第15話 カード占い

 

 契約してから二週間――上弦の月の夜、月光が降り注ぐ天窓の真下に占いの道具を並べていく。

 正方形の紙に描いた魔法陣を広げ、四方の隅に瑞々しい薬草、蜂蜜の小瓶、銀のハサミ、水晶玉を置いた。



「ハインツ様は中央にお座りしてください」

「分かった」



 ハインリヒが儀式の小物に囲まれるように座ると、ミランダは貴族の家紋が描かれたカードの束を彼の額に添えた。



「これはハインツ様の呪いの繋がりを使って、事件に関わりがある貴族を探すものです。しかしカードが反応しても犯人とは限りません。解呪方法を探る私にも反応するでしょう」



 無関係者をふるい落とすためのものでもある。調べるにしても対象の数を減らしたかった。



「では、始めます」



 すーっと呼吸を整えるように息を吸い、瞼を閉じた。手に持つカードに魔女の力を浸透させるイメージを抱きながら、呪文を唱える。



「我の目に代わりし精霊よ、香りを運び、恵みを与え、刃を掲げ、瞳に宿せ――仲間はだーれだ♪」

 四隅に置かれた小物がカタカタと共鳴するとカードが淡い光を帯び、すぐに消えた。

「できました。カードを調べます」



 ミランダが一枚ずつカードを捲っていく。もちろん裏には何も描いておらず、無地が続いていたのだが……少しすると、裏にも家紋が浮かび上がっているカードが出てきた。



「この家紋は……えーっと」

「外交大臣を務めるドーレス家の家紋だ」



 ハインリヒはミランダが手に持つカードを睨みつけた。



「この事件の捜査に関わっているからでしょうか……とにかく他にも関係のある家がないか見ます」

「頼む」



 ミランダは再びカードをめくる手を動かし始め、結果八枚のカードが該当した。

 王家、クラウスの家であるファレル伯爵家、ミランダの家であるネヴィル子爵家を始め、上位貴族が四枚、魔女の絵が一枚だった。



「ネヴィル家と魔女のカード以外の六枚は王家に近い家ばかりだな。面倒な……しかし魔女はどうして右半分しか浮かび上がってないんだ?」

「おそらく魔女は半分しか関わっていない……あくまで犯人を手助けしただけで刺繍を縫った本人ではないと、占いは伝えたかったのでしょう」

「なるほど。あとは各家に未婚の令嬢がいるか調べる必要があるな……さてどう調べるか」



 貴族名鑑に載っているのは歴代の当主と夫人の名前だけ。子供までは載っていない。

 ハインリヒの記憶だけでは、漏れがあるかもしれない。答え合わせにクラウスが来てくれれば――と思った翌日の夕方、タイミングよく彼は灰猫の隠れ家亭に現れた。変装し客として入店したクラウスを迎え入れ、すぐにその日は閉店とした。

