第25話 1年目契約更改

 12月某日、北九州ファルコンズ選手寮にて。


 2023年シーズンを優勝で飾りながらもCSにてストレート負けを喫した北九州ファルコンズは、順次契約更改を進めていた。

 とはいえ主力選手は軒並み年俸アップが続き、今のところ保留選手は一人も出ていない。

 シーズンの大半を2軍で過ごした真鍋も微増アップで契約更改をすでに終えていた。


 ここ数年は最下位が続いていたファルコンズの躍進は親会社にも非常に喜ばれ、提携流通系会社ではいくつも優勝お礼セールなども始まっていた。

 特に親会社会長はファルコンズ優勝を誰よりも喜び、球団本社まで激励に赴き、来季以降の育成方針などについてワン球団会長を含む幹部と情報共有を行い、今以上のバックアップを強く誓っていた。



◆◆


「失礼します」


 そんな好景気が回るファルコンズにおいて、どれほど年俸が上がるのかという世間の注目を一身に浴びる選手が契約更改の場へ姿を現した。

 ファルコンズ躍進の中心選手として八面六臂の活躍、そして強烈なキャラでファルコンズだけに限らず、プロ野球界全体を席巻したと言っても過言ではなかった立花 聡太である。

 入団前から謎の選手として注目されつつも、その能力を球団幹部からも訝しまれていた立花だが、結果を見れば球団の利益にも大きく寄与した。

 立花関連のグッズ販売は軒並み好調で、特に立花のピッチングを一目見ようと観客動員数に直結したのが何よりも球団を喜ばせた。

 それに立花が登板すればまず間違いなくニュースに流れると判断されてスポンサー料も軒並み高騰、それでもなおスポンサー契約したいという企業からの声は留まる事を知らず、球団職員は喜びの悲鳴を上げるほどであった。

 親会社からの資金援助が手厚いファルコンズはそこまで経営が逼迫しているわけではなかったが、それでも資金は潤沢にあった方がいいに決まっている。

 すでに販売が開始されている来季のシーズンシートおよびシーズンチケットの売れ行きも好調で、入室した立花を球団幹部はニンマリとした笑顔で迎え入れた。



「まずはこの一年、入団したての新人だというのに大変お疲れ様でした」

「いえ、こちらこそ一年間ありがとうございました」


 球団社長がそう言って席についた立花へ頭を下げた。立花も合わせて頭を軽く下げる。

 当初の予定では球団社長は同席の予定ではなかったが、立花の功績と今後を考えれば更改の席にいた方が良いだろうとの判断であった。

 


「しかしまぁ、今年は本当に立花フィーバーの一年だったねぇ」

「我ながら、よく投げたシーズンだったなとは思っています」

「いや本当だよ。まさか中継ぎピッチャーが奪三振王を取る日が来るなんて思ってもいなかったよ」


 球団社長がそう言いながら、手元に用意していた立花のシーズン成績を記した書面を見やる。


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 立花聡太 北九州ファルコンズ 背番号17。

 1年目 最終成績 登板数58 登板回数138回 自責点1 防御率0.06 被安打6 奪三振277 38セーブ。

 獲得タイトル

 最優秀中継ぎ賞、奪三振王、最多セーブ王、最優秀新人賞

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「改めてこうして見ても、恐らく今後同じ成績の中継ぎピッチャーは現れないだろうな。回またぎをこなしてくれる中継ぎとしては最高峰を超えて、もはや前人未到の域に達しているからね。本当に脱帽もののシーズンでした」

「まぁ、ある程度自分で想定していた流れでシーズンを過ごせたのでそこは良かった思っています」

「ほう? その言い方だと登録抹消からの離脱期間も立花くんにとっては想定内だったと?」


 立花の言葉に社長が興味を示した。

 本来であれば、登録抹消からの離脱は選手にとって避けたい事象であり、こういった交渉の席で突かれたくないポイントでもある。

 それを自分から口に出した立花の意図が社長には図りかねていた。

 しかし、社長の言葉に立花は視線を避けることなくしっかりと頷きながら口を開けた。


「えぇ、だってあのまま僕一人に中継ぎが乗っかったままだなんて、そんなの不健全でしょう」

「ふぅむ……言いたい事は何となく理解できるが、より正確に不健全という言葉を使った意味は?」

「中継ぎピッチャーは投げてナンボの世界でしょう? あのまま僕が投げ続けたら斑尾さん達の試合勘にも影響していたと思いますよ。連投が続くのは良くないと思いますけど、とはいえあまりにも投げなさすぎたら今度は感が鈍りますからね。適度な緊張感は必要だと思っていましたから」

「うーん……」


 立花の言葉に社長が腕を組んだまま渋い顔で天井を見上げた。

 立花の言っている事は確かに一理ある。

 中継ぎピッチャーとは投げてナンボのポジションであり、中継ぎとしてシーズンを過ごす以上は投げ続けねばならない・・・・・・・・・・

 いわば泳ぎ続けるマグロに似た生き物であり、試合で投げ続けなければ急速に試合勘は鈍っていく。

 投げさせすぎても駄目だが、投げなさすぎても駄目な生き物なのである。

 そういった意味で言えば、確かに立花不在の期間は他の投手陣でカバーするように先発降板後のゲームで登板しており、それはシーズン後半になるにつれて安定感も増してきていた。

