第24話 魔女裁判


 この魔女裁判は国王が進行の役目も果たすようだ。



「本裁判に召喚されし宮廷魔女は次席位“東西南北”の4方位の名を持つ魔女である」



 宮廷魔女は筆頭を除いて、方位の二つ名がつけられる。序列最高位が筆頭、次席位は東西南北、その次の末席位が東西南北を除く八方位だ。



「重要参考人と被告人は求められたときのみ発言できるものとする。また宮廷魔女と証人である茜の魔女は挙手の上、いつでも発言できるものとする。なお茜の魔女の発言は宮廷魔女と同等に扱うことを宣言する」

「――!?」



 見習い魔女が宮廷魔女と肩を並べるなど、良いのだろうか――と周りを見渡せば、驚いているのはミランダ、キャメリア、マリアローズの三人だけだ。

 宮廷魔女のプライドを心配したが、彼女たちからは納得の目線が送られている。ミランダには理由が分からないが、異論を上げるわけにもいかず姿勢を正した。


 国王は一枚のハンカチを広げて見せた。刺繍の模様は王妃の模写で見たものと全く同じだ。



「今回、ハインリヒに呪いを授けたのはこのハンカチだ。植物などのモチーフに溶け込むように猫になる魔法陣が組み込まれていた。このハンカチはマリアローズ、そなたが縫ったもので間違いないな?」

「はい」



 マリアローズの声はしっかりしているものの、顔色は真っ白だ。本人は知らずに呪いの刺繍を縫っていたのだから、起きていたことの大きさにショックを受けるのも仕方ない。



「これを縫った経緯について述べよ」

「二ヶ月ほど前、キャメリア様より手紙とともに刺繍のセットが届きました。第一王子殿下の立太子の祝いに、刺繍はどうかと。ちょうど知人の魔女に頼んで祝福の魔法を込めてもらった。図案とともにどうぞと……」



 マリアローズは婚約者候補のライバルになっても、変わらず優しいキャメリアの親切心を信じて素直に受け取って忠実に縫った。そして銀の額縁に飾り、箱に入れてから使用人に届けさせたという。



「まさか呪いが仕込まれた図案だとは……しかしそれがハインリヒ殿下のお手元に届いていたことも、殿下が猫の姿になっていることも、知ったのもつい昨日でございます。私は何も知らなかったのです。これは誰かの陰謀でございます!」



 マリアローズは胸に手を当てながら、悔しげに訴えた。そして間を置いて横に並び立つキャメリアを睨んだ。



「キャメリアよ、そなたは刺繍や図案をマリアローズに贈ったのは間違いないだろうか」

「いいえ、陛下。身に覚えがないことでございます。マリアローズ様、わたくしは無関係ですのに……何故そのように思われるのか残念ですわ」



 キャメリアは軽くまぶたを伏せ、憂いの表情を浮かべた。自分も魔女に嵌められ騙された――と責任の一端を担うことすら認めなかった。

 それに噛み付いたのはマリアローズだった。



「あなた、しらばっくれるの? 手紙は間違いなくキャメリア様の筆跡で、封蝋の刻印だってドーレス家のものだったわ」

「わたくしが用意したものだという証拠はございますの? 封蝋付きの手紙はこれまでもたくさん送ってきたのだから、封筒ならば誤魔化せてしまいますわ……中身の手紙と図案を出してお見せなさい」

「――っ、ないわ。図案を燃やすことで魔女の祝福が完成すると書かれていたのよ。図案は手紙の裏に書いてあったから……もう灰になってしまったわ」

「証拠もなしに、わたくしを責めるだなんて酷すぎましてよ」



 キャメリアは毅然とした態度で、無実への道を確固たるものにしつつある。

 一方でマリアローズの顔色からは血の気が失せ、今にも倒れそうだ。しかしまだ諦めることなく、瞳には光が宿っていた。口を挟むことなく傍観していた国王に、彼女は一縷の望みをかけて訴えた。



「陛下、刺繍セットに魔法を込めた魔女をどうか占いで突き止め、お調べください! きっと魔女とキャメリア様に繋がりがありますわ……先月だって刺繍セットのお礼について口にしたら、通じましたもの」

