第13話 栄養ドリンクの絆
「茜の魔女さん、助けて欲しいんです」
「は……はい」
憔悴している姿を前にして動揺し、招き入れてからハッとした。
隣の部屋では今ハインリヒとベルンがお風呂に入っていて、間もなく出てくるところだ。姿を見られるわけにはいかない。
「クラウスさん、少し店舗の方で待っててもらえますか?」
「分かりました」
「はい。ささっ、どうぞ」
クラウスの背中を押すように店内の接客テーブルに案内し、急いで風呂場の扉の前に立つ。コンコンとノックをした。
「ベルン! 今、お客様が来たの。お邪魔にならないよう静かに二階に行ってね」
「ハーイ、ガッテン、ショウチ」
これでハインリヒにも伝わっだろう。
ミランダは急いでクラウスのところへ戻った。
「こんな時間に申し訳ございません。実は俺の上司を探してほしいのです。行方不明なのですが、事情があって捜索願いは出せておりません」
「ど、どうして上司の方は行方不明に?」
「……それも言えないのです。ですが、見つけなければならないのです」
いつもの飄々とした雰囲気はなく、クラウスは酷く切羽詰まっている様子だ。力になってあげたい。しかし頷けない。
「そんな大切なお役目は私のような見習いよりも、他の独り立ちした魔女にお願いした方が……」
「今、俺が信用できる善き魔女はミランダさんしかいません。占いで方角や地域のヒントだけでもみてくれませんか? お願いです……できる限りの対価は用意しますから」
「……っ」
切実すぎる願いにミランダの心は揺れた。クラウスの必死さから、彼の上司に危機が訪れていることも想像できる。もし自分の占いが外れたら、恩を感じている上司を救えない。自分の未熟さのせいで、迷惑をかけることが怖い。
でも助けたい気持ちも大きくて――震える声で告げた。
「上司に関するものはお持ちですか? その方の髪であったり、常に身に着けていたものだったり……関連性が高いほど、占いの精度があがるはずです」
「これです。上司の剣についていた飾り結びなのてすが」
「見事な飾り結びですね……いくつかある方法のうち、ひとつを試してみます。濡れても大丈夫ですか?」
「もちろんです」
ミランダは銀と小さな宝石でできた飾り結びを受け取り、樫の木を削って作られた大皿に乗せた。その上に白い砂を山になるようにかけて、飾り結びを埋めた。その砂山の頂に銀の棒を真っすぐ立てた。
「砂よ流れに身を任せ、求めし点に行きつけ――迷子さんどーこだ♪」
呪文とともに大皿に水を流し込むと、砂山は水によって崩れた。
「これは……」
ミランダは結果を見て表情を硬くした。銀の棒が倒れた先が方角、水の流れで動いた分が 距離を示す。そして目の前の銀の棒は水に流されることなく、残った白砂に刺さったまま。
もし占いの結果が正しいのならば、飾り結びの持ち主は極めてそばにいる。
善悪を見極めるために、クラウスの瞳の奥を覗くように視線を合わせた。
「ミランダさん?」
いつも視線を落とし、合わせようとしないミランダの瞳がクラウスを射抜いた。彼は身を強張らせた。彼女の薄紫の瞳は、この国の有名なお伽噺の中で『審判の瞳』と呼ばれる色だ。睨まれれば嘘の言葉が紡げなくなるという魔女の始祖を彷彿させる瞳。
「クラウスさんの探している人は……本当に上司ですか?」
「そうだよ。嘘ではありません。僕は本当にあの人のことを心配し……て……っ!」
クラウスがミランダの背後を見て、言葉を途切れさせた。先ほどまで揺れていた瞳は見開かれ、止まってしまった。
ハッとして振り向くと、クラウスと同じように驚いた表情のハインリヒがいた。一瞬だけ時が止まった。
どうしてこちらに……とミランダが口を開く前に、クラウスが床に膝をついて崩れた。
「殿下……っ! あぁ……良かった。ご無事で……うっ、ふぐっ。すぐに見つけることができず、本当に申し訳なく」
クラウスの瞳からは涙が滝のように流れ出していた。
「クラウス! 私はミランダに保護され無事だ。そう責めるな」
「急にお姿も消えてしまい……僕はどうしようかと」
「心配かけたな」
ハインリヒは駆け寄り、泣き崩れるクラウスの背中を撫でた。
クラウスの上司はハインリヒだった。クラウスの身なりがいいと思っていたらハインリヒの秘書の立場であり、歴史ある伯爵家の三男だった。
仕事の手紙とラブレターを仕分けしたのはクラウスだったこともあり、彼は呪いの手紙に気付けず渡してしまったことを悔やんでいた。キャットホールに出かけてから帰ってこない主を呼びに行けば、温室の地面にはハインリヒの服と呪いのハンカチが落ちていた。そしてテーブルには未読の手紙と、返事を書こうと用意していたレターセットがそのまま放置されていた。異変に気が付いたクラウスはすぐに国王に報告したのだという。