 まだまだ往年ほどの安定感は無いにせよ、少なくとも昨年までの不安な投球はかなり減ってきており、立花不在でも一定の評価を中継ぎ陣には下していた。

 斑尾などはすでに晩年の域に達しており、現役生活もあと数年ほどだろうと更改の席で本人も口にしていたが、少なくとも日本一になるまでは現役を続けたいと力強く口にしていた。

 そんな斑尾も今年は球威がかなり戻ってきており、多彩な変化球に伸びのあるストレートが復活し始めていて来年にも期待出来た。


 立花の言葉通りでいえば、そういった斑尾らの復活ありきでの登録抹消および離脱とのこと。

 少なくともそんな事を新人一年目が自分で考えて動き、さらに結果を出して交渉の場で持ち出すなど今まであり得なかった。

 離脱はそれ単体で言えば査定評価に間違いなくマイナスだ。とはいえ、これほど大車輪の活躍をしている立花の評価全体でいえばさしたるマイナスとも言えなかったが。



「球団にも思う部分がないとも言えないが、事実結果で残したからね。立花くんの考え方は尊重しますよ。……では、そろそろ本題の更改だが、球団からはこちらで提示させて頂きたい」


 しばらく天井を見上げていた社長だったが、小さく咳払いをするとそう言ってから横に座った幹部へ目配せをした。

 社長の視線に小さく頷いた幹部が一枚の書類をスッと立花の前に差し出した。


 

「まず今季のおさらいからだが、基本年俸1,000万に出来高で契約していた各種タイトルの査定が2,800万となっており、合計で3,800万が今季立花くんの最終年俸となった。

 初年度契約で新人王以外がほぼ規定されていなかった為に低めの査定評価になっているのは容赦してほしい。ただし、ファルコンズとしては久しぶりの新人賞獲得を大きく評価させてもらっている」

「……その他、諸々の評価値などを含めた結果、来季の提示年俸は7,200万とさせてもらった。また、各種タイトル獲得時の出来高査定も大きく上げているので、是非とも来季も同じように頑張ってもらいたい、という内容を持って球団からの査定評価と希望とさせて頂く」


「これはまた、大盤振る舞いにしてくれましたね」


 球団から提示された来季年俸の書面を見て、立花は素直に驚いた。

 立花が初年度で契約した年俸は500万。それを考えればアップ幅は驚異の1400%超えである。

 立花が想定していた提示年俸が5,500万前後だった事を考えても大きく上方へ評価してくれたことがよくわかった。


「正しく立花くんの活躍でファルコンズが優勝出来たといっても過言ではなかったからね。それに君は成績だけに限らず球団に大きく貢献してくれた。仮に今年単年だけの活躍だったとしても、決してもらいすぎにはならないくらいには頑張ってくれたと思っている。それに、現時点で君の防御率から見てもそうだが、まず間違いなく来季もきっちりと抑えてくれるだろうと我々は確信しているよ」


 さすがに億は無理だけどね、とそう言いつつ苦笑する社長を見て立花は頭を下げた。


「ありがとうございます。過大評価だと思えるくらいに有り難い評価だと思います」

「おぉ! ではこの内容で更改という事でいいかね?」


 立花の言葉に社長が前のめりになって喜びの言葉を口にした。

 社長にとっても他幹部にとっても今年の立花の契約更改は世間的にも間違いなく注目されるのだから、まかり間違って越年ごしでの契約などには絶対にしたくなかったからだ。

 通常であればあり得ないほどの年俸アップであり、他選手たちとの年俸バランスなど悩みのタネはまだまだこれからも残るが、それでも今年の躍進劇を考えれば決しておかしくない年俸だとも考えていた。

 最悪、来季で成績が低下したとしても単年で考えれば十分だという皮算用もあったが。

 

 

「はい、内容自体"は"全く問題ないです」

「うん? その言い方だと何か他にあるという風に聞こえるが……?」


 早速気が変わらないうちに契約書に捺印してもらおうと考えていた社長だが、立花の言葉に肩透かしを食らったような形になった。

 大体において、こういった時に選手が止めた時はロクでもない事を言い出すんだが……と苦み走った表情で立花の言葉を待った。

 他幹部陣も一体目の前にいるこの規格外の新人が何を言い出すのかが不安で仕方ないといった表情だ。


「実はお願いというか、許可をもらいたい事が一つありまして……」



 その後、立花が話した要望は球団職員達を大きく驚かせるとともに唸らせ、そうしてそれが事実なのであれば必ず球団として前向きに検討するといった言葉を口にした。

 立花は社長の言葉に現時点ではそうなるだろうなと事前に理解していたので、納得して契約書に印を押したのだった。



※いつもありがとうございます。

※新人賞獲得を忘れていたので、しれっと24話を修正して追加しています(;´Д`)

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