第10話 反骨心、石を穿つ

 6月中旬、成田 一平は走り込みをしていた。


「お前たちはなんの為にここにいるんだ?」

「お前たちはなんの為にここで戦っているんだ?」

「お前たちに与えられた役割とはなんなのだ?」


 弱い心が折れそうになる度、全体ミーティングで言った監督の言葉を思い出して己を叱咤激励する。

 オーバーワークにならないように、だが、己を追い込むように。


 高卒3年目の今年、成田はシーズンを通して1軍への帯同と昨年以上の安定した成績を目標としていた。

 高卒2年目で迎えた昨年の成績は、十分に評価に値するものだと思っている。

 だが、成田は敢えてそれを考えないようにしていた。

 

 それは何よりも成田が、自分自身を弱い人間だと自覚していたからだ。


 

 成田 一平。

 幼少の頃より気弱で臆病だった性格の一平を見て、このままでは社会で生きていけないのではないかと危惧した父親の薦めで少年野球を始める。

 だが生来の気弱さがプレイに影響し、ずっとベンチ要員だった。

 中学校に上がって、これではダメだと判断した成田は、気持ちを奮い立たせる為に何かないかと模索し始める。

 それが自己催眠に近い、人工的な反骨心だった。


 だが暗示程度でどうにかなるほど野球は甘くない。

 

 中学野球で何とかスタメンを奪取しそれなりに活躍はするが、精々が地区ブロックでベスト4止まり程度であり、高校も中堅校からの推薦枠を何とかもぎ取るレベル。

 その中堅校も県大会をベスト16で敗退するなど、高校3年間を通して1度も甲子園へ行くことは無かった。


 だから最初はファルコンズのスカウトだと名乗る佐藤が自分を推した事を信じられなかった。

 確かに成田が所属する野球部には、ドラフト下位に選ばれるかも? と言われた4番キャプテンがいた。

 打って走ってそれなりに守れる。

 うまく化ければ面白いのでは? その噂でいくつかの球団から視察が来た事もあったが、それもすぐに無くなった。

 その中で唯一最後まで足を運んでいたのがファルコンズであり、佐藤スカウトだった。


 ついにわが校からもプロ野球選手が!?

 そんな俄に湧く母校を冷えた視線で横目に見ながら成田は淡々と練習をしていた。

 

 

 キャプテンもいよいよ本当に指名されるかもしれないと早々に自主キャンプ紛いの事まで始める始末。

 それを学校もバックアップすると言い出して、何一つ決まった事など無いにも関わらず、まるで指名当確したような雰囲気が学校中に漂っていた。


 そんな中で、まるで空気を読まないように成田もプロ志望届を提出する。

 両親も含めて関係者全員が止めたがそれでも成田は頑として聞かず、キャプテンと共に提出した。


 ドラフト会議当日、各チームが指名を発表するが呼ばれない、呼ばれない、呼ばれない。

 もうすでに各チーム5巡目まで終えており、早々にドラフトを終了するチームまで出てきた。

 そんな中、数チーム残ったうちのファルコンズが、成田が所属する学校名を挙げる。

 ワッと湧く校内、だが、呼ばれたのはまさかまさかの成田 一平だった。


 初のプロ野球選手輩出が決まったにも関わらず、まるでお通夜のように静まり返る。

 校長が無理やり盛り上げようとするが、顔を真赤にしたまま俯くキャプテンをみんなが慰めているうちに、気がついたらドラフト会議は終了していた。


 同日を持ってキャプテンは引退を待たずに野球部を退部。

 チームの両輪と呼ばれていたキャプテンと成田の仲は決定的に壊れた。

 キャプテンはろくに登校しなくなった。自然、何か悪さをしたわけでもないのに、成田も登校しにくくなる。

 他生徒はそんな成田を見て、羨むよりも腫れ物にでも触るかのような対応をする。

 そのうちに高校へ顔を出すのも嫌になってきた成田は、最低限の出席日数のみ登校すると、それ以外の日は自宅待機することに決めた。



 結局、そのまま卒業。

 野球部との付き合いは無くなってしまった。

 成田 一平を輩出した高校はまるでそんな事など無かったかのように、横断幕を掲げる事すらしなかった。

 立つ鳥後を濁した野球部総意でキャプテンと成田の確執を隠したとも言う。


 これらに対して成田は何一つ不満をこぼすことはしなかった。

 無口、何を考えているかわからない。

 人の心が無い。


 そんな事を昔から言われてきた成田だが、それでも成田は言い返さなかった。

 