「あら、わたくしの記憶にはございませんわ。そんな話まで捏造するだなんて――」

「静まれ」

「申し訳ございません」



 国王の制止でキャメリアは口を閉じて、一礼した。彼女はずっと余裕のある態度を崩していない。

 ミランダはそんなキャメリアの淡々として堂々とした態度に、恐ろしさを感じていた。



(犯人たちの狙いに乗る振りをして話を進め、ハインツ様の呪いを解いてもらってから、魔女に誓いの魔法をかけて真実を話させれば目論見は阻止できる……それはわかっているけれど)



 背中に一筋の冷や汗が流れた。ミランダの知らない魔法はたくさんあった。何か裏があるのではと、嫌な予感がさっきからしていた。



「では実際に調べてみよう。北の魔女よ、刺繍の呪いに関わった人物の場所を炙りだせ」

「はい。陛下」



 宮廷魔女の一人が前に出て、刺繍いりハンカチを受け取った。祭壇から地図とろうそく、ランタンを持ち出し、法廷の中央に移動した。

 シーツほどの大きさがある王都の地図を床に広げ、北の魔女は両膝をついた。火のついていないロウソクと畳んであるハンカチを両手で包み込み、呪文を唱え始めた。



「我は求めております。呪に命を吹き込みし人間がいるならば、我の問いかけに応え、灯火を揺らしてくださいませ。風の声を繋ぎ、火の瞳で示し、大地を照らしてください。どうか、答えを――」



 神に祈るようにする北の魔女の手の中から光が溢れ、消える。ハンカチは陛下に返され、ろうそくはランタンに入れられ火がつけられた。

 ミランダをはじめ皆が固唾を飲んで見守る中、北の魔女はランタンを地図の上でゆっくり移動させはじめた。外側から四角の渦を描くように、中央と動かされ――王宮の上でろうそくの火が暴れるように一度燃え盛った。



「王宮で人ひとり分の反応がございます。他に反応はなく、王都とその郊外で呪いに関わった人間はひとり……マリアローズ様のぶんだけです」



 このあと王国全体の地図や大陸の地図でも同じように調べたが、やはり反応はマリアローズの分だけだった。



「魔女を利用し終わったあと、消したんではありませんこと?」



 キャメリアの指摘にマリアローズは必死に首を横に振った。占いに出ないということは『該当なし』――つまり存在していない意味だ。



「ち、違うわ。違います! 陛下、ハインリヒ殿下、私は決してハインリヒ殿下を傷つけようとはしておりません。恩はあれど、恨みなど何一つありません」



 無実を証明する手がかりを失い、マリアローズはついに膝をついて座り込んでしまった。父親であるアンダーソン卿は頭痛を耐えるように額に手を当てている。



(そんな……魔女が存在しない? これがハインツ様やクラウスさんの顔色が悪かった理由ね。呪いを解くには呪いの力の源である魔女本人か、体の一部が必要不可欠なのに)



 ミランダは全身の血が冷たくなっていくのを感じた。もし椅子に座っていなければ、マリアローズと同じように膝をついていただろう。

 ミランダが隣にいる彼を見ると、彼は全く悲観している様子はなく地図を見ていた。


「ハインツ様?」

「なぁミランダ……魔女がなくなったら、力の供給がなくなる。この猫の呪いも解けるものかと思ったのだが、違うのだろうか?」

「あ……」



 ハインリヒの指摘にミランダは我に返る。



(そうだわ。絶対にどこかに魔女は存在している。死んでしまったら、呪いの力は途絶えてハインツ様は人の姿に戻るのに、猫のままよ)



 ミランダはカラクリが分からず頭を捻った。

 北の魔女は国内しか占わなかった。国外へ逃げており、占いで出てこなかった可能性もある。



(王都内なら魔女の身ひとつで呪いをかけ続けられる。だけれど遠すぎると、大きな仕掛けが必要になるはず。ハインツ様に呪いをかけたあとで、国外に移動するのは難しい……)



 まだ何か見落としているのでは、と記憶や先ほどの占いを整理する。


 宮廷魔女たちもハインリヒから推理を聞いているのか、占いの結果に納得できないようで、額を集めて話し合っている。



(魔女は生きていて、遠くに行っていないけれど、見つからない……もしかして!)



ミランダは手を上げた。



「ひとつ、宜しいでしょうか?」


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