第23話 1年目最終戦
10月初旬週、残り2試合までペナントは消化されていた。
金沢オリオンズとの首位決定戦は1勝1敗1分けの痛み分けで終わり、ゲーム差は縮まらなかった。
だが、対オリオンズ最終戦での打線爆発がチームに勢いを付けたのか、ファルコンズはそのまま好調に推移し、結果、優勝争いは近年稀に見る大混戦となった。
2試合を残してオリオンズとのゲーム差は0.5。しかもオリオンズはすでに全日程を終了しており、雨天順延などで試合を残していたファルコンズの結果次第で優勝が決まるという状況となっていた。
敵地へと乗り込んだファルコンズは、早々に優勝を決めてしまおうと積極采配で進めるが、先発が乱調し大量失点でゲームを落としてしまう。
後が無くなったファルコンズは、奇しくも最終戦を今年の開幕カードと全く同じ、本拠地poipoiドームでのシルバーフラッグス戦を迎えた。
先発は柳葉。
登録抹消での休養を取ったとはいえ、疲労は否めない。
だがそこはパシフィック・リーグの2大巨頭であるオリオンズ戸田とファルコンズ柳葉と言われる所以である、老獪で計算高い投球でフラッグスにチャンスを与えない。
ストレートのキレが悪いと判断し、早い回から多くの変化球を交えながら凡打の山を積み上げ、5回までに毎回ヒットを許しながらも無失点は切り抜けた。
また、ファルコンズはフラッグス先発の米田を攻めあぐねていたが、オリオンズ戦から好調を維持し続けていた御船が意地の一発でスタンドへ放り込み、辛くも1点をリードしていた。
「早い回だが、ここは立花しかないやろ」
副島監督は柳葉が勝利投手の権利を持つ5回まで投げ終えた時点で交代を決める。
これで柳葉はオリオンズ戸田の勝利数に並ぶ14勝で最多勝利のタイトルを手に入れられる。
同数での受賞とはいえ、ここ数年の低迷しているファルコンズにおいてもエースとして君臨し続けてくれていた柳葉に、何とかタイトルを取らせてあげたいという副島監督の親心でもあった。
去年までであれば、このまま柳葉を引っ張れるところまで引っ張っていたはずだが、今年は絶対的な中継ぎピッチャーが存在している。
CSの事を考えればここで柳葉を酷使させたくないという気持ちも勿論あり、副島は顔に出さずとも何とか5回までだけ抑えてくれと願いながら柳葉のここまでの投球を祈るような気持ちで見ていたのだ。
ヘッドコーチがベンチを飛び出し、審判に投手交代が告げられる。
その姿を見た観客達は、場内アナウンスが掛かる前からワッと歓声が上がった。
「ピッチャー、柳葉に代わりまして、背番号17 立花」
沸いていた球場がさらにアナウンスで一際盛り上がる。
フラッグスベンチに座っていた砥峰は顔を少しだけ顰めると、小声で「こんだけ完全アウェイだとやりにくいなぁ……」と呟いた。
プロとしてビジター戦はいくらでも経験している。大舞台や超満員の中でも勿論何度だって戦った事もある。
だが、どこまで行っても自分たちのファンは敵チームの歓声をかき消そうと必死になって応援してくれるのが常だ。
しかし今の状況では驚くことに自分たちのファンまでも立花の登場を喜んでいるではないか。
これはフラッグスの本拠地でファルコンズと対戦する時にも同じ事を感じていたが、最終戦でなおかつ立花へ唯一の失点を与ええいるフラッグス。
しかも優勝が掛かっているとなればファルコンズファン達の応援も熱がこもっている。
その上、自分たちのファンまで立花の登場を喜ぶとなれば、もはや全観客がファルコンズファンで埋め尽くされた球場で戦っていると言っても過言ではなかった。
それでも日本にいる野球人口800万人の中のほんのごく僅かな上澄みであるプロ野球選手として、沸々と燃えてくる感情をわかっていた。
