第19話 占いサロン
サロンの日――ミランダは魔女の一張羅、漆黒のドレスを身に纏い、姉のいる伯爵邸に見参した。腕の中にはベルンを入れたバスケットがある。うるさい鼓動を鎮めるように、バスケットをぎゅっと抱きしめ、一歩ずつゆっくりと歩いていく。
すでに姉ドロシーとキャメリア、マリアローズは一足先にティータイムを始めているらしい。使用人に案内され、サロン会場の扉の前で立ち止まった。
(大丈夫。ベルンが一緒だし、ここは姉様のいる屋敷。敵陣ではないから、罠や呪いを事前に仕掛けられることもない。それにお守りも……)
胸元のペンダントにそっと触れた。中にはハインリヒの猫のヒゲが入っている。魔法がかけられているわけではないけれど、彼がそばにいるような気分になり、心強く感じた。
(私の作った『緊張をほぐすチョコレート』よりも効くんじゃないかしら。ハインツ様、私頑張りますね)
ひとつ深呼吸して、使用人に扉を開けてもらう。中央の四角いテーブルには白磁の美しい茶器、ケーキスタンドには可愛らしい流行りのスイーツ、それを囲む花のような淑女が待っていた。
視線がミランダに集中する。一瞬怯みそうになるが、腹に力を入れ持ちこたえた。
軽く片手でドレスの裾を持ち、膝をおった。
「先読みの魔女の弟子、茜の魔女ミランダでございます。本日は貴重な機会をお与えくださり、感謝いたします」
表情は微笑まなくてもいい。臆さず、堂々と顔をあげた。
赤毛の甘い容姿の淑女がソファから立ち上がり、微笑んだ。同じ血を分けたにも関わらず、正反対の雰囲気を持つ大好きな姉ドロシーだ。
「ふふふ♡ミランダ、よく来てくれたわね」
「お姉様、今日は素敵なサロンを開いてくれてありがとう。一人前の魔女になれるよう精一杯頑張るわ」
「えぇ、頼むわ。では今日の悩める乙女を紹介するわね」
ミランダはドロシーに促され、ふたりの令嬢の前に立った。
右に座る令嬢が立ち上がった。
「わたくし、ドーレス侯爵家の娘キャメリアでございます。先月のキャットホールでお見かけして、気になっておりましたの。お話しできて嬉しいですわ」
淡い栗毛に琥珀色の瞳、凛とした雰囲気は父親である国を代表する外交官ドーレス卿譲りなのだろう。雰囲気から知的さが伺える。キャットホールで目が合った美しい令嬢で、ハインリヒは「完璧すぎる令嬢ゆえ、本心が読みにくい」と評していた。
ミランダが会釈をすると、次は左の令嬢が立ち上がった。
「アンダーソン侯爵家の娘、マリアローズよ。私もとても楽しみにしていたの。頼むわ」
藍色の髪に青い瞳、幼いころは女性騎士を目指していたという彼女の言葉遣いは溌剌としている。彼女の父である近衛騎士団長はハインリヒの上官にあたる。その縁もあって幼馴染という関係のマリアローズは真っ直ぐな性格と聞いていた。
ふたりとも着飾った美しい令嬢だ。堂々とした佇まいに、優雅な所作はさすが第三王子ハインリヒの婚約者候補。自分とは違う世界の人だと、ミランダは沈みそうになるが噫にも出さずに言葉を返した。
「こちらこそ、お力になれるよう占わせてもらいます」
挨拶を済ませ、軽く雑談をする。
「ドロシー様は何故、マリアローズ様とわたくしにお声掛けくださったの?」
「キャメリア様、それは妹ミランダの占いの導きですわ。花の名を持つ高貴な乙女の声に耳を傾けよ……そうよね?ミランダ」
「はい。私は社交界に縁がなく……占いの導きを見て、お姉様に依頼したのです。そうしたらキャメリア様とマリアローズ様がピッタリだと、姉様がこの場を設けてくれたのです」
打ち合わせどおりに話を進めれば、ふたりは納得してくれた。
「では占いの邪魔にならないよう、私は席を外すわね。ミランダ、頑張るのよ」
「はい、お姉様」
