等になるように、ケーキみたいに真ん中から放射状に切り分けるのがコツだそうだ。さすが農家の娘。そういえば、スイカとメロンって果物じゃなくて野菜なんだっけ?
「すみません、差し出がましくて」
「ううん、お話の途中だったんでしょう? 私のことは気にせず、どうぞ続けて」
……と言われても、どこまで話したっけ?
俺は、テーブルに並べられた資料をあらためて見比べ、壁掛けのカレンダーで今月のスケジュールを確認する。
「しかし、夏祭りへ行くしても、盆踊りへ行くにしても、出かけるとなると夜だろう? あまり帰りが遅くなると、親御さんが心配するんじゃないか?」
そうだ、今週末のお盆休みにどこへ遊びに行くかの話だった。
当日の予定は、朝から夕方までアルバイトだ。俺自身、遊びに行くとなると夜しか時間が空いていない。あらかじめ晩飯はいらないと母親に伝えておかなければ。
「いいえ、逆に考えてみてください」
千嵐は、暇つぶしに新聞のチラシで折り紙をして、スイカの種を入れるための箱を作っていた。
そして、俺の質問に対してこんなふうに答える。
「私の家はしつけが厳しいので、夏休みのあいだテレビは一日2時間まで、門限は夕方6時までと決まっています」
「まるで刑務所だな。俺にはとても耐えられん」
「しかし、夏祭りや盆踊りの日に限っては、特別に外出が許可されるのです。もちろん、どこの誰と何時まで遊ぶかをきちんと両親に報告しなければいけませんが」
「つまり、どこの誰かも分からんやつと一緒に遊んじゃ駄目ってことか?」
「言ってみれば、これは一年に一度しかない絶好のチャンスなのです。……夜空に花火が上がるほんのわずかな
――そうそう、それそれ! 分かる分かる!
水道の蛇口をひねって手を洗った野々坂が、新聞紙を敷いたテーブルにお皿を運んでくる。
三角形に切ったスイカの実から種を取りながら、我が意を得たりといった様子で相づちを打つ。
「もちろん、野々坂さんも一緒に行きますよね? 夏祭りと盆踊りなら、どっちがいいと思います?」
「ごめん、私はいいや」
――えっ?
俺は、ぱっぱと塩を振りかけてスイカを頬張りながら、さりげなく野々坂のほうに目をやる。
「だって、郷土研究部の活動の一環なんでしょう? たまには私を抜きにして、二人きりでお出かけしてみたら?」
千嵐は、スプーンを使ってスイカの種を一粒一粒丁寧に取りのぞきつつ、不意にこっちを向いた。
ほんの数秒、無言のまま目と目が合ってしまったものの、とりあえず何もなかったことにして野々坂との会話を続ける。
「せっかくの夏休みですものね。ご家族で旅行にでも行かれるんですか?」
「ううん、だいたい毎日学校で部活と補習かな」
「だとしたら、ご実家へ里帰りですか? 年に一度のお盆休みですしね」
「そういえば、小さいころに何度か行ったきり、パスポートとか更新してないな。外国にはお盆休みなんてないし」
えっ――?
と、不思議そうに小首をかしげて聞き返したのは、スイカの赤い部分をスプーンですくった千嵐小夜である。
いつもいつも俺が面食らった顔で二度見ばかりしているので、知らず知らずのうちに悪い癖がうつってしまったのだろうか?
考えてみれば、高校生活が始まってからここ数か月、近所に住んでいる幼馴染の野々坂よりも、同じ部に所属している千嵐と一緒に過ごす時間のほうが多かった気がする。
「野々坂さんのおじいさんとおばあさんって、外国にお住まいなんですか?」
「うん、そうだよ。たまに向こうから飛行機でやってきて、あちこち観光したりして帰っていくの。お母さんがいないと、何を喋ってるのか全然分からないけど」
うわーっ、すごーいすごーい!
野々坂の母親がじつは外国人だったと聞いて、千嵐は、なぜか手を叩いて大喜びする。
俺自身――野々坂とは、もうかれこれ十年来の付き合いになるが、彼女の家族については知らないことが多い。
父親はもともと暴力団の構成員で、今でも現役の市長さんとズブズブの癒着関係だし、母親は怪しげなネットショップでブランド物の高級バッグとかを取り扱っているし、とにかく知れば知るほど謎が深まる家族なのだ。
「だから私ね、今まで一度も夏祭りで浴衣とか着たことがないんだよね。うまく着られなかったら恥ずかしいし、お母さんが外国人だから、私には似合わないんじゃないかなって」
野々坂は、三角形に切ったスイカの先端をちょっとだけかじりながら、表情を暗くする。
この時――俺は、心の中でひそかに自問自答していた。
あの日、彼女にラブレターを渡して交際を断られて以来、俺は友人である越智和馬の助言に従って、あえて彼女のことを諦めようと努めてきた。
しかし、本当にこのままでいいのだろうか?
これは、俺自身にとっても絶好の機会なのではなのか? 夜空に花火が上がるその瞬間、もう一度彼女に思いを伝えることができたなら……。
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