第11話 前半戦を終えて
6月下旬、ファルコンズは何とか辛くもといった状況で首位に立っていた。
4月終わり時点であった貯金18は激減し、気がつけば堂々の単独首位だったはずが、同率1位まで落ちている。
次の一戦を落とせば首位陥落という状況まで切羽詰まっていた。
だが、そんなチームにあっても、副島は立花を積極的に起用はしなかった。
5月の終わりに再登録し1軍へ上げたが、4月のように立花立花また立花といった起用はせず、投げても必ず次の試合ではどれだけの僅差でも登板を許さなかった。
立花の奮闘に鼓舞されたのか主力選手達も奮闘した。
だが、そもそも昨年シーズンで滅多打ちされた中継ぎ陣がそこまで改善されるわけではなく、昨年に比べればましな成績を残しているとはいえ、昨年と異なって打線が湿っている現在のファルコンズでは到底4月ほどの勝ち星は付かなかった。
勝って負けて勝って負けて負けて。
立花不在時のファルコンズはこんな成績であり、たまに2連勝したかと思うとその次で3タテされるなどなんとも不甲斐ない試合が多かった。
その中においてもやはり立花が登板した際の存在感は別格で、これはいよいよ中継ぎとしては前代未聞の奪三振王および最優秀防御率など様々な個人記録も見え始めていた。
6月終わり時点での立花の成績を記す。
立花 聡太
登板数34 登板回数72回 自責点1 防御率0.12 被安打6 奪三振134。
このペースでいけば規定投球回数に達し、中継ぎながら最優秀防御率にも手が届くのでは?
気が早いマスコミはすでにそういった個人記録を煽りだしていた。
さらに立花は1軍再昇格後に1点も失点しておらず、打たれた被安打もわずかに2増えただけ。
防御率はいよいよ前人未到の域へ達しており、しかも未だに各球団はなんの攻略の手がかりも持てていなかった。
これは5月末から始まった交流戦の影響もあった。
セントラル・リーグの選手たちからすれば何度も画面越しには見たが、打席に立って対戦するのは初めてだ。
ものの見事に立花の投球に翻弄され、全く打つことが出来なかった。
とはいえ、立花が出てくる前に叩いてしまえばいい。
それに、立花が出てくるのはせいぜいが2日に1回であり、そこさえきっちりと抑えれば勝率5割で乗り越えられる。
スコアラー陣が匙を投げた対立花対策を真剣に各チームはこういった考えの中で進めつつあった。
鳴り止むことのない苦情の電話。
ボコボコに描かれているSNS。
今すぐ替えた方がいいとテレビ番組で吠える意気軒昂なOB。
首位のチームを日本全国が叩くというなんとも珍妙な状況がファルコンズを包んでいた。
それでも内容自体はさして悪くなかった。
2022年シーズンをぶっちぎりの最下位で終えていたファルコンズが、立花という稀有な存在の力を借りながらも前半戦を首位で終われるところまで来ている。
それに、湿っていた打線も徐々に復調の気配を見せており、中継ぎ陣も不安定ながらも昨年に比べれば遥かにマシな成績だ。
一部の熱心なファルコンズファンや、有識者達はファルコンズ全体の成績を鑑み、副島の采配はシーズンを通しての戦略であり、悪くないと評価する者もいた。
だが、勝てる試合をみすみす落としているようにしか見えない副島の采配は、同調意識もあって徹底的に叩かれた。
OBが叩く、マスコミが叩く、ファンも叩く。
だからろくに野球を知らない層すらも、立花がニュースで見れないという理由で叩くことすらあった。
それでもファルコンズは淡々と試合をこなし、立花真鍋バッテリーの隔日出場にも慣れたころ、一つの発表がされた。
オールスターファン投票の結果である。
6月末に発表されたファン投票で、立花は堂々の投手部門1位を獲得、真鍋も野手部門で選出された。
ファルコンズからは他に、前半戦で6勝を上げ、ハーラー同率トップに立つ柳葉と、悪いながらも何とか打率を上げてきた御船も選出されている。
球界の至宝がオールスターの舞台に立ち、セントラルの超一流バッター達相手にどんな投球をするのか!?
