第2話 招待状
ミランダが気合いを入れていると、扉のベルがカランと音を立てた。お客がきた合図だ。彼女は慌ててフードを深くかぶり直して、存在感を消す。
しかし客の姿を見て、すぐに緊張を解いた。
「いらっしゃいませ、クラウスさん。いつものですか」
「えぇ、また一週間分お願いします」
「もちろんです。待っていてください」
ミランダと同世代に見える茶髪の青年クラウスは、青い瞳を細めてにっこりと微笑んだ。彼は師匠がいなくなる前から、ミランダを指名してくれていた貴重な初めての常連客である。と言ってもクラウスは上司のお使いで来客しており、本当の常連客は彼の上司だ。
大切なお客様をお待たせするわけにはいかない。すぐに作業場へともどり、先程できたばかりの栄養ドリンクをカウンターに運んだ。そしてチラリとフードの影からクラウスを見上げる。
「もしかして、少し疲れてますか? あ、すみません。なんでもないです」
常連客とはいえ、図々しいことを聞いてしまった。そう思いミランダはハッとして視線を下げるが、クラウスはむしろ感動したようにカウンターに身を乗り出した。
「分かりますか?最近忙しくて、上司は茜の魔女さんの栄養ドリンク無しではやっていけない程なんですよ。一日一本、いつもコレには助けられております」
クラウスはカウンターに載っている瓶を一本手にとって、頬擦りをした。彼は平民の装いをしているが生地は上質なものを着ており、良い所にお勤めだとわかる。つまり職種を隠したいのだ。
だからクラウスがどんなところに勤めていて、上司がどんな人が聞くことができない。わかっているのは男性ということだけ。
「あ、忘れるところでした。どうぞこちらを」
「は、はい」
瓶を袋詰めする手を止め、クラウスからカードを一枚の受け取った。二つ折りにされたアイボリーの上質な紙を開くと、「いつもありがとう。あなたには救われている。また頼む」と3行だけ書いてあった。
(救われているって大袈裟な……)
上司は相当疲れているらしい。だというのに彼は律儀に毎回このようにカードを欠かさず用意してくれている。
また買ってくれるという嬉しさと、心遣いに心が自然と温まる。
「クラウスさん、少し待ってくれませんか?」
「えぇ、かまいませんが」
カウンターの後ろの棚にある壺から角砂糖を4個つまみ、両手で優しく包み込んだ。そしてクラウスには聞こえないように小声で呪文を唱えた。
「黒は隣人、闇は友達、ぐっすり眠れるよ~になぁれ♪」
指の隙間から柔らかな光が漏れ、すぐに消える。あとは薬包紙に包み、「どうぞお体にお気を付けください」と書いたカードとともにクラウスに差し出した。
「気休めですが、寝たら疲れが取れやすくなるようなまじないをかけた砂糖です。寝る前のお茶やミルクに溶かして使ってください」
「良いんですか?栄養ドリンクとまとめて値段はいくらでしょうか?」
「いりません。サービスです」
クラウスが追加料金を払おうと財布を取り出すのをミランダが止めると、彼は驚きと戸惑いの表情を浮かべた。
(しまった……お客様を困らせてしまったわ)
思わぬ反応にミランダも動揺してしまう。
魔女の薬や雑貨は魔女の気分と材料費に左右されるが、本来は貴重で高額なものが多い。それを無料で受けとるのは気が引けるのだろう。前に一度受け取ってもらえたから大丈夫かと思っていたが、二度目はまずかったらしい。でもミランダとしても、お金をもらう気にはなれない。
「へ、へっぽこなまだ見習いの私が考案した物なので、お金は受け取れません」
「へっぽこって……茜の魔女さんのこと?」
「そうですよ」
ミランダは申し訳なさげに視線を泳がせ始める。クラウスの表情はますます困惑の色を強めた。
「どこが?」
「だって師匠が最近まで教えてくれていたのは、すぐに習得できる簡単な魔法ばかりなんです。私にもう少し力があれば難しい魔法だって……」
教えてくれるはずなのに――と続く言葉は切なくて出なかった。
「あのお師匠様の魔法を簡単にできるって、凄いことだと思いますよ?」
「そんなことありません。常連さんは本当にお世辞お上手で、励まされているくらいです」
「そうなんだ……これは無自覚パターンか」
最後の言葉が聞こえずミランダは視線でクラウスを窺うが、「なんでもない」と誤魔化されてしまった。
「とりあえず角砂糖ありがとうございます。今日の上司の機嫌は安泰ですよ。ではまた」
「はい、またお越しください」
店先まで出て見送る。本当に忙しいらしく、クラウスはあっという間に走り去ってしまった。
(やっぱり上司さんは直接買いに来れないほど忙しいのね)
ミランダは直接会ったことはないが、人当たりのよいクラウスが慕う相手だ。上司は良い人に違いない。
それに彼女の栄養ドリンクを褒めて、頻繁に利用してくれる。師匠に置いていかれ心細かった彼女に自信を与えてくれた。師匠ではなく、ミランダを個人指名してくれた特別な思い入れのある人だ。会ったことはないが、きっと素敵な紳士なのだろうと思いを馳せる。
(きちんと言葉でお礼を伝えたいなぁ。本当は会って直接言いたいけれど、きっと口下手だからうまく伝えられないわ。次クラウスさんが来たらカードではなく、お手紙でも渡そうかしら)
夜にはミランダはレターセットにリラックス効果のあるお香を焚き染め、いつでも書ける準備を整えた。翌日には手紙を書き終え、落ち着かぬ気持ちで来店を待った。
しかし翌週になっても、その次の週もクラウスは姿を現さなかった。
(忙しいだけよね? 角砂糖の魔法が失敗してて、怒ってしまったってことはないわよね?)
大切な常連客が来ず、自然と考えがネガティブへと傾いてしまう。不安で猫姿のベルンを抱き締めれば、彼はゴロゴロと喉をならしてミランダを癒した。
そんな数日を過ごしたある日、ミランダの元に一通の手紙がきた。久々の実家からの手紙には、この国――オルレリア王国からの招待状が添えられていた。
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