番外編 その男、ドラ1につき
2022年秋季キャンプ最終日。
北九州ファルコンズ本拠地poipoiドーム内ミーティングルーム。
そこには、柳葉や斑尾を始めとした1軍帯同の投手陣が揃っていた。
唯一1軍帯同組で不在なのはファーマーで、シーズンオフによる契約期間外という事で母国へすでに帰国しており姿は無い。
その他の選手については、2022年シーズンの低調な成績も相まって全員参加が義務付けられており、そこにはベテランも若手も関係なく召集されていた。
「何の集まりで俺らは呼ばれたんだ?」
「さぁ……」
開口したのは柳葉。
低迷が続き最下位のチームにおいてもその貢献度は投手陣においてトップを誇っている。
プロ野球選手として最も脂がノッた時期であり、本音を言えばFAでもっと勝てるチームに行きたいという気持ちがあった。
育ててもらった恩は十分感じているが、ここ数年孤軍奮闘しながらも勝ち星を上げ続けた事である程度返し終えたという気持ちもある。
だが、兎にも角にも資金力で圧倒的に他球団を寄せ付けないファルコンズの年俸はいざ移籍を真剣に考え出すと、どうしてもネックになってしまう。
まぁ、それも来シーズンの成績次第だな、と考えていた。
ちょうど来季終わりに2度目のFA権獲得が待っていたからだ。
そう考えながら柳葉がちらりと視線を向けた先には、目を閉じたままブスッとした表情で座る斑尾がいた。
◆◆
32歳の柳葉と34歳の斑尾。
先発と中継ぎの両輪は、チームの低迷と比例するように2人の仲を悪化させた。
柳葉はまだ先発ローテにすら組み込めていない若手時代、年の近い斑尾に非常に懐いており、毎年オフの自主トレは必ず2人で行うほどに仲が良かった。
当時から斑尾はファルコンズ中継ぎ陣の柱として第一線でバリバリ登板していて、ピンチの場面で登板すると、ピシャリと抑える斑尾の姿は柳葉にプロの仕事とはかくなるものなのかと、強烈に記憶に残らせた。
斑尾自身も今のように技巧派ピッチャーではなく速球でどんどんカウントを取っていくスタイルでの投球で、自身と似たようなタイプの柳葉をよく可愛がった。
特に勝利試合で2人一緒にお立ち台に立った時は本当に楽しかった。
柳葉が先発でゲームを作り、斑尾が中継ぎもしくは抑えでしっかりと締める。
柳葉も斑尾を信頼しきっていたし、斑尾も柳葉が先発の際は間違いなく自身の登板が来ると確信してブルペンでその時を待っていた。
互いが結婚してからもその交流は続いており、両家族で一緒にハワイ旅行へ行ったことがあるほどに親密だったのだ。
しかし、それらも斑尾の成績が下降し、まるでそれに引きずられるようにチームの成績も低迷し始めると、2人の関係は変化していった。
柳葉がゲームを作り、斑尾で打たれる。
最初のうちはまだ良かった。
斑尾が勝利投手の権利を消してしまった柳葉へ頭を下げ、柳葉も「そんな時もありますよ。次またお願いします」と軽い口調でその場は終えた。
だが、二度三度と続くとさすがに柳葉としても困った。
明らかに誰から見ても斑尾の疲れが抜けていない中での登板だった。
さらに斑尾自身、自分の自慢のストレートが走らなくなってきていることを理解していた。
このままではそれほど遠くない未来でプロとして通用しなくなるだろう。
速球重視のスタイルから、技巧派への転向時期を迎えていたのだ。
捕手の矢倉と何度もミーティングを繰り返し、投球の組み立て方を全て一から作り直した。
それでも長年に亘って酷使し続けた肩でさらに変化球を多用する。
本来であればもう少し長い間隔で登板したいと思っても、ファルコンズ中継ぎ陣の薄い投手層がそれを許してはくれない。
いくつか勝ち星を消されてからは、柳葉も副島監督に直談判した。
柳葉自身、斑尾はまだやれると思っている。
だが、今の斑尾に必要なものは登板ではなく休養なのではないのか、と副島に意見したのだ。
勝ち星をいくつも消された事に何も思わなかったわけではない。自身の給料にも直結してくるのだ。
だからこそ柳葉は、チームの為にも、斑尾の為にも、そして自身の為にも副島へ具申した。
「監督、今の斑尾さんは疲れで本来のピッチングが出来てないです」
「わかっとる。わかっとるが、それでも2軍にいる奴らよりはまだまだアイツの方がやれてるんだから仕方ないやろう」