ファルコンズは叩かれながらも盛り上げられるという不思議な状況だった。
だが、ここでファルコンズはさらなる驚きの発表を行った。
立花 聡太オールスター出場辞退およびそれに付随する登録抹消である。
これにはファルコンズを養護していた熱心なファンや有識者達も大反対だった。
何のためのファン投票なのか。
ファンあってのプロ野球ではないのか。
プロである以上はエンターテインメントとしての側面があるのは間違いなく、それをファルコンズは否定するのか。
幻滅した。ファルコンズのファンやめるわ。
そんな声がリアルでもネットでも無数に聞かれた。
それでも副島は立花のオールスター出場辞退を決定し、また、立花もそれを受け入れた。
「監督が決めたことですから。それに僕もファルコンズが優勝するまでは他チームの選手と会話はしたくないんで」
珍しく記者からの質問に答えた立花は、冗談か本気なのか区別の付かない答えを言うと、そそくさと去ってしまった。
ちなみに立花のこの発言は一部の者からは歓迎された。
・優勝を目指すファルコンズに足りなかった精神かもしれない。
・逆にここまで言ったら潔い。
・本気で優勝を狙ってるからこその発言だろうし、それを言えるだけの実績を残している立花らしい。
・オールスターで見れないのは残念だけど、日本シリーズまで楽しみに待つ事にする。
そんな肯定的な意見もチラホラ見られた。
数ある否定的な意見の中のごく一部の意見でしかなかったが。
結局、ファルコンズは立花の出場辞退を取り消す事無く、オールスター前の前半戦を終了。
立花はオールスター終了後の10試合を終えるまでペナルティとして登録を抹消されるのだった。
オールスター線では柳葉が好投、御船もスタメンで起用され意地の本塁打を放った。
立花の発言もあってその片割れと認識されていた真鍋は、完全アウェイ状態のパシフィック・リーグベンチにあって代打起用。
対戦した打席でストレートの四球を選び、1度もバットを振ること無くオールスターを終えた。
◆◆
そんな状況の中、立花はファルコンズの本拠地poipoiドームのブルペンに立っていた。
バックネット裏には副島監督の姿もあり、立花の投球をつぶさに見ている。
そしてその立花の投球を受けているのは、ファルコンズの正捕手であり打てて守れる捕手の代名詞である矢倉 友道がそこにはいた。
矢倉は前回同様、マスクも防具も何も付けていない。
それでも受けられる自信があると判断したのだ。
「行きます」
立花の簡潔な言葉に頷く矢倉。
構えるミットの場所は、前回と同じ場所、インロー。
ストライクゾーンからボールゾーンへ逃げていくフォークを投げさせる。
立花が頷く。
大きく振りかぶってそのまま投球。
遅い。
やはり前回同様にそう感じるが、矢倉のミットはピクリとも動かない。
球筋はインハイ。やはりストライクゾーンギリギリの高さだ。
それでも矢倉は同様せず、ミットをインローへ構え続ける。
そしてそのままボールはインハイストライクゾーンギリギリから、すとん、と落ちて矢倉の持つミットへと消えた。
「よし」
副島のその言葉に思わず涙が溢れそうになる矢倉。
だが、すぐに頭を左右に振ると、次の球を受ける体勢へと戻す。
今度はインハイいっぱいに構える。
矢倉のそんな仕草に立花も小さく頷くと、次の投球モーションへと入っていく。
立花の手を離れたボールは明らかにワイルドピッチであろうと思われる軌道から一気に落ちると、インハイギリギリに構えた矢倉のミットへと消えた。
ミットの中に吸い込まれたボールを見て何度も何度も頷く矢倉。
「次、カーブです」
「次、シュート」
「シンカー」
「ナックル」
「パーム」
前回と全く同じ球種、コースで投げる立花。
それら全てを一切捕逸する事無く、矢倉はついに捕らえきった。
「は、ははっ……」
最後の10球目を捕り終えた瞬間、矢倉は溢れ出てくる笑いを抑えられなかった。
今だって着ているユニフォームの下には無数の青痣があり、笑いだけでも痛みが走る場合がある。
本音を言えば、ピッチングマシンを見たくない日が何度もあったほどだ。
試合中はアドレナリンが出ているからなのか大して痛みは感じないが、試合後の風呂やマッサージでは時折絶叫してしまう時だってあるくらいだ。
あまりに何をしていても痛み過ぎて、試合後の期限が悪い矢倉に近づく選手がこの数ヶ月はめっきり減っていたが、矢倉にはその痛みすら今は喜びのスパイスの一つだった。
笑う度に内出血が痛む。そのうち涙すら出てきて、この涙は嬉し涙なのか痛み涙なのか自分でも良く分からなかった。
それでも笑いは次から次に溢れてくる。
しばし笑いが収まるまで、副島も立花も声を掛けなかった。
矢倉がしっかりと立花の捕手を務められると副島が確信した翌日、さらにもう一つの発表が行われた。
これまで1軍で帯同し続けてきたドラ2ルーキー真鍋 康介の1軍登録抹消であった。
さらにこれ以降真鍋が再度1軍に上がる事はなく、そのまま真鍋は2軍で2023年を終える事になるのだった。
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