 内窓の木製扉まで閉め終わると、ハインリヒが「待ってました」とばかりに、カウンターからクラウスの足元へと飛び降りた。



「よく来たな」

「わぁ!綺麗な白猫だ。茜の魔女さんってベルン君の他に使い魔がいたのですね。全然気づかなかった。なんて美しい猫なんでしょうか。君、綺麗だね〜♡」

「あ、クラウスさん、その猫は――」



 クラウスは自分の上司だとは露にも思っていないようで、デレデレ顔だ。ひょいっと持ち上げ、あろうことか鼻キッスをしようとした。



「やめろ、クラウス。俺だ」



 丸っこい白い前足を伸ばしてクラウスの鼻先を突っぱねた。



「は? 喋った……え、もしかしてこの白猫って……」

「俺だ、ハインリヒだ」

「……」



 クラウスが驚きの表情のまま固まった。前回彼が来たときはハインリヒの人の姿しか見ていなかった。猫の姿を知らなかったのだった。

 沈黙はすぐに破られた。



「うわぁぁぁぁあ! すみません!」

「――なっ!」



 間近で大きな声に当てられたハインツの体はビクゥッと飛び跳ねた。クラウスの手から滑り落ちた彼は、一瞬にして物陰に猫の身を隠した。

 しかし隠れた場所を見て、ミランダとクラウスは空いた口が塞がらなかった。

 乙女のカーテンと呼ばれる内側から、白いしっぽだけ見えている。



「ハ、ハインツ様……スカートの中はご遠慮くださいませ」



 ようやく絞り出した声に反応して、ミランダの足下に触れるモフモフがびくりと震えた。

 そろりとスカートの中から出てきたハインリヒの目は、死んだように濁っていた。ヨロヨロとした足取りでミランダの正面にまわると、五体投地で謝罪の姿勢に入った。



「す、すまない……フンドシを締めて気をつけていたつもりだったのだが、レディのスカートの中に再び入ってしまうなんて。誓って見上げてはいないが……このとおりだ」



 前足をそろえ、丸い後頭部を見せた。入られたミランダよりも、彼の方がショックを受けている。見事な土下座スタイル。

 小さな体を震わせ、謝罪する姿に胸が痛んだ。



「いえ、大きな声や音に驚き反射的に身を守れる場所に逃げ込んでしまうのは、猫として仕方のないことですから。呪いのせいです。頭をお上げください」

「硬派と名高いハインリヒ殿下の呪いがこんなにも酷いなんて……! 犯人め、許さん……それに僕も突然大声を出してしまい申し訳ございません。茜の魔女さん、悪いのは僕です」

「破廉恥な行動も、可愛いのも、全ては呪いのせいです。悪いのは犯人です。それに私、安心してください。ロングドロワーズはいてますから!」



 ハインリヒは顔をあげて、白くて小さな丸っこい前足で目を覆った。



「ミランダ……ドロワーズでも男には見せてはいけない」



 なんて何故か泣きそうな声で注意された。


◇◇◇


 人の姿で合わせる顔がないと、ハインリヒは猫の姿のまま話し合いをすることなった。



「気を取り直して……実はこんなものを手に入れました」



 クラウスによって、テーブルに広げられたのはハンカチに刺繍された図案だった。呪いさえなければ、使うのがもったいないほどの繊細な模様だ。呪いの証拠を外に出して紛失してはいけない。代わりに王妃が模写した物を用意してくれたようだ。



「本物は色味が違う赤糸が複雑に使い分けてあったのですが、判別するのが難しく、インクの黒一色になってしまいました」

「いえ。王妃殿下はとても器用なんですね。見事です」



 ミランダは紙の表面を撫でた。呪文は魔女によって個性がでるが、魔法陣に関しては癖が出ても大きく差はでない。

 猫に変身してしまう魔法陣のほかに、何かヒントがないか探す。もちろんカモフラージュの模様も含まれているので、複雑だ。



「何日かけて縫ったのかしら。あ……氷の剣……王家の家紋にある鷹……ハインツ様を彷彿とさせる言葉と模様があります。ここに書かれてるなら、あとは……」



 猫になる呪いを持続させるための繋がりとして、魔女または犯人を示すものもあるはずだ。紙を食い入るように見て探す。



「花は……なんの花かしら。それに……乙女という言葉があります。さすがに解呪のヒントは無さそうですね」

「では家紋か名前に花がある令嬢が、犯人に近いという訳だな?」

「占いだけ見ればそうなります」

「クラウス、このカードの家に花の名前の娘がいるか覚えているか? ミランダ、渡してくれ」



 先日占いに使った貴族の家紋カードをクラウスに見せる。すると該当している家がふたつ。



「外交大臣ドーレス家の娘キャメリア嬢と、第二騎士団の団長アンダーソン家の娘マリアローズ嬢ですね」



 椿と薔薇。ふたりとも赤く大きな花弁の花が由来の名前だ。そしてふたりとも侯爵家の娘。刺繍の腕前は折り紙付きに間違いない。



「ハインリヒ殿下、ドーレス卿もアンダーソン卿の息女たちはあなた様の婚約者候補にも名が上がっているお立場。令嬢たちの間で何か駆け引き、あるいは異変が起きてるのかもしれません。聞き出したいところですが……」



 クラウスの表情は陰る。

 当たり前だ。ミランダは見習い魔女。宮廷魔女の占いならともかく、信じてもらうのは難しい。それに側近の大切な娘が対象なら尚更だ。



「クラウスさん、この結果はあくまで間接的な占いです。実際に何か怪しい点を見つけてからでないと、犯人でなかった場合に失礼では済まなくなります。ここは慎重に」

「確かに……でも動かないわけにはいきません。陛下はハインリヒ殿下の無事が確認されたことで、捜査チームの活動を強めようとお考えです。様子見もあと一か月しないうちに終わるでしょう」

「なるほど。内密に解決するにはあと数週間しかないのですね。ちなみに捜査チームにキャメリア様とマリアローズ様は加わっていますか?」

「いいえ、俺が知る範囲では加わってません。しかしドーレス卿もアンダーソン卿も陛下の側近として、この件は耳に入っているはずです。もし彼らが令嬢たちに話していれば知っていてもおかしくありませんが……わかるのはそれだけです」



 ミランダとクラウスは捜査の良案が思い浮かばず、ため息をついた。するとハインリヒが「それなら」と呟いたあと、尻尾をピンと伸ばした。



「ふたりとも、ここは私に任せてくれないか?」



 彼は灰猫の隠れ家亭にきて一番の凛々しい表情で、そう言ったのだった。



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