第3話 キャットホールのお茶会


 三日後の昼下がり、ミランダは王家主催のお茶会が開かれる温室に足を運んでいた。温室は全面ガラス張りになっているため外にいるような錯覚を与え、隣に建つ白亜の王城がよく見える。室内には木は植えられておらず、様々な植物が色鮮やかに花を咲かせていた。


 花を咲かせているのは植物だけではない。年若い令嬢たちが植物に負けない綺麗なドレスを身に纏い、談笑していた。


 ミランダは鮮やかな光景を前に、温室の入り口で足を止めてしまっていた。なんせ彼女が纏っているのは鮮やかとは真逆の漆黒のドレスだった。頭には手のひらサイズの、これまた黒い三角帽子。如何にも魔女の装いだ。

 異様な姿は目立ち、周囲の視線を集めている。茜色の髪は花のように光を集め、薄紫色の瞳は無機質で涼しげ、漆黒のドレスによって肌の白さが際立っている。まるで美しい毒花。

しかし当の本人はそれどころではない。



(き、来てしまった。うぅ~緊張する。でも来たんですもの!目的は達成してみせる)



 ミランダは逃げ隠れたい気持ちを押さえつけて、令嬢たちから離れた一番奥のテーブルを目指す。

 髪はともかく瞳が無機質で涼しげなのは、緊張して誰とも目を合わせないよう心を無にしているだけ。肌の白さは店内に引きこもり過ぎて、日に焼けていないだけ。ドレスは魔女の集会用に持っていた漆黒ドレス一着しか持っていないだけだ。

 浮いてしまうのは想定していた。王家の招待だとしても、今回のお茶会は「温室の自由開放」のお知らせに等しい。社交界に出ていない未熟者という理由で欠席もできた。それでもミランダが参加を選んだのには訳がある。


 テーブルに着くと視線に背を向けるように座り、顔を緩ませた。

 温室の端には、日向ぼっこをする猫の集団がいた。



(ああぁあぁ!最高に可愛いっ!キャットホールに入れるなんてラッキーだわ。こっちに来てくれないかな~抱っこしたい。黒のドレスが汚れても良いから抱っこしたい。とにかく触りたい。猫団子に飛び込みたい)



 ミランダは「ハァハァ」と荒くなりそうな呼吸をお茶とともに飲み込んで、ワキワキしそうな手でティーカップの持ち手を握った。

 オルレリア王国の王族は代々猫好きで、キャットホールと呼ばれる猫を育て愛でるための温室を建てたほどだ。普段は王族のみしか立ち入ることがない、楽園である。



(三毛に八割れに縞模様、垂れ耳や短足もいる!スマートからポッチャリまで!こんなに多くの種類が見られるなんて来た甲斐があった)



 人見知りのミランダは、猫をモフモフするためだけに勇気を振り絞って参加していた。ベルンは別格であり、決して浮気ではない。

 ベルンの灰色の毛並みは柔らかく艶やかで、尻尾は長くしなやかで色気がある。まだ見た目は成猫ではないけれど、完成された美しさはどの猫にも負けないとミランダは思っている。

 ミランダの猫を観察する鋭い眼差しと毒花のインパクトによって、どの令嬢も近づいてはこない。彼女はひとり楽しくお茶と菓子を楽しみ始めた。



(王家の猫を見れたのはラッキーだけど、なんで私まで招待されたんだろう。確かに私は子爵令嬢かもしれないけれど、社交デビューもしていないし、普通は招待状なんて届かないはずなのに)



 回りを見渡せば同い年ぐらいの若い令嬢ばかり。社交デビュー済みなのか名前を呼び合って、温室の中央では賑わいを見せている。耳をすませば話の内容は筒抜けだ。



「王都にいる未婚の令嬢のほとんどが呼ばれたらしいわね。もしかして第三王子殿下の候補選びも兼ねているのかもしれませんわ」

「確か、未だに相手がおられませんよね。末王子ハインリヒ殿下は政治的なものは今までより求められず、自由に選べるのかも」

「王族は猫好き……きっと歴代と同様に猫と仲良くできる令嬢を選ぶに違いありませんわ!どこかで見ていらっしゃるのかも!」



オルレリア王国の第三王子ハインリヒは御年十八になる、社交界では話題の貴公子だ。つい先日、貴族の子息子女が通う学園の騎士科を首席で卒業した剣の実力者で、いずれ騎士団のトップに立つだろうと目されている。容姿端麗でいて、浮いた話も出てこないほど真面目で評判も良い。現在、国一番の優良物件と言っても過言ではない。


 第一王子殿下の立太子も決まり、他国とのつながりは王女様がしっかりと婚姻を結んでいる。ハインリヒの婚姻は本人の意思に委ねられているという、令嬢たちの憶測には現実味があった。

 その会話を耳にした多くの令嬢は猫と仲良くなろうと動き始めた。



「にゃぁ!」

「あ、逃げないで♡」



 表面上は淑女らしい微笑みを保っているのだが、必死の形相にしか見えない。「ゴォォォォ」と音でも聞こえてきそうな凄みを令嬢たちから感じるのだ。先程まで談笑していた友達が好敵手へと変化し、令嬢たちが肉食獣になった光景が広がっている。



(ひぃっ!嫁の候補探しとか私には無縁なのになんで招待されたのよ……私は無関係ですよぉ。令嬢やめましたから! 嫁候補ではなく猫様が目的ですからね! あぁ、モフモフ楽園が遠退いていく)



 ミランダは心の中で涙を飲んだ。ここで猫と仲良さそうにしていたら、闘いに巻き込まれると警鐘が聞こえる。ちらりと横目で見れば、栗毛に琥珀色の瞳の美しい令嬢と目が合った。その瞬間、背筋に寒気が走った。令嬢の顔は百合のような淑やかな微笑みを浮かべていたが、瞳がまったく微笑んでいなかった。


 表と裏。


 それを使い分けるのが社交界だ。素直で人見知りのミランダには貴族の社会を生きるのは向いていないと、改めて痛感した。

 十歳の時にミランダに魔女の適性があると判明し、幸運にも両親は優しく理解があった。だから社交デビューする前に彼女は裕福な子爵家から自立して、慎ましい自由な魔女の人生を選んだ――はずだった。



(やっぱり私が招待されたのは手違いだったんだろうなぁ。『間違いですよ』って返事を出して、欠席すれば良かった。おうちに帰りたい……)



 両親はミランダが猫好きと知っているため、手違いの招待であっても、良いチャンスだと思って転送してくれただけだろう。

 しかし時々向けられる視線は痛いし、猫とモフモフできなければ参加している意味がない。 ミランダが帰る決心をしたそのとき、足元に一匹の猫が近づいてきた。



(あれ?この猫どうしたのかしら?)



 白い毛色に翡翠の瞳をした猫だ。周囲の賑やかな音に怯えるように体をビクビクと震わせ、よろよろと足を運んでいる。

 そしてミランダに直進し、スカートの中に入ってしまった。

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