第22話 推理
「しかし、悪いことではありません。これは犯人にとっても誤算だったはずです。こうやって時間をかけられ、多方向からじっくり調べられてしまう状況は想定外だったと思うのです」
予定では猫になったハインリヒは保護され、すぐに宮廷魔女によって刺繍のハンカチの送り主が明らかにされるはずだった。送り主は犯人とされ、厳罰対象になる。
しかし呪いが発動したあと、ハインリヒはキャットホールの猫たちに紛れて行方不明。立太子の式典も近く、国王は慎重になり情報を制限した。
そのため貴族令嬢や宮廷魔女にも疑いの目が向けられ、刺繍のハンカチを占うことすらも避けられた。
「すぐに分かってしまう呪いを使うことで、真犯人は別人に罪を被せたかったのでしょう。しかも呪いは死ぬものではなく、猫になるものでした。敵国ではなく、オルレリア国内で影響を及ぼしたかったのだと思います」
「刺繍をした人は真犯人にとって邪魔な人物……家紋カードの貴族は婚約者候補がいたり側近として働くなどなど王族に近いものばかり。そして男たちは刺繍をしない。恋文という形を使ったということは……!」
ミランダは頷いた。
「嵌めたい相手は令嬢です。その令嬢を蹴落せば、自分が優位になれる立場……王族の婚約者の座を巡って名が挙げられているキャメリア様かマリアローズ様が有力な犯人候補です」
随分と遠回りして、迷走もしたが、占いに間違いはないと自信がもてる。
「しかし魔女でもないのに、どうやって呪いを込めたんだ?」
「そこが私の最も未熟だった点です。魔法のかけ方は師事する師匠によって変わります。私は魔法のかけ方を自分の枠でしか見れていなかったのです。刺繍の呪いはおそらく、刺繍糸とハンカチの布に魔女の力を込めてあったのでしょう」
貴族の家紋カードを作る際に気が付くべきだった。
魔女の力を引き上げたいときは、使う各道具に予め魔法をかけておく。刺繍糸とハンカチ、あとは針もだろう。魔法を込めた染料を用意して、自分で刺繍糸を染めたのなら完璧だ。あとは図案を縫ってもらえれば呪いは完成だ。
「しかし図案は複雑で細かかった。どうやって縫ってもらったのだろうか」
「例えばですが、刺繍をメインとするサロンではテーマが決められ、参加者は同じ図案で刺繍することがあります。その主催者になれば可能でしょう」
テーマを魔法陣にして呪いの図案を用意し、道具はすべて主催者が用意する。罠にはめたい人の材料だけ、まじない付にすれば良い。
「しかし複数人で行うと主催者である真犯人にまで疑惑の目が向けられてしまいます……キャメリア様とマリアローズ様は探し物を知る親しそうな雰囲気でした。どちらかが刺繍セットをプレゼントし、誘ったのでしょう」
立太子される王子のために、一緒に祈りを込めた刺繍をしませんか――と誘うのが無難だ。あとは出来上がったものを盗み、第一王子ではなくハインリヒに送り付けるだけ。
嵌められた令嬢は魔女でないから図案が呪いのものだと分かる可能性は低く、魔女の力もないため発動するとは露にも思わなかったはずだ。
これは真犯人が用意したものだと指摘しても、「私を蹴落そうとするなんて酷いわ」と反論する。実際に呪いのハンカチを作ってしまった方の分が悪い。
「なるほどな……刺繍糸とハンカチはたいてい健康や幸運を祈ることに使われる。悪用されるとは思わなかったと涙でも流せば、真犯人に協力した魔女は言い逃れできる。そして何食わぬ顔で私の呪いを解呪すれば、一転……心優しい立派な善き魔女のできあがりか……ふざけやがって」
ハインリヒは唸った。彼は巻き込まれた無関係者なのだ。これは真犯人と魔女の利害が一致した、私利私欲のための事件。たまったものではない。
「筆頭宮廷魔女であれば、この呪いの違和感とカラクリを見抜くでしょう。犯人と悪き魔女は筆頭宮廷魔女が帰還する前にハインツ様を見つけ、事件を終わらせたいはずです」
真犯人は焦ってハインリヒを探していたに違いない。
しかし占いでも見つかるはずがなかった。幾重にも魔法がかけられ、守られた魔女の家にいたのだから。
外からの不都合な魔法は防がれ、ハインリヒの存在を見つけられなかった。占いで見つけることができるのは、そこに住む魔女のみ。
