第24話 1年目シーズン終了

 北九州ファルコンズ2軍本拠地。



 そこには、淡々とした姿で走り込む立花の姿があった。

 幾分か肌寒さも感じるひんやりとした秋の気候の中、一定のペースでひたすら走り続ける。

 しっかりと10kmほどを走り終えると、今度は丹念に身体をストレッチでほぐしていく。

 

 立花がグラウンド上に寝転んでストレッチをしていると、ふと近づく人影があった。


「調子はどうよ」


 立花が視線を上げると、そこには約1ヶ月振りに顔を合わせた真鍋 康介が立っていた。

 1軍と2軍に分かれていれば、自ずと顔を合わせる機会はほとんど無い。

 こまめに連絡を取り合ってはいたが、こうして直に顔を合わせたいと思った真鍋がわざわざpoipoiドームまで足を運んでいた。


「おう、こっちに来てたんやな。……まぁ、身体はぼちぼちかな。こっちは全然アカンけど」


 立花がそう言って左手を軽く上げた。

 真鍋はそれを見て軽く頷きながら、立花の近くに腰を下ろした。

 真鍋は立花の隣へ座ると、覗き見るように立花がストレッチしている様を恐る恐る見た。


「全然力は入らんの?」

「ぜーぜんアカン。箸持つのすらも一苦労で辛いな。とりあえず右手でフォークで何とか食事してるけど」

「宇宙人立花 聡太にも弱点があったって事か」

「なんやそれ」

「お前、人間じゃないって言われてるらしいで」

「あぁ、あのニュースの……」

「今のところ、宇宙人とサイボーグ説が有力らしいわ」

「人類ですらなくなってるやん」


 とあるニュース番組が取り上げた立花 聡太特集は視聴率が非常に良かったらしい。

 球界の様々な人物が立花 聡太をピックアップしてコメントしたその番組の中で、人間工学専攻の教授が発したコメントは巷でも話題になっていた。


「まぁ、確かに俺は人間じゃないかもしれんな」

「はぁ? じゃあ一体なんやねん」

「転生者ってやつかな」

「なにそれ。二流のファンタジー映画でも見たんか?」

「あながち間違ってもないかも」


 立花の言葉に真鍋が笑った。

 確かに自分で言って二流のファンタジーみたいな話だなと思う立花。

 何の因果で転生して、こうして野球をしているのか。

 改めて考えると不思議なものだと思う。

 自分にはそうする理由があって、明確な目的があるのだとは理解していても、神様は何を思って転生などさせたのか。


 前世を思えば、不孝だと言えば間違いなく不孝だった。

 短い生涯を苦しみ続けた結果、死んでしまったからだ。

 だがそれでも、両親はいつだって優しかったし、辛く苦しかったけれど、紛れもなく肉親には恵まれていた。

 そんな肉親にもまさかもう一度会えて、第二の両親として今も過ごしている。

 

 フラッグスとのシーズン最終戦も両親4人が揃ってpoipoiドームまで観に来てくれており、試合後には途中降板した立花の携帯に鬼のような不在着信が入っていたほどだ。

 想定通りだから、ケガとかじゃないから、と何度も立花が説得してやっと渋々納得してくれたが、その際に、久しぶりに聞いた橘両親の慌てた声に思わず笑ってしまった聡太を橘両親が本気で怒ったほどだった。


 もしかしたら明日にでも何らかの力が働いてこの世界からいなくなるかもしれない。

 その恐怖は常に立花を悩ませていたが、何だか両親4人を見ているとそんな気持ちも軽やかなものになった。

 そんなわからない未来の事を嘆くよりも、今生きている両親達を喜ばせるほうがよほど人間的だと思ったからだ。



「しっかし、CSでまさかのストレート負けとはなぁ」


 立花に合わせてストレッチをしていた真鍋が、ふいに大の字で寝転びながらそう言った。

 