これほどまでに全方位が立花の投球を心待ちにしている中で打席に立つのだ。
逆を言えば自分たちは完全なる挑戦者であり、これをホームランで黙らせる事が出来ればプロ冥利に尽きると言えるかもしれない。
フラッグスはすでにBクラスが決定しており、さらに個人別のタイトルなども軒並みどの選手も取れていない。
であれば、最後に一矢報いたいという思いもあるし、何より目の前でファルコンズの胴上げなど到底許容出来るわけがない。
何としてでも眼前での優勝を阻止しようと、フラッグスベンチは立花を引き摺り下ろすのだと気持ちを一つにしていた。
そんなフラッグスの思いをあざ笑うかのように、いつもと同じくふてぶてしい態度で登板した立花は6,7回を6者連続三振に切って取る。
中継ぎとしては異例の奪三振王タイトルはすでに手中に収めている。
大台の200奪三振はとうに超えており、256まで伸ばした奪三振数をさらに6個積み上げた。
6,7回と両チーム見せ場なく終えて迎えた8回。
フラッグスの打順は2番から始まる好打順となっていた。
フラッグスはここらあたりでチャンスを作らないとマズイと判断し、先頭打者から何とか立花の変化球に食らいつこうとするが、やはりどうにもボールはバットに当てる事すら出来ずに三振に切って取られた。
ここで登場するのはフラッグス4番の砥峰 雄大。
今季デビューした立花にとって唯一の失点にして本塁打を打たれた選手である。
初球、まるで開幕戦を彷彿とさせるインローへ投げ込む。
(クソッ、あいつ舐めやがって……!)
砥峰はカッと身体が熱くなるのを感じながら、しっかりとミートを意識してコンパクトにバットを振り出す。
(コイツの球は軽いから、当たりさえすればミート重視でもスタンドまで飛ばせるはずだ!)
本来であれば砥峰の得意なコースであり、砥峰のパワーも相まって当たれば本塁打の可能性が高い。
砥峰はしっかりとタイミングを合わせながらシュート回転しながら左打者である砥峰の脇を抉るように入り込んでくるのを理解しながらも、バットを振る。
(よしッ!……あれ?)
そのままバットにボールが当たること無く、自身の背後でミットを構える矢倉の元へと消えていった。
ミート重視で振ったために開幕戦のようにつんのめるような事にはならなかったが、まるでボールは自身が予想していた軌道からさらに曲がり、最終的にはアウトコース低めへとカーブして曲がっていった。
(くそ、矢倉さん直前で恐らくミットを構える場所を変えたな……? 妙に足元を動かしている音は聞こえていたが、コースを読ませずに翻弄させるつもりか。そもそもあの曲がり方何なんだよ。シンカーでもスクリューでもパームでもねぇし、誰がアレを打てるんだ?)
改めて対戦する立花の異常性に苦み走った表情が出来てしまう。
苦し紛れにバッターボックスから少し離れ、素振りを数回行って再度ボックスへと戻った。
(あの野郎……今ニヤッて笑ったな)
「立花いいぞぉ! 相変わらず球走ってんぞぉ!」
後ろから聞こえてきた矢倉の掛け声に苛ついてしまう。
歓声が大きすぎる為に矢倉の声は立花にはまるで聞こえていない。
これは立花への声ではなく、自身を苛つかせる為の策なのだと気づいた。
「……アイツの球、打てんやろ? ほんま無茶苦茶よな」
プレイが宣告されているにも関わらず、矢倉は話すのを止めない。
今どきささやき戦術かよと胸の中で毒を吐くが、何も聞こえていない立花からボールが放たれた。
またしてもシュート回転でインローへと抉り込んでくる軌道。
このままインロー? それとももう一度アウトへと流れるのか? それともまだ見たことのない……?
