第26話 シーズンオフ食事会(前編)

26.1年目シーズンオフ食事会(前)

「さっむ……」


 真鍋を最寄りの駅まで迎えに行こうと家を出ると、急に吹き込んだ強い風に思わず声が出た。

 

 契約更改を無事終え、すでに立花も真鍋も大阪に帰阪しており、シーズンオフに入っている。

 当初の予定通りに2人は大阪藤陽の一角を借りて自主トレを行っていて、今日は2人で決めたオフの日だった。


 因縁のあった大阪藤陽の監督は、挨拶した際に立花の顔を見た最初こそ苦みばしった表情をしたが、真鍋と仲良く自主トレをしている光景を見て何かを納得したのかそれ以降は特に何も言ってこなかった。


 ちなみに帰阪した立花は早々に出身校の南野学園にも顔を出しており、その時に立花の顔を見た野球部監督が涙を流しながら喜んだのは別の話。


 今年のプロ野球を盛り上げた2人を間近で見れるとあって、野球部員達はほとんどが帰郷せず、2人のトレーニングを何かと手伝ってくれていて、その流れで何度か食事会を開いたりしているうちに立花もすっかり藤陽の部員たちに受け入れられていた。



 年の瀬とあって街の至る所に年越し商品や、会社の前には門松がすでに飾られたりしている。

 去年の今頃は入寮の準備などもあってろくに年越しを味わっている暇もなかった為、立花は何とも不思議な気分だった。



「おーい、こっちこっち」


 駅前に着くと、すでに到着していたらしい真鍋が、寒そうにしながら歩いてくる立花の姿を見つけて手を上げた。

 上背のある真鍋が目立つように手を上げながら声を掛けたものだから、周囲にいた数人は真鍋の顔を見てその存在に気づいたらしく、さらにその視線の先にいる立花を見て驚いた表情をしていた。


「アホ! お前こんなところでそんな大声出したらすぐバレるやろ!」

「えっ? なにが?」

「お前今年一年間でどれだけテレビに映ってたと思ってんねん! しかも俺とニコイチやったら尚更顔がバレるに決まってるやろ」

「えぇ〜、ここまで電車乗ってても全然声掛けられへんかったのに……」

「どっちかだけならまだしも、2人でおったらアウトやろ」

「アウトかな?」

「完全アウトやな」


 呆れた表情で告げる立花の言葉に周囲をキョロキョロと見た真鍋は、明らかに注目を浴びている事に気づいて苦笑した。

 この場にいてはマズいとさすがに理解したらしく、2人は並び歩きながらそそくさと駅前から立ち去ろうと歩みを速めることにした。


「いやぁ、まさか俺がそんな声掛けられるような存在になってたとは思わんかったわ」

「あんだけ俺らの特集が流れててんから、そりゃそうなるやろ……」

「でも俺途中からずっと二軍やったから、そこまでかなと思ってたわ」

「ンなわけないやろ! なんやったら一軍でバリバリ活躍してる選手並に顔割れてると思った方がええぞ」

「誰にも握手すら求められてないのに?」

「少なくとも2人でおる時はセットで覚えられてると思った方が無難やと思うで」

「まぁ、そりゃそうかあ」


 ここまでの会話、2人は早足で歩きながらである。

 明らかに人を避けるように走る一歩手前の速さで歩くものだから、実は余計に注目を浴びている事に気づいていない2人。

 誰も声を掛けていないのは、単純に周囲が気を遣って声を掛けていないだけだとは露ほども理解していなかった。


「着いた着いた、俺の第二の家はここやで」

「おぉ、結構デカい家やな……って、表札が橘?」

「あー……その辺はややこしいからスルーしてくれ、とりあえず中入ろ」

「うん? まぁ了解」


 真鍋から表札が【立花】ではなく【橘】である事を指摘されるが、うまく説明できる気がしなくて立花は有耶無耶にしたまま家の中へ案内した。

 真鍋は立花の表情に首を傾げたが、プライベートの事なのだろうと納得して頷いた。

 よくよく考えれば立花の事をほとんど知らないのだから、何か事情があるのだろう。にも関わらずこうしてオフまで一緒に過ごしていることに少し苦笑してしまう。

 自分の人生の中でも最も激動だったと確信して言えるこの一年間を思い返して、不思議なもんだと笑えた。


「あん? なんか思い出し笑いでもあったんか?」

「いやいや、まさか俺が聡太の家に来るなんて想像もしてなかったから、なんか面白くなってな」

「そらバッテリーやからそんな事もあるやろ」

「ノリが部活のまんまやないか」


 立花の軽い言葉に思わずツッコんでしまう真鍋だった。


「ただいまー」

「おじゃましまーす」


 勝手知ったる我が家とばかりにドシドシと家に入っていく立花を見て、やはりこの家は立花の自宅なのだと改めて思う真鍋。表札が違うのはよく分からなかったが、少なくともただいまと声を掛ける家が自宅でない事は無いだろうと思った。