「なら、せめてもう少し登板間隔を開けてあげてください。じゃないと本当に斑尾さんの肩が壊れちゃいますって!」
「今フロントにもお願いして後ろの回で投げられる外国人を探してもらっとる。それまでは斑尾にやってもらうしかない」
「斑尾さんも貴之介もみんな疲れで球が走っていないじゃないですか! どうせ打たれるなら2軍から若手でも上げて当面をしのぐしかないでしょう!」
柳葉からすれば、悪気など欠片も無かった。
本心からそう思っていたし、どの選手もしっかりと休養さえ取ればまた抑えてくれると心から思っていたのだ。
しかし、このやり取りがどこかから漏れてしまう。
柳葉の言葉を伝え聞いた中継ぎ陣は誰もが心を硬直させた。
休養が必要である、それが柳葉の最も言いたかった事だったはずなのに、いつの間にかそれはすり替えられてしまい、2軍のピッチャーが投げても誰が投げても同じだと歪曲して伝わってしまったのだ。
勝っている時のチーム事情であれば揉める前に双方の誤解は溶けたはずだったが、如何せんチームは最下位まっしぐらの最中である。
中継ぎ陣からすれば、最も言われたくない人物からの最も言われたくない言葉だっただけに、本人に確認する前に心を閉ざしてしまったのだ。
そうなれば柳葉もカチンと来る。
実際に勝ち星をいくつも消されているのだ。
斑尾を含めた中継ぎ陣が苦しみながらも何とか試行錯誤している事は理解していても、事実勝ちを消されている以上、自分が頭を下げるつもりもない。
本心からそう思っていたのだから尚更だった。
これは先発陣と中継ぎ陣の大きな溝として残ったが、当時のファルコンズにはこういった問題が大小様々に噴出していたのだ。
小さなボタンの掛け違いから始まり、殴り合い一歩手前まできていた選手がいたほどだった。
柳葉は斑尾に復活してもらいたい、あの頃の恩を返したいと思う気持ちもあるが、それ以上に勝ちに飢えていた。
プロ野球選手の寿命は短い。
特に30を超えていつ身体にガタが来てもおかしくないのだ。
少しでも今のうちに勝ちを重ねようと、その為には移籍を考えるのは不思議な話ではなかった。
◆◆
しばらく待っていると、副島監督とヘッドコーチなど数人のコーチ陣がミーティングルームへと姿を現した。
「全員揃っているみたいだな」
副島が選手をぐるっと見渡す。
柳葉含めた先発陣と中継ぎ陣に見事にシマが割れている。それを見て副島は眉をピクリと動かしたが、すぐに元の表情へと戻した。
中継ぎ陣には斑尾や友永、急成長している若手の成田も端に座っていた。
「さて、なぜここにピッチャーだけ呼ばれたかって事だが、お前らにはちょっと一本の映像を見てもらおうと思う。口で説明してもわからんやろうからな、見た方が早い」
副島はそう言うと、早速とばかりにコーチに指示して明かりを消させると、映像を流し始めた。
ろくに説明すらせずにさっさと準備を進める副島のやり方にムッとする選手もいたが、さすがに口には出さない。
そうこうしているうちに映像が流れ始めた。
『いいですかー! 今からインコースビタビタに投げますからねー! 球種は教えないけど、ちゃんと打ってくださいよー!』
その映像とは、立花と真鍋がファルコンズへ送った映像だった。
「これはな、先日のドラフト会議で入団した1位の新人立花の送ってきた映像や。……目ん玉かっぽじってよく見とけよ」
副島はそう言いながら近くにあった椅子へとドカリと腰を下ろした。
『この動画はファルコンズにも見てもらうんですから、本気出してくれないとボクも困るんすよ~』
ヘラヘラとしながら打者を煽るような言葉を口にするに立花。
相手ベンチが青筋を立てながら【絶対打てー!】【何ならヤッてまえー!】と応援を通り越してもはや暴言まで飛び出しているのも映像からよく聞こえた。
「相手打者は、ドラフト2位で入団予定の大阪藤陽、真鍋 康介。ポジションはキャッチャーで甲子園でもよう打った。次世代の打てる捕手ってやつだな」
副島が説明している間も相手ベンチからはしきりに殺意のこもった言葉が投げられる。しかしマウンド上の立花は笑いながらヘラヘラとしていた。
途端、それまでの態度とは打って変わって立花の表情が真剣なものに変わった。
「よう見とけよ。来季はここに仲間入りするんやからな」
それは実質的に1軍スタートである事を明言した瞬間だった。