砥峰の中に迷いが生まれる。
だが、ボールは直前になってもインローのまま内角を鋭く抉ってくる。
引けそうになる腰を必死にこらえながら砥峰はそれでも振らないと意味がないと本能で感じ、バットを降り出した。
しかし、砥峰が振ったバットにボールはミートする事無く、落ちた。
鋭いシュートでのインローギリギリからボールゾーンへと逃げるように落ちていくコースだったのだ。
まさかの軌道に今度こそ前につんのめってしまう砥峰。
その姿に、すわ開幕戦の焼き直しか!? と湧き上がる歓声が砥峰には恨めしく聞こえた。
転びそうになるのを前足にグッと力を入れてこらえる。
なんとか転ばずに体勢を戻せた時には、あまりの動揺に小さく息を吐いてしまうほどだった。
球場全体が立花コールで湧き上がっている。
まるでコロシアムで絶対王者に挑むチャレンジャーみたいだな、と砥峰は心のなかでせせら笑った。
昨年までであれば、打てるが守れない。それが北九州ファルコンズの代名詞であったのに、目の前にいる立花が入団した事によって全てが変わった。
圧倒的な成績で4月を終えたかと思うと、立花の登録抹消とともにチーム成績が降下するなど、今年のファルコンズにはひたすらに立花の存在が良くも悪くも影響していた。
リベンジを、雪辱を果たそうと乗り込んだはずなのに、このままでは立花の活躍に華を添える役割になってしまうではないか。
それは砥峰としても許せる事ではない。
同じリーグでしかも新人中継ぎ。こんなところで苦手なピッチャーを作ってしまえば来季以降もずっとファルコンズに苦しめられ続ける。
事実、今季もファルコンズにリードされた場面で立花が登板すれば、ベンチ内もほぼ諦めムードに近かった。
これが何度も続けば、いよいよチーム全体にも悪影響を及ぼす。
そうすれば本格的にファルコンズの黄金時代到来もあり得るかもしれない。
今のこの場面でこそ何としてでも、極端な話を言えばこの後の試合で負けてでも自身が一本安打を放つ必要があると思った。
セントラル・リーグ含めて他チームも立花を全く攻略出来ていない。
もしもフラッグスが一本打っていなかったら、今頃は前人未到の防御率0,00だったのだから。
そんな記録を高卒新人1年目に作らせるなどプロ野球として受け入れられない。
暗黙の了解で反ファルコンズ連合をパシフィック・リーグ全体で組むほどに現在のファルコンズは相手チームからすれば厄介だった。
ここで勢いに乗せて優勝でもしてしまえば、ファルコンズの中に確固たる勝利のマインドが生まれるはずだ。
そうなればただでさえ強力な打線と立花の投球が組み合わさってしまう。
(よし、もう何も考えずにインローギリギリを狙って打とう。一球様子見で外してくるのが常道だが、今までのデータを見れば立花のピッチングでこの場面でストライクゾーンから外してくる事はまず無いはずだ)
最小球数で三振を取る立花のピッチングはとにかく投球数が少ない。
ほぼ間違いなく三球三振で打ち取っていたからだ。
であれば、ここでもボールゾーンへ変化させる事は無いだろうと砥峰は予測していた。
立花が投球モーションへと入る。
ワインドアップポジションから大きく両腕を上げてのオーバースロー。
古典的ながら躍動感あふれるその投球フォームへのファンも多かった。
塁上にランナーがいたとしても、三振させてしまえば関係ないとゆったりとしたフォームから繰り広げられるバッターとの対戦は見るものを魅了した。
大きく上げた両腕をたたみながら右足を上げ――。
「な、にぃっ……!?」
そのまま右足をすり足のように低く着地させると、オーバースローではなくアンダースローからボールを投げた。
まさかの投球に動転する砥峰だが、迫るボールの球速は遅い。
(やはりシュートからのインロー低め。イチかバチか一気にすくい上げてやる!)