「おぉ、聡太おかえり」

「聡ちゃんおかえりなさい」


 奥からは立花の声に気づいた橘夫妻が現れた。

 真鍋は2人を見て、自分の両親よりもかなり年上である事に気づき、祖父母かな?と内心で思った。


「ただいま父さん母さん。んで、こちらが同僚の真鍋」

「あっ、はじめまして真鍋 康介です! 立花くんと同じファルコンズの捕手やらせてもらってます!」


 真鍋が元気よく橘夫妻へと挨拶する。

 祖父母と思っていたのがまさか両親だったとわかり、思わず挨拶をどもってしまう。何とも失礼な事を思ったものだと内心で猛省しつつ、ペコペコと頭を下げてそれを誤魔化そうとした。


「おぉ! いつも活躍見させてもらっているよ。聡太とも仲良くしてくれてありがとう」

「はじめまして聡ちゃんの母です。聡ちゃんよりも凄く身体が大きいのねぇ」

「そういえば康介ってこの1年で身体めちゃくちゃデカなったよな」

「プロのキャッチャーだとやっぱりまだまだ身体付きが細いってコーチからだいぶ言われたからな。食べることもトレーニングやって」

「それじゃあ今日は目一杯食べてくれていいからね」

「あっ、そんなお気を遣わなくて大丈夫ですから!」

「聡ちゃんから一杯食べる子だって聞いてるから、遠慮はしなくて大丈夫よ。美味しい物もたくさん用意したからね」

「いやぁ、なんかすいません」

「まぁまぁとりあえず玄関だと寒いだろうから中に入れて上げよう。聡太、リビングへ案内してあげなさい」

「はいよー。康介行こうぜ」


 

 立花に促されるように入ったリビングは、シックな家具が多い落ち着いた雰囲気だった。

 建物自体も少し古めのもので、リビングこそテーブルと椅子だったが、少し離れた場所に置いてあるソファも重厚な革張りの物で、全体的に瀟洒な雰囲気を漂わせていた。



 一枚板で作られたのだろう、かなり大きめのテーブルには、すでに所狭しと食材が並べられていて、明らかに良い物だろうということが見るだけでもわかった。


「めちゃくちゃ色々用意してくれてるやん……」


 鍋の具材であろう蟹、河豚や刺身盛り合わせにその他一品もの。さらに鍋の横には小さめの鉄板が置かれてあり、その側にはサシが入った牛肉と焼き野菜がこれでもかと置かれていた。


「あぁ全然気にせんでいいで。俺が食べたくて取り寄せたりしたやつばっかりやから」

「お取り寄せ!? 聡太がまさかこんなに食にこだわってるとは知らんかったわ……」

「俺は車とかに興味無いからな。普段はこんなに用意せんけど、康介が来るから食べたいもん用意しとけば食べてくれるやろと思ってな」

「いや俺は有難いけどさぁ……」

「この肉とかめちゃくちゃいい肉やから、味わって食べてくれ。うちの家、みんなあんまり食べへんから」

「マジでか……」



 プロ野球選手になったとはいえ、まだ1年目が終えたところ。年俸もさして高くない真鍋からすれば流石に豪華すぎてちょっと引いてしまうくらいには並ぶ食材のバリエーションに驚いた。



「ただいまぁ」

「母さん、それこっちに貰うよ」

「少し重いから気をつけてね」

 


 真鍋が並べられた食材に恐縮しつつ立花と談笑しながら待っていると、玄関から帰宅の声が聞こえた。

 若い女の子の声と一緒に大人2人の声が聞こえ、そういえば立花に妹がいると言っていたな、と真鍋は思い出した。

 しかし、では残り2人は一体……?


「お、帰ってきたな。ちょっと俺も手伝ってくるから、康介はそのまま待っててくれ」

「おっ、おう」


 立花が立ち上がって真鍋に一言声を掛けると、玄関へと向かって行った。

 紹介された両親も別室にいるようで、リビングに残された真鍋は手持ち無沙汰にキョロキョロと見回ると、リビングの端に置いてある棚にいくつかの写真が飾られてあることに気づいた。


 立ち上がって見に行くような不躾はさすがに出来ないと思い、座ったまま視線を写真へ向ける。

 この家の前で撮ったであろう写真には、立花と先程紹介された両親、それと別の中年らしき男女と恐らく立花の妹らしき女の子の5人か写っていた。

 他にも立花がファルコンズのユニフォームを着て投球フォームをしている写真、両親と立花3人で撮った写真もあった。


 (うん……? あれは?)