「1勝からのアドバンテージスタートもスパッと引っくり返されてもうたしな」

「オリオンズ鉄板の戦い方で逃げ切られたな」

「全試合0-1なんてスコア、逆に凄すぎるやろ」

「何というか、力負けしたって感じやんな」

「聡太が投げてたらまた違ったんかも」

「たらればを言ったって仕方ないやろ。俺は久しぶりに斑尾さんと中川さんの最高のピッチングが見れて面白かったけど」

「あぁ、確かに何というか気迫で攻めてたよな」

「そうそう、斑尾さんなんか血管ブチギレるんちゃうかなってくらいに必死の形相やったやろ」

「ここ数年は変化球主体やったのに、ストレートでバンバン抑えとったし」

「矢倉さんもあれだけサインに首振られたら辛かったやろな」

「そらそうやろ! あの試合の後で矢倉さんに電話したら、回終わる度に裏でケンカしてたらしいで」

「そうなるやろなぁ……」



 ペナントレースを最終戦で逆転優勝したファルコンズは、首位でCSに進出。

 2位通過でしっかりと勝ち上がってきたオリオンズ相手に、立花を欠いた状態でファルコンズが迎え撃った。

 1勝を先取した状態で開幕したCSは、近年稀に見る好試合の連発だった。

 両チームともに投手陣が躍動し、打線に勢いを与えない。

 ファルコンズも先発・中継ぎが奮闘したが、敢え無く全試合0-1という徹底的な投手戦に敗れ、まさかの4連敗で日本シリーズへ駒を進められなかった。

 拮抗した試合の中で特に中継ぎ陣は、連日好投する。

 斑尾や中川などのベテラン陣がしっかりとゲームを維持し、打線の爆発を待ったが、投手王国オリオンズの壁は厚かった。


 立花の時代だと言われ始めた中で見せたベテランの好投はチームにさらなる活気を与えたが、それでもオリオンズ投手陣が勝ったのだ。

 驚くことにCSでの中継ぎ陣は全員が防御率0.00であり、立花不在を感じさせないほどであった。

 しかし御船を含む野手陣はオリオンズを打ち崩すには至らず、超満員の観客でひしめくpoipoiドームには嘆きの声が響き渡った。



「まぁでも、前年最下位からのペナント優勝やから結果だけ見れば十分すぎるくらいの結果ではあるんやけどな」

「うん、CSで出た人らは相当悔しい思いしたやろうけど、俺らは2軍にいたからなぁ」

「俺はたぶん来年も2軍やからな。でも中継見てたけど、やっぱり俺がキャッチャーでマスク被りたいとは思ったな」

「それまでは着実に力付けるしかないってか?」

「途中からやったけれど、それなりに2軍で試合には出れたし、スタミナもだいぶ付いてきてるから再来年にはしっかりと1軍スタート切れるようにはしたいってとこかな」

「成績見たけど、バッティングも結構良かったみたいやな」

「まだまだやけど、シーズンの過ごし方に徐々に慣れてきてるから。……聡太は打つ方はびっくりするくらいアカンもんなぁ」

「うるせ。パシフィックはDH制やから俺はええねん」

「バット握る力すら碌に無いとかどこの箱入りお嬢様やねん」

「お父様とお母様の教育の賜物よ♡」

「気持ち悪いからやめてくれ」


 そんな言葉の応酬を繰り広げながら、真鍋は自身と同じようにごろんと寝転んでいる立花の横顔をちらりと見た。


「なんや、思ったよりも落ち込んでる感じじゃないみたいやな」

「うん? 俺が落ち込むってなんで?」

「てっきりCSで登板出来ずじまいやったから落ち込んでるもんやと思ってたけど、そうでもないみたいやな?」


 真鍋が安堵した表情でそう言った。

 人一倍優勝への願望を公言していた立花だったから、てっきり投げられなくなった事を憔悴していると思っていたからだ。

 だが思いの外、元気そうな立花の表情を見てホッと安心した。

 あれだけ意気軒昂としている立花が落ち込んでいたら、どうやって慰めればいいのだろうかと悩んでいたからだ。


 そんなあからさまに安堵した表情の真鍋を見て、思わず立花は苦笑する。

 真鍋が何を考えてわざわざここまでやってきたのかを理解していた為である。

 有り難いと思う反面、どうにもそんな真鍋の気持ちがむず痒い。

 気持ちの落ち着けどころが悪くて、寝転んだまま両腕をグウッと伸ばした。

 呼吸を止めたまま数秒思いっきり伸びをすると、背筋がしゃんと伸びて幾分か落ち着けたような気がした。


「まぁ、本音を言えば投げたかったけどな」

「やっぱり?」

「そりゃそうやん。でも、まぁ今年はあれだけ投げられたから満足してると言えば満足してる部分もある」

「中継ぎで奪三振王とか、普通に考えれば有り得んタイトルやもんな」

「そうそう、それも含めて副島監督があんだけ使ってくれた事には素直に感謝してる」

「斑尾さんらのベテランとはシーズン前に相当揉めたらしいけどな」

「えっ、それ俺知らんぞ」

 