「真犯人はサロンの占いのとき、喜ぶ顔の裏で、私が鍵を握っていることに気がついたのでしょう。刺客を送られ、結果ハインツ様を見つけられてしまいました……なのに、キャメリア様かマリアローズ様のどちらが真犯人か分からないままで、情けないです」
サロンに乗り込まず大人しくしていれば、帰還した筆頭宮廷魔女が解決したに違いない。自分の軽率さが悔しい。
私の役割はここでおしまい――と、テーブルの上で強く握りしめていたミランダの拳に、ハインリヒの手が重ねられる。
「ミランダ……あなたは十分に頑張っている。そう思い詰めないでくれ。あなたを危険にさらし、情けないのは俺の方なのだから」
ハインリヒは眉を下げて、自嘲した。長いまつげが、翡翠の瞳に影を作る。
「それでも、もう少し……こんな私に力を貸してくれないだろうか。ここまできたんだ。ミランダと最後まで俺は一緒に戦いたい。筆頭宮廷魔女でも、他の宮廷魔女でもなく、私の魔女はミランダが良いのだ」
重ねられていただけのハインリヒの手が、強くミランダの手を握った。
「良いのですか?」
「もちろん。あなたが良い」
ハインリヒは即答した。伏せられていた翡翠の瞳は、今はミランダを求めるように真っ直ぐに向けられていた。
国最高の魔女よりも、
(はじめは魔法書につられてしまったけれど、今は純粋にこの方の期待に応えたい。求めてくれるのなら、叶えたい)
自信や勇気が湧いてくる。ミランダは拳を開いて、ハインリヒの手を握り返した。
「ぜひ、最後までお付き合いさせてくださいませ」
「あぁ、頼んだ」
ふたりはしっかりと頷きあった。
「でも問題はキャメリア様とマリアローズ様のどちらが真犯人なのかです」
「話を聞いた感じ、マリアローズ嬢は私の居場所を占ったのは初めてで、他の魔女には私に関することでも他のことを依頼していたように思える」
「そうですね。犯人なら真っ先に他の魔女に依頼をして行方を探すはず……という先入観で思い込んでいたのかもしれません」
最近は探しものに関する占いばかりで、視野が狭くなっていた。占いはラッキーアイテムから運勢、天気、相性などたくさんある。願掛けで、占い内容を口外しないほうが良いとアドバイスをする魔女もいることを失念してていた。
(あぁ、やっぱりまだまだ私は見習い魔女だわ。経験と知識が少なすぎる。師匠が帰ってきたら、たくさんお話聞きたいわ)
一人前の魔女になるべく、密かに闘志を燃やした。
「あとキャメリア嬢は何故、早い段階で逃げた猫の場所を占ってもらわなかったのだろうか。彼女は宮廷魔女を頼れる立場にいるだろうに」
ミランダはハッとした。飼い猫ということは普段使っていた物があるはずだ。それこそ体の一部――猫の毛が少しでもあれば、羅針盤を使って詳しい居場所の占いも可能。腕のある魔女が外に足を運べば、どの区画にいるかまで分かってしまう。
それをしてこなかったということは、キャメリアが言っていた逃げた猫ははじめから存在していないからだ。
ミランダに試しに占わせようと思ったけれど、呪われたあとのハインリヒの姿を実際には見ていない。絵に描いた猫は想像と虚構に過ぎず、結果『該当なし』になってしまった。逆にマリアローズは純粋にハインリヒの事を頭に描いたため、きちんと占いで結果が出たのだ。
「占いで白猫のハインツ様が見つからない。だからキャメリア様は実際に探すしかなかった……と言うことですね」
「キャメリア嬢は協力関係の魔女の占いの失敗から、俺が魔女に匿われている可能性を知っていた。実際に持ち主が分かっているカフスボタンでミランダの実力を確認し、次に何らかの理由で俺を探しているマリアローズに話を振った……あたかも自分は他人事のように」
想像の猫の姿では駄目だった。ならば次は人の姿で探してみたらどうだろうか……そう考えたに違いない。最終的には自分が探しているとは思わせず、他の人が探していると印象づけて自分も情報を得られる立場なのは――
「真犯人はキャメリア様……ですね」
「私はそう睨んでいる」
ふたりは真犯人を突き止めた。
ハインリヒが猫になって一ヶ月が経っていた。ちょうど国王が示した期限だった。
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