王子様の飼い主係〜呪われた殿下がモフモフボディで誘ってきます〜

長月おと

第1話 茜の魔女


 閑静な住宅街の朝、『灰猫の隠れ家』と呼ばれる魔女の店で、見習い魔女ミランダは人生最大の衝撃に襲われていた。



「助かった!君のお陰だ」



 そう感極まった声で言ってきたのは、青みがかった銀髪に翡翠の瞳を持つ美貌の青年――この国の第二王子であるハインリヒ。先ほどまで猫だったはずの彼は、元の姿に戻れたことで冷静さを失っていた。

 第三者から見ると、呪いを受けた王子を助けた優しき魔女のロマンチックなワンシーン。普通であれば心を高鳴らせただろう。


 しかしミランダはそれどころではなかった。何故なら鍛え上げられた体躯を持っている男が腰布一枚、つまり半裸で迫って来るのだから。色々と目の毒だ。



(な、なんでこんなことに!?)



 ミランダの脳内では先週までの平和だった日が、走馬灯のように駆け巡った。



 ◇◇◇



 オルレリア王国の王都は多くの店が建ち並び、賑わいをみせている。そんな活気あるストリートから離れ、裏にいくとレンガ造りの住宅街が広がる。石畳の道が土へと変わるほど奥へ進んだ先に、一軒のお店があった。



『灰猫の隠れ家』



 建物は周囲の住宅と変わらぬ小さな二階建ての一軒家。扉に店名が書かれた小さな看板がぶら下がっていることで店だと分かる。

 店内はこぢんまりとしていて、壁の棚には様々な薬が入った瓶やキャンディ、雑貨が所狭しと並べられていた。



「茜の魔女さん、ありがとう。本当に求めていた薬があって良かった。また来ます」

「い、いえ。お大事にしてください」



 心から感謝の表情を浮かべる客にたいして、フードを深く被った魔女はか細い声で返した。

 客の背中を見送り扉がしまると、魔女はフードを脱いで胸に手を当てた。



「はぁ、ちゃんと逃げられず、接客できて良かった」



 フードからこぼれ落ちた茜色の長い髪はリボンで緩く二つ結びにされ、腰まで伸びている。勝ち気に見える透き通った薄紫の瞳の魔女――ミランダは安堵のため息をついた。


 ミランダは今年十七歳。彼女は幼い頃から内気で、人見知りだ。気が強そうなツリ目の容姿に無口とあって、誤解されることも多く苦労した。微笑めば悪巧みをしていると思われ、無表情だと怒っているのかと勘違いされた。


 せめて大人になれば口下手は直ると信じていたが、今でも初対面の人の前ではどうも緊張してしまう。

 しかしお客がいなくなれば気楽なもので、ミランダはカウンター奥にある作業場へと入った。



「さて、お客様がいない間に仕上げちゃお」



 内気ではあるが、性格が暗いわけではない。ニコニコと顔を明るくして、薬草を加えながら鍋をかき混ぜ始めた。そして材料が全部入ったことを確認し、歌うように呪文を唱える。



「光よ集え、温かさよ届け、闇を払え、飲んだら元気になぁ~れ♪」



 何度か同じ調子で旋律を繰り返すと、鍋に入っていた液体の表面が発光し、溶け込んでいった。光が消えた時点でミランダはスプーンで一匙すくい口へと運ぶと、顔を緩ませた。



「うん!上出来。ちゃんと効き目アップしてるわね」



 完成したのは栄養ドリンクだ。しかし、ただの栄養ドリンクではない。魔女が魔法を込めたものは効果が増幅し、あっという間に疲れがとれてしまうのだ。


 魔女とは薬師であり、占い師であり、呪術士である。実に不思議な力によって魔女が作った薬は一般的な薬より効果が高く、占いはよく当たる。腕利きの魔女にかかれば呪術によって常識では説明できない奇跡も起こせる。



 その力をまとめて『魔法』と呼ぶ。



 魔女になれるかどうかは、生まれ持った才能の有無で決まる。才能が発現するのは女のみで、数はとても少なく稀有な存在。


 また魔女の技術や知識は師匠から弟子への伝承のみで、師事する師匠によって発揮できる奇跡は全く異なる。ミランダのヘンテコな呪文と旋律は師匠譲りだ。


 例外は王に認められ、知識を献上することを誓った宮廷魔女だ。過去のあらゆる魔法を手広く扱える、たった九人で構成されたエリート集団。

 ミランダは宮廷魔女とは違い、王宮とは関わることなく自由に営む魔女だ。


 

「瓶はこれだけあれば足りるかしら」



 ミランダは出来上がった栄養ドリンクを丁寧に瓶へと流し込み、弾力のある木の蓋で栓をして手書きのラベルを貼った。

 するとカウンターの上に毛足の長い灰色の猫が飛び乗った。使い魔の猫だ。



「にゃお」

「あら、ベルン手伝ってくれるの?」



 使い魔のベルンは青い瞳をまっすぐに見つめ、頷いた。ミランダはにっこり微笑むと、ベルンを抱き上げて額にキスを落とした。


 するとベルンはポンという音とともに発生した煙に包まれ、あっという間に姿を変えた。灰色の髪から大きな猫耳を生やした十歳ほどの少年――人型になったベルンが煙から現れた。



「ゴシュジンサマ、ボクニマカセテ」

「ありがとう。鍋洗ってくれる?」

「ハーイ」



 本来は水が苦手な猫ではあるが、ベルンは気にすることなく鍋を隣の洗い場に移し、たわしで擦り始めた。

 ミランダはきゅんきゅんする気持ちを抑え込み、ベルンの頭を撫でるにとどめる。



(うちのベルン、なんていい子なの?いつも最高に可愛い!)



 ミランダは大の猫好きでもあった。獣人ショタの姿に萌えているわけではない。その証拠に売り場にはベルンの猫の姿をモデルにしたお守りや雑貨ばかり並んでいる。可愛くて効き目があると評判のミランダの作品だ。

 それをカウンターから眺めながら、彼女はため息をついた。



「師匠はいつ帰ってくるんだろう……」



 本来、この店はミランダの師匠のものだ。ミランダは弟子入りとともに師匠と二階で暮らしていた。


 しかし先月「お店は任せたよ」という置き手紙だけ残されたっきり、師匠は帰ってきていない。師匠が作った薬や雑貨はほとんど売り切れ、今はミランダが作ったものだけになってしまった。



「本当、見習い魔女に店を丸投げってどういうことよ。ねぇ、ベルン?」

「ゴシュジンサマ、ガンバッテル」

「ありがとう。ベルンのお陰だよ」



 ベルンに励まされるもため息は何度も出てしまう。店を閉じてしまいたいが持病がある常連客もいるし、生活資金も稼がなければいけない。


 師匠の常連客は優しくて「薬に関してはミランダの方がよく効くよ」と言ってくれるが、真面目なミランダは申し訳なくて死にそうだ。



「帰ってきたら、絶対に凄いまじないを教えてもらうまで諦めないんだから」



 魔女は共通して好奇心旺盛で、好きなものや興味のあるものには一途でのめり込みやすい。

 ミランダもその一人。性格上、普段は強いことなど言えないが、魔女に関する知識のこととなれば別だ。師匠に訴える勇気が消えないように、両手に拳を作った。


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