国王の命を受けクラウスと近衛でキャットホールを探したが、結局ハインリヒは見つからず途方に暮れているところだったらしい。
「現在ハインリヒ殿下は陛下から急な公務を任されて王宮を離れていることになっております。公務の内容は極秘とされており、事件については一部のものしか知りません」
「さすが父上、予備の王子よりも国勢を優先した冷静な判断を下された」
第一王子の立太子を祝う式典まであと数か月。隣国の重鎮たちも招かれることになっている中、第三王子の身に何かあったと知られれば信用問題になる。
しかし人の目を惹きつけるハインリヒがキャットホールに向かったのを最後に、誰ひとりとして目撃されてない状況は異様。親しい同僚すらも公務について知らず忽然と姿を消したことに不審がる者もおり、行方不明説も流れているようだ。
「式典までには見つけ出して解決しなければいけないと焦りが生まれていた中、殿下がすでに保護され呪いまで解かれているとは思いませんでした」
「いや、これはミランダのお陰で一時的に戻れているだけだ。これは呪いをかけた魔女本人を見つけないと安全には解呪できないらしい。他の方法もあるようだが、犯人を捕まえないことには無理なんだ。犯人は令嬢または貴婦人の中に紛れている隠れ魔女だと予測しているのだが」
呪いが込められていたハンカチの刺繍のことや、ミランダに保護された経緯を語った。
「陛下も証拠のハンカチを見て同じことをお思いです。キャットホールでの茶会は魔女の力を隠した怪しい動きをする令嬢がいないか探り、犯人にハインリヒ殿下を見つけさせる罠だったのです。リスクを承知でやったものの、失敗に終わりましたが……」
「なるほどな。しかし俺の思考は猫の本能に支配されてしまって出ていけなかったんだ。怖くて隠れることに必死だったからな」
「騎士である貴方様がただの人に恐怖を……随分と重い呪いですね」
人から逃げ回り隠れて過ごしていた状況で、ミランダと接触できたのはまさに幸運。監視の目をすり抜けて王宮の外へ出てこれてしまったことから、もし犯人に先に捕まえられていたらずっと見つからない可能性もあった。
「俺がずっとミランダの影に隠れて、犯人は見付けられず動けなかったってところか……ちなみにプレゼントの送り主は判明したのか?宮廷魔女はなんと?」
「それが名前の記載はなく、判明しておりません。貴族と魔女の呪いが関わっている以上、貴族に最も近い宮廷魔女にはまだ頼れていない状況です」
最も信頼している筆頭魔女は王太子の装身具を作るため、辺境にある秘密の工房に出向いており不在。数か月かけて厄除けの魔法を込めながら作る、一世一代の大作業だ。もし中断して装身具が間に合わなければ立太子の式典も行えなくなる。王宮にはどんなに急いでもあと一か月はかかると返事がきて、国王も頭を抱えているらしい。
「よく魔女なしで俺が猫になってしまったと予測できたな……いや、魔女の力は無くても魔法陣に詳しい人にひとり心当たりが……」
「はい。魔女マニアの王妃殿下が刺繍の模様を見て見抜いたのです。しかし魔女の力なしでは限界があり、今回は信用できる茜の魔女さんを頼ってきたのですが正解でした」
「今はミランダの好意で匿ってもらい、解呪のヒントを探しているところなんだ」
「では宮廷魔女が頼れない今、頼れる魔女は彼女のみ……ということですね」
ミランダは想像以上の期待を寄せられていることに驚き、びくりと肩を揺らした。結果的に先ほどの占いはドンピシャだったけれども、まだ見習いの身。解呪の協力をするとは言ったものの、国の一大事をひとりで預かるには重すぎる。
「わ、私は未熟者で……果たしてどれだけお力になれるか」
「臆することは無い。まずは実践で経験を積んでいこう。どんな結果になってもあなたに責任を背負わすことはさせない」
「ハインツ様……」
「大丈夫。ミランダはもっと自信を持つべきだ。栄養ドリンクの効きは病みつきになるほどバッチリだし、きちんと呪い付きの私とも使い魔契約を結べた。あなたはできる子だ」
ハインリヒは自分の魔法に自信をくれた常連客――クラウスの上司だった。お世辞ならば、あれほどまで栄養ドリンクは買ってないだろう。王子という立場なら宮廷魔女からいくらでも他の栄養ドリンクが手に入るのだから。
ミランダの実力をきちんと知った上でかけてくれた「大丈夫」という言葉は、勇気になった。
「分かりました。私、やってみます!」
ミランダは顔をあげ、決意を薄紫の瞳に宿した。
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