 ドラフト指名から入団が決まっても、世間の目は厳しかった。

 ひどいところでは金満球団の博打とまで揶揄するスポーツ新聞もあった。

 それはさすがにファルコンズから抗議が入って記事を取り下げていたが、それでもどのチームも言わないだけでそういう風に思っているのだと成田は捉えた。


 成田が入寮してまず最初にした事は、件の記事の切り抜きを作るところだった。

 自分をコキ下ろしている記事をせっせと切り抜き、洗面所に、玄関のドアに、部屋のいたる所に貼り付けた。

 臥薪嘗胆ではないが、いつだって弱い自分を奮い立たせる為に常に視界の隅に、記憶の片隅に置いていた。



「お前は骨がありそうだからな」


 スカウトした佐藤が成田を評した言葉だった。


 成田は佐藤の言葉に唸った。

 よく分からないと言われた事はあっても、骨があるとは言われた事がなかった。

 佐藤曰く、骨の無い奴はどれだけ能力が高くてもプロでは通用しないらしい。

 逆に、骨がある奴は泥臭く足掻ける奴だから、化ける可能性があるのだと。


 骨は骨でも反骨心だけど。

 成田はそう思いながら、将来を不安視する両親の反対を振り切ってファルコンズ入団を決めた。

 

 入団後も成田は全ての選手を殺すくらいの気持ちで常に投球した。

 顔には全く出さず、抑えても打たれても常に顔色一つ変えないその様はサイボーグと言われた事もあったが、内心では表情を抑えないと今にも爆発してしまいそうなほどに血が煮え滾っていた。


 いつだって成田は、マウンドのその先にいる打者に怯え、折れそうになる弱い心を必死に反骨心で上塗りした。

 成田の心は、叱咤激励でどうにかなるほど強くはなかったからだ。

 俺よりも高い給料もらいやがって。

 俺よりもイケメンで生まれてきやがって。

 俺よりも高い順位で指名されやがって。

 クソ、クソ、クソが……。


 冷えた心を暗示のようにして血を熱く煮え滾らせる。

 ポーカーフェイスを剥がした先にいる成田は、自分以外の全てを作為的に憎んでいた。

 内心ではどれほどどうでもいいと思っていようが、それを無理やり捉え、憎んだ。

 

 仲のいい先輩や後輩がいるわけでもない。

 1人でもそんな存在がいて、相談していれば成田の人生はきっと大きく違うものになっていただろう。

 しょうもない虐めのようなものが無いのは成田にとって有り難かったが、かといって何を考えているか分からない可愛げの無い成田は常にチームで孤独だった。


 それでも成田はいいと思っていた。

 きっと誰かと馴れ合ったら、自分は何1つ出来ずにプロ野球界から去るだけだろうと思っていたから。


 


『クレバーな投球が魅力のーー』


 2022年の成田を評した一文だ。

 成田はそれを鼻で笑った。自分をスカウトしてくれた佐藤の方がよほど理解していると思ったほどだ。


 

 超新星のルーキーがファルコンズを席巻している。

 しかも取ってきたスカウトは自分を見出してくれた佐藤だというではないか。


 ドラ6だった自分と、まさかの大本命真鍋を抑えてドラ1で入団した立花。

 成績も性格も何もかもが違う。

 同じだとすれば高卒左腕投手という事くらい。


 自分が荒んだ心で打者一人を抑えている間に、アイツはすでにマウンドを下りているくらいには何もかもが違う。

 そんな超新星ルーキーすらも成田は己の反骨心の1つとした。


 立花の登録抹消による離脱後のチーム成績は芳しくない。

 未だに首位を守っているとはいえ、露骨に勝率は落ち、すでに2位は3.5ゲームのところまで近づいてきている。

 それでも副島は成田たちの前で言ったように、立花という神からの贈り物を使わないようにしてチーム立て直しを図っている。

 

 連日連夜のようにマスコミは副島の采配を叩く。

 極力自分以外の情報を見ないようにしている成田ですら目に付くほどだ。

 それに、同じ高卒左腕投手として年の近い成田への問い掛けも日を追うごとに増えてきている。


 そんなマスコミ陣も成田は憎しみの対象としている。

 そもそもがプロ野球選手などエゴの塊しかいないのだ。

 佐藤は骨がある奴と形容したが、成田からすればどの選手だって立花と大して変わらないように見える。

 態度や表情を表に出すか出さないかだけであって、誰だって自分が1番になりたいと思っているし、なれると思っている。


 そして成田もそう思うようにしている・・・・・・・・・・・


 逃げたくなる気持ちを必死に奮い立たせ、成田は今日も球場へ向かう。

 そんな自分を殺すように奮い立たせるのだ。


 昨日の自分を殺し、明日の自分は今日の自分を殺しにくるだろう。

 そうして今日、今ここにいる自分は全てを憎しみながら、それを原動力にしてマウンドに立つのだ。


 本音を言えば、一流のプロ選手になれるなど欠片も思っていない。

 ましてや主力選手になれるとすらも思っていない。

 だが、成田はそんな弱い気持ちを抑えつける。


 成田には夢がある。

 それは、実家の花屋を継ぐことだ。

 花を見ている時が一番落ち着く、本当の自分がそこにいるのだと成田は理解している。

 

 だから成田はその時が来るまで花には一切近づかないし、視界にも入らないようにしている。

 プロ野球人生は長いようで短い。

 だが、長くも短くも自分自身で変えられるはずだと考えている。


 その為なら何だって憎んでやる。

 全ての力を反骨心に変えて、いつかどんな障害すらも突き抜けてやるんだ。


 成田は座右の銘を心に刻む。

『反骨心、石を穿つ』、と。



※もしかしたら後でこの話は大幅改稿するかもデス。

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