地を這うように低い軌道で強烈に内角を抉ってくる。
このままボールが来れば死球で当たるのではないかと思わず恐怖心で覆われるが、先程と同じようにバットを握る力を込める。
「ここだっ!……!?」
右足で踏ん張ったまま一気にすくい上げるようにバットを振り出す。
当たればホームランは間違いないだろう。タイミングも間違いない。
迫る白球目掛けてバットを繰り出したところで、ボールがそのまま大きく
先程までの砥峰のバッティングであれば、浮かび上がるような軌道のボールを迎え撃つ形でミート出来たはずだった。
だが、下からすくい上げる打法を選んだ砥峰のバットと、奇しくも同じように地面ギリギリの位置から昇り上がるように浮いてきたボールの軌道は合わさる事無く、矢倉のミットへと吸い込まれてしまった。
「ストライィィク、バッターアウトォッ!」
審判の宣告を待つ前に、思いっきりすくい上げる形で強振した砥峰はその場で被っていたヘルメットがあまりの強振で脱げ落ち、さらに大きく仰け反る形で砥峰は転んでしまった。
その瞬間、怒号にも似た観客たちの歓声が、一拍遅れて球場を包み込んだ。
三者三振。しかもまさかのアンダースロー投法。
「今季最高のピッチングの一つやったな」
矢倉は、未だバッターボックスで放心したままの砥峰にそう言うと、悠々とファルコンズベンチへと消えていく。
砥峰は呆然としていたが、ベンチから出てきたチームメイトからグローブを受け取ってやっと意識を取り戻すと、どこかフラフラとしたまま守備位置へと着く。
(あれは確かに浮いた……。今までもあり得ないと思っていたが、間違いなく目の前で
意識を守備に戻さねばならないと身体では理解しているつもりなのに、どうしても先程の立花の投球が頭を過る。
アンダーまで入ってきて、いよいよ縦横無尽に動き回られたらもうどうしようもないぞ……。
未だ頭の中で立花との対戦をめぐってぐるぐると思考させる。
だが、そんな時にふと歓声の様子が変わっている事に気づいた。
(んん……? あれほど盛り上がっていたのにどよめいている……?)
ざわつく球場。その原因を何なのかと思い自陣のベンチに視線を向けると、監督も含めて全選手がファルコンズベンチを凝視していた。
「あれは、成田が投球練習している? 9回も立花が投げないのか?」
ベンチ前を見ると、慌てて出てきた成田と第二捕手がピッチング練習を始めていた。
そのままベンチ内をよく見ると、何やら副島監督などのコーチ陣と捕手の矢倉、立花が何かを話しているのが見えた。
内容までは聞き取れないし、細かい表情までは見えない。
だが、成田達が慌てて出てきた状況や、矢倉なども含めて相手チームに見えるベンチ内で話をしているとなると、あまり良い状況には見えない。
(立花が何かケガでもしたのか……? さっきのピッチングで肩でも痛めた、か?)
そうこうしているうちにファルコンズ打線は敢え無く三者凡退。
碌に集中してマウンドを見れていなかった砥峰としては有り難かった。
いまだにざわつく観客たちにここで場内アナウンスが流れる。
やはり立花交代からの成田登板だった。
成田は9月に入って数回、クローザーとして登板経験があった。
それまでは急成長している中継ぎの一人という役割だったが、結局2軍落ちしたまま1軍へ再昇格しなかったファーマーの代役としてテスト運用されている。
一度はセーブ失敗があったものの、その他の登板では問題なく試合を締め、十分クローザーとして見込めるとファルコンズ首脳陣から評価されていた。
とはいえ、最終戦の優勝が掛かった試合で登板させるとは誰しも予想していなかったのでこれには観客もフラッグスベンチも驚いた。
点差はたったの1点。それに砥峰が打ち取られたとはいえ、5番から始まる好打順である。
成田が急成長中とはいえ立花と比べれば攻略の難易度など遥かに低い。
俄然盛り上がりを見せるフラッグスベンチと、まだ球場に残っていたのかと思っていたフラッグスファン達の応援歌も聞こえ始めた。
一本出れば同点。上手く行けば逆転もと意気込んでバッターボックスへと5番が向かう。
だが、成田はすでにこれまでのいち中継ぎではなかった。
立花に触発され、ファルコンズの勢いに乗り、クローザーという役割を与えられ、躍動していた。
感情をあまり出さず、淡々と投げ込む成田の投球はやはりクローザーに非常に向いていた。
5番から始まる打順を、3年目らしからぬ投球で初球からゴロを打たせると、続く6番はファールで粘られながらも最後は見逃し三振に切って取り、続く最後の打者も簡単にショートゴロを打たせ、気がつけばマウンド上でガッツポーズを上げる成田の姿がそこにはあった。
北九州ファルコンズ、最終戦で金沢オリオンズを逆転して0,5ゲーム差でペナントレース優勝。
CSを本拠地であるpoipoiドームで迎え撃つというこれ以上ない好条件で進出したのだった。
だが、そこに立花の姿はなかった。
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