ドロシーが席を外した。十分すぎるほどの協力をしてくれた姉に、心の中で感謝する。いよいよ本番だ。声が震えないよう、たっぷりと間を置いて口を開いた。
「では、本日は何を占いましょうか。運勢の良い方角や日時、逆に避けたほうが良いこと。あとは探し物や人の場所でしょうか。ご希望であれば、別室で個別にお聞きします」
そう問えば、先に手を上げたのはキャメリアの方だった。
「わたくしは動物を探して欲しいのだけれど、できまして?」
「――はい。その動物に関係する物があれば詳しい場所を、精度は落ちますが特徴だけでも教えてくだされば占えます」
ドキリとした。動揺が顔に出ないように無表情で対応する。目つきの悪いミランダを怖がったりしないあたり、さすが上位貴族だ。
「では飼い猫を探してくださいませんこと?可愛がっていたのですけれど、先月逃げ出してからそれっきりで……本日は何も用意してませんわ」
「まずは、やってみましょう。こちらにどうぞ」
占いのために用意してもらったテーブルに移動を促す。そこには予め送っておいた占いの道具が置かれていた。
「その猫のことをよく想像して、こちらの羊皮紙に絵を描いてください。毛色やどのような猫だったのでしょうか」
「白よ。下手だから恥ずかしいですわね」
苦笑しながら、キャメリアはさらさらとペンを走らせシンプルな猫の絵を描いた。下手という割には上手だ。
それを受け取ると、ハインリヒの腕輪のときと同じように、樫の木の大皿に入れて砂をかぶせる。銀の棒を突き刺し、水を流し入れた。
「……!」
銀の棒は砂の底に沈んでいった。これは「該当なし」という結果だ。つまり、キャメリアが探している猫はすでに――
「いないのでしょう? 茜の魔女様、教えてくださいませ」
キャメリアは顔を強張らせたミランダを見て、簡単に見抜いた。
「おそらく……占いではもう存在しないということに。申し訳ありません。あくまで占いですので、実際は生きて――」
「いいえ、ありがとうございます。周りから飼い猫が外で生きるのは無理だと、諦めろと言われていたので仕方ありませんわ。これで気持ちを切り替えられます」
残念な結果だというのに、キャメリアは眉を下げて柔らかく微笑んだ。
(なんだ……探していたのは飼い猫だったのね。可哀相なことをしたわ)
ミランダが肩を下げると、キャメリアは「もうひとつお願いできますこと?」と聞いてきた。
「このカフスボタンの持ち主を探してくださいませんか? 我が家で行われた夜会の落とし物なのです」
「分かりました」
先ほどと同じように占えば、王宮周辺――とでた。ついでにカードで関わりの深いものを調べれば、辞書と天秤のカードが出た。
「今、王宮かその近くにいる人の物でしょう。その人は多くの知識を有し、判断を求められる立場にあります」
「まぁ、そんなことまで分かってしまいますの? きっとお父様に近い人ですわ。わかったも同然よ。ありがとうございます。素晴らしいですわ」
キャメリアは手を合わせて頬に添え、嬉しそうにはしゃいだ。
「マリアローズ様、茜の魔女様の占いは確かでしてよ。あの方の行方を占っていただいたら?お探しなのでしょう?」
「あの方?」
ミランダは首を傾けて、マリアローズを見た。マリアローズは俯き、しばしの沈黙のあと、テーブルの前にきた。
「私にも羊皮紙とペンを」
そうしてじっくりと時間をかけて書き上がったものを受け取り、ミランダは首を傾けた。覗き込んだキャメリアも微笑んだまま、固まってしまう。
羊皮紙には雪だるまにしかみえない顔があった。
「えっと……人でしょうか?」
そう思わず聞いてしまうほどに下手だった。
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