 真鍋の言葉に立花はギョッとした。

 ハレーションを起こすだろうなと入団前に考えてはいたが、いざ入団してみると立花が想像していたよりも遥かに周囲の反応は鈍かった。

 精々がからかい半分、興味半分といった風の反応であり、もっと露骨に新人つぶしでもしてくるものだと思っていたからだ。


「そんなん今の時代に、しかもプロでやらんやろ。とはいえ、思うところはあったやろうから、その辺を監督がうまい具合にいなしてくれたんちゃうかな」

「……監督にお歳暮でも送っとくか」

「送っとけ送っとけ。たぶんそれで受け取った監督は気味悪がって連絡してくるやろうけどな」

「なんでやねん! 俺の素直な感謝の気持ちやろ!」

「普段あれだけ粋がってるお前から急にお歳暮送られてきたら、俺が監督でも気味悪いで」

「あぁー、確かに否定出来んかも」

「まぁそういうところで調整しとけばええんちゃう?」

「調整ってなんの調整よ」

「好感度」

「さようでございますか」



「んでまぁ、あんだけ投げたって話したやん?」

「うん」

「元々一年目は思いっきりぶち上げようと思ってたし、俺的には十分やれたかなとは思ってる」

「十分どころの話ちゃうけどな。神様仏様立花様って言われてたし、どう考えても聡太の今季の成績は未来永劫破られへんやろ」

「個人的には満足してる。それに、俺一人が入って全てが上手くいくと思ってるほどプロ野球舐めたつもりは無いしな」

「いや、あんだけ煽りまくっててよく言うわ……」

「それは仕方ないやろ。あれが一番手っ取り早く注目集められたんやから」

「集めるにしても、俺を使うなよ……」

「あれで、お前にもファンが付いたんちゃうか?」

「そんなんで付いたファンとか嫌すぎるやろ!」

「まぁまぁ、来季からはもしお立ち台呼ばれてもちゃんと俺が行くから」

「結局、今季一回も行けへんかったもんな……。事前に来ない事が分かってるから聡太以外が絶対に呼ばれるとか、お前大人の人らに忖度させるなよ」

「唯一呼ばれた開幕戦でド派手にぶち上げたから大丈夫やろ」

「ぶち上げたんは俺! 煽ったのも俺! 梯子外されたのも俺!」

「裏で見てたけど、結構ノリノリやったやん」

「どこがノリノリやねん! あれはやけっぱちって言うんや!」

「(笑)」

「……コロス」



「そういえば、聡太オフはどうするねん」

「んぁー、契約更改だけ終わったら年末年始は大阪かなぁ」

「え? お前の実家って大阪ちゃうやろ? なぜに大阪?」

「高校の時のみんなと飯行きたいっていうのもあるし、大阪に別の家もあんねん」

「ん!? 聡太の家ってそんなに金持ちやったっけ?」

「貧乏ってわけじゃないけど、別宅持てるほど裕福ではないな」

「んじゃどういう事よ」

「俺の家って実家が二個あるから」

「あん? 父方と母方の実家とかそんな感じか?」

「うーん、厳密に言えば違うけど似たような感じかな? ここ数年は大阪の家で過ごしてるからそれが普通になってるねん」

「それじゃ俺も年越しは大阪の実家でやるつもりやから、どっかで飯でも食べに行こうや」

「康介は自主トレはどうするん?」

「藤陽でやらせてもらうように監督にお願いしてる。聡太も全然来ても大丈夫やで」

「俺が行ったら、藤陽の監督から殺されへんやろうか……?」

「大丈夫やろ。精々が2,3発殴られるだけやろうから」

「アカンやんけ!」


 

 

 立花聡太 北九州ファルコンズ 背番号17。

 1年目 最終成績 登板数58 登板回数138回 自責点1 防御率0.06 被安打6 奪三振277 38セーブ。

 獲得タイトル

 最優秀中継ぎ賞、奪三振王、最多セーブ王、最優秀新人賞


 


 ※いつもありがとうございます。

 ※この小説では、ホールドポイントは採用しておりません。

 ※最優秀防御率は規定投球回数未達により獲得に至らず、としております。

 ※新人賞忘れてたので、しれっと追加しました。(;´Д`)

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