  その中の一枚に、どこかの病室で撮られたらしき写真があった。

 恐らくかなり古い写真のようで、他のものよりも画質も悪い。そこには今よりもかなり若々しい橘夫婦2人と、いくつもの管を身体中に付けたまま寝転びながら弱々しくピースサインをしている少年が写っていた。


 (聡太、ではないよな……?)


 離れた場所にいる為に正確に断定するほどの自信は無かったが、どうも見る限りでは立花の顔つきではなさそうだった。

 ではあの写真の中にいる少年は一体誰なのか?

 妹がいるとは聞いていたが、兄がいるとは聞いた事がない。とはいえ、さすがに聞ける事でも無いだろうと思い、ムズムズした気持ちを感じながらも何とか抑えることにした。


 

「一人にしてすまん」

「あっ、全然大丈夫やで。俺もなんか手伝おうか?」

「いや座っててくれていいよ。もうちょいでみんなも来るやろうから大丈夫」

「お兄ちゃん、お客さんを1人にしていいわけないでしょ! すいません真鍋さん、はじめまして愚兄の妹の立花 友梨です」

「愚兄って……」

「聡太の妹さん? はじめまして真鍋 康介です」


 立花の後ろから、妹の友梨が立花の言葉に怒りながら入ってきた。

 立花は妹から言われた言葉にショックを受けていたが、友梨はそれを無視して真鍋に向き直すと、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。

 真鍋もそれに気づいて立ち上がり、同じように挨拶を返す。

 そこにいたのは、小柄で黒縁メガネを掛けた平凡な顔立ちの女の子だった。肩下辺りまで伸びた黒髪は綺麗に切り揃えられていて、着ている服もシンプルなシャツとスカートだったが、真鍋は一目見た瞬間、この子絶対に賢いだろうなと確信した。

 スポーツ特待で入った大阪藤陽にも、特進コースがあり、そこに属する学科の生徒達もこんな佇まいだったなと思い出していたからだ。


「私、後輩なのでそんなに堅苦しく話さなくても大丈夫ですよ」

「んん? 後輩ってどういうこと?」

「私も大阪藤陽の生徒なんです」

「そうなの!?」

「はい、真鍋先輩と入れ違いで入学したので面識は無いですけどね」

「そうやったんか、ちなみに学科は?」

「一類ですね」

「あぁやっぱり」


 大阪藤陽の一類は所謂特進コースであり、友梨の言葉に真鍋は深く納得した。


「でもあれやね、友梨ちゃん、はなんというか社交性高いって言われへん? 特進の子ってこうなんというか大人しい感じの子が多かったイメージやから意外やねんけど」


 コップにお茶を入れて渡してくれる友梨に礼を言いつつ、ふと思った事を真鍋は聞いてみた。

 そんな真鍋の言葉に友梨が笑いながら答える。


「言いたい事は分かりますよ。私も元々は引っ込み思案だったんですけれど、この時期にこっちの家にいたら、お兄ちゃんが高校に通っていた時なんて、お兄ちゃんの部活友達の先輩方が毎日のように来てましたからね。自然と年上の人達と話してたら社交性が付いたのかもです」

「ほんまに毎日誰かしらが来てたもんな」

「物凄く賢い坊主の集団だったよね。見た目からして賢そうな人達なのに、揃いも揃って綺麗に坊主集団って結構不気味だったよ」

「完全にコント集団みたいなシュールさがあったよな。俺は面白かったけど」


 3人で話しながら待っていると、リビングのドアが開く音がして真鍋が振り返った。橘夫妻とその後ろからさらに中年の男女2人も荷物片手に入ってくる。

 誰かは分からないが、とりあえず真鍋は立ち上がって挨拶だけはしておこうと判断した。


「あっ、お邪魔しています。真鍋 康介です」

「遅くなって済まなかった。聡太の父です」

「いつも聡太の面倒を見てくれてありがとうね。聡太の母です」

「我々は先程紹介したからもう大丈夫だよ。さぁ、食べる準備をしようか」

「あっ、はい。ん? ……え?」


 父と父?

 母と母?

 疑問符がいくつも浮かぶ真鍋だが、立花が「まあまぁ気にすんな。深刻な理由とかじゃないから安心してくれ」と肩に手を置きながら言うのを見て、なんとか頷いた。


※いつもありがとうございます。

※パソコンぶっ壊れてスマホ入力なのでいつもと雰囲気違うかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最弱転生者は『百発百中』能力でチートします!……野球で。 ちょり @mm2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