メディカルチェックすらまだ終えていない現時点では異例中の異例であり、同時に今ここにいる投手陣からすれば仲間であり限られた1軍枠を争う選手がまた一人増える事を意味していた。
「なんなんだこれは……」
「どうやって……」
方方からそんな声が上がる。
その間も映像の中では異次元の投球を立花が繰り広げていた。
「CGだと思うだろう? ……だがこれは正真正銘ホンモノだ。正直言って、俺にもコイツがどれだけの球種を持っているのかわからん。しかし本当にこのピッチングを出来るというのなら、間違いなく通用する。しかもハンパじゃない、恐らくまとも誰も打てん可能性だって大いにある。そんな逸材がウチに入ったというのは幸運でしかないな」
まぁ、ウチを希望した理由は聞くな、と副島が苦笑しながら言う。
その表情に選手達は怪訝そうにしながらも、すぐに視線を画面へと戻す。もはや流れる映像に釘付けだった。
結局、映像の中で立花は一度もバットに球を当てさせる事無く試合を終えていた。
ストレートはまるで遅いし球威も無い。
だが、あり得ない軌道の変化球で打者達を徹底的に翻弄させていた。
パチッ、という音とともに明かりが点けられた。
思わず目を細める選手達を無視して副島が画面の前へと立つ。
「来季、ファルコンズはコイツを中継ぎの柱とする」
「えっ」
「はぁ!?」
副島の言葉に選手達からは驚きの声がいくつも上がった。
先発陣は驚きの声を、中継ぎ陣からは若干の怒りが込もった声だった。
だが副島はそんな声が上がることを初めから予期していたのか、そんな声にも大して何とも思っていないようだった。
「まぁ、お前らの言いたい事もわかる。急にぽっと出の新人を柱に据えるなど正気の沙汰かと思うだろう。それは結果で示させる。そしてもしこの新人が結果で示すようなら、それはプロの世界である以上、俺もお前たちも受け入れねばならん。それが野球で飯を食っていくという事だ」
「だが、もちろん新人一人で長いシーズンを投げきれるわけがない。そもそもコイツを1軍帯同させる一番の理由は中継ぎ陣の負担軽減だからだ」
「ここ数年、中継ぎ陣ははっきり言って台所事情が苦しい。これは俺たち首脳陣の責任でもあるが、斑尾を含めた中継ぎ陣がフル回転を続けたツケが間違いなく回ってきている」
「斑尾、友永、中川、お前らはまだまだやれると俺は思っている。その為に今必要なのはお前たちの負担を軽くしてくれるだけの駒だと俺は思ったわけだ」
「幸い、立花はさっきの映像でもあったが回またぎも十分こなせるだろう。であれば、もう少し間隔を開けてお前たちが投げる土壌も作れると俺は踏んでいる」
「ぽっと出の新人は、はっきりと1年目から優勝を公言したぞ。俺が優勝させると、な」
「今までにもそういったでかい口を叩いた新人は確かにいた。そうしてそういった奴らは大抵が数年もすればプロ野球から消えていったがな」
「もしかしたら立花も同じ道を歩むかもしれん。しかし、全く別の、誰も歩んだ事がない道を歩む可能性も十分にある」
「俺はファルコンズの監督として、チームを勝たせる為に立花を使う。そして立花を使う事でお前達投手陣ももう一度上に行けると確信している」
「俺からは以上だ」
副島が話し終えると、ミーティングルームは静寂に包まれた。
時計の秒針を刻む音が耳鳴りと一緒に聞こえてくる。
言っている事はまるでギャンブルじゃないかと選手達の誰しもが思った。
こんな得体の知れない新人投手を柱に据えるなど気が触れたと思っても仕方がなかった。
「もし……」
「おん?」
ここまで沈黙を貫いていた斑尾が、ぽつりと言葉を漏らした。
静まりきったミーティングルーム内である為に、ほとんど聞こえるかどうかといった小さな声だったが、副島には十分聞こえたようだった。
「なんだ斑尾、何か質問でもあるのか」
「もし、もしも……その立花って新人が口だけだったらどうするんですか」
ぎょろりとした目つきでそう言った斑尾に対し、副島はハンッと鼻で笑うとこう言った。
「その時は、来年の今頃には俺がここに座っていないって事だ」
※いつもありがとうございます。
※☆250、50,000PV、600フォロワー超えました!感謝!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます