第8話 歯車は回る、廻る、周る
「立花投手が登録抹消されたという事ですが、一体どういう意図で?」
「疲労だよ。……だって考えてみてくれよ、高卒新人が4月終わりで何回投げてるんだ? 48回だぞ48回。こんなハイペースで飛ばし続けたら肩がイカれちまうだろうが」
もうこの質問に答えるのは何回目か。
副島はうんざりとした表情で番記者の質問に答えた。
4月を終えた時点で首位に立つファルコンズは、GW前に立花 聡太を登録抹消。
その発表が報道されると、GW期間中の試合でチケットを購入していたファンからの苦情が電話・メール・SNS問わず球団へひっきりなしに押し寄せた。
本来であれば、たかが高卒ルーキーが登録抹消された程度で報道などあり得ない。
だが、連日のように活躍を続ける姿を楽しみにしていたプロ野球ファン達からは、これでもかと非難が集まった。
それには立花の代理で真鍋が言ったヒーローインタビューが要因でもある。
チケットを買って見に来い。そうすれば必ず満足して気持ちよく帰れるだろう。
新人の煽りに煽った言動は、ファンも湧いた。
日を追うごとにその姿は眩しく映る。
一流のバッター達を次々と三振に仕留める姿は、ファルコンズファン、ひいては相手チームファンからも称賛されていたからだ。
ふてぶてしい態度で三振に仕留める様は確かに見ていて気持ちが良かった。
掠りすらせずにボールがミットへと消えていく。
中には強振で大きく体勢を崩し、バッターボックス内で転ぶように三振した姿はニュースで何度も報道されたほどだ。
それほどまでに高卒ルーキーの活躍は目覚ましく、普段は野球を全く見ない層すらもニュースを追うくらいには日本列島は過熱していた。
だからこそ、このタイミングで副島は立花を登録抹消した。
女房役の真鍋は引き続き1軍に帯同させるが、立花は一旦2軍へ落とす。
ただしそれも2軍での試合は一切設けず、あくまでも調整という名目だ。
非難を受ける事は副島も十分理解していた。
脅迫めいた苦情は警察への相談も含めて球団スタッフがすでに対処してくれている。
それに、そういった事を仕出かすのは大体は浅い層だ。
本当の野球ファンなら納得するだろうし、むしろ投げさせ過ぎだとの非難の方がよほど的を射ている。
それら様々な要因をしっかりと検討した結果が立花の登録抹消であった。
次に1軍へ上げられるのは最短でも10日後となる。
それも、状況如何によってはもう少し先延ばしにするかもしれない。
全ては副島の危機感から来るものであった。
副島は連日ように勝利を続けるチームにあって今の状況を、危うい、と感じていた。
いや、すでにベテランの何人かは気づいているようでもある。
まず第一に、昨年まで爆発的に打点を量産していた打線が湿っていること。
先発陣は立花の好投に押されたのかナイスピッチングを続けているが、早くも一部の先発投手は球のキレが悪くなってきていること。
それ以外で最も副島が危惧していたのは中継ぎ陣である。
先発→立花がすでにチーム内において勝利の方程式となっており、昨年まで打たれながらも酷使されていた中継ぎ陣の登板回数は激減している。
また、登板=負け試合である事も気になっていた。
斑尾、友永あたりは状況を飲み込んで登板を続けているが、他の投手はそうでもない。
いわば敗戦処理であり、7回までにファルコンズがリードしていないと、その時点で帰宅する観客も後を絶たなかった。
そんな中で登板するのは精神的に非常にキツイ。
プロ野球選手なんてものは、注目を浴び続けてそのままプロになる選手が圧倒的に多い。
その声援の量に大小はあれど、自分のプレイを見せる為見られる為にそこに存在するのだ。
1度であればなにくそ根性で投げられるだろう。
だがそれが続けばどうなる?
さらに登板が減ればへるほどに自分たちの給料にそのまま跳ね返ってくるのだ。
すでに成田など一部の投手からはもう少し投げさせてくれと直談判にきたほどである。
薄氷を踏むように勝利を続けているが、1つの要因でチームが崩壊する可能性を副島は危惧していたのである。
もちろん、各選手ともに忸怩たる思いはあるだろう。
不甲斐ない成績をチームの責任には出来ない。
どこまでいってもプロ野球選手は個人成績がベースなのであり、チーム成績はそこに付随して付いてくるものでしかない。
優勝を目指すと公言する選手がいるが、それはあくまでも個人成績があってのものだと副島は考えている。
スタメンすら張れない選手に優勝を口にする権利などそもそも無いのだ。
だからこそ現在のチーム内において優勝の二文字を口に出来る選手は非常に限られてくる。
立花真鍋の高卒ルーキーに、せいぜいが柳葉を含む先発陣くらいであろう。
逆を言えば、その他大勢の選手達にとっては優勝云々以前の問題であった。
先発ローテが崩れてもチーム崩壊、立花真鍋のどちらかが怪我をしてもチーム崩壊。
監督として、リスクヘッジに走るのは当然の事であった。
立花が活躍したとはいえ、まだシーズンの6分の1が終わったに過ぎない。
勢いを失えば昨年と同様の順位に戻っても何らおかしくない。
投打が噛み合って初めてチームは機能するのだ。
まるで噛み合っていないにも関わらず勝利し続けている今がおかしいのだと。
番記者達からの口撃を辛くも逃げ去った副島は、遠征先ホテルのバーでグラスを傾けていた。
本音を言えば、こういった格式張った場所を副島は好きではない。
馴染みの飲み屋で酒を傾けながらチビチビと飲むのが好きだが、外に出れば待ちわびていたように記者達が追いかけてくるだろう。
はぁ、と昨年までなら考えられない悩みに頭を抱えながらグラスに残ったビールを飲み干した。
「あれ、監督お疲れ様です」
「ん? おう、柳葉か」
「ウッス。監督いつもの店に行ってなかったんですね」
「こんな状況で行けるかよ」
「確かにその通りですね。俺もロビーまで出て、外にいる記者達見つけてやめました」
「お前明日は登板だろうが。夜遊びは控えろよ」
「ちょっと飯食いに行こうと思っただけですよ! それもホテル飯に変わりましたけどね」
「そらそうなるわな」
バーの端で飲んでいた副島に声を掛けたのは柳葉だった。
その姿ごしに周囲を見ると、数人の選手たちの姿もある。
副島の視線に気がついたのか、何人かが気づいて立ち上がったが、副島はすぐに右手を上げて気にするなとでも言いたげに小さく振った。
どの選手も外に出るのをやめたのだろう。
試合終わりの貴重なくつろぎのひと時を邪魔するつもりは副島には無かった。
「横いいっすか」
「もう座ってんじゃねぇか」
「まぁまぁそう言わずに」
柳葉は軽やかな口ぶりで副島の隣に席を下ろすと、バーテンダーにビールを注文する。
早速受け取った柳葉は一息で飲み干すと、すぐにビールを再度注文した。
2杯目のビールを3分の1ほど飲み干し、やっとそのグラスを手から離してテーブルに置いた。
「やっぱ立花の事ですか」
柳葉がビールを飲む間、黙ってじっと遠くを見ていた副島に柳葉が聞いた。
その問いになんと答えるべきか悩んでいる間に、再度柳葉が口を開いた。
「なんか、チグハグな感じですよね」
柳葉のその言葉に、やはりお前も分かっていたかと視線を向ける副島。
すでに勝ち星3を上げている柳葉から見ても、やはり今のチーム状況は異常なのだろう。
先輩後輩に関わらず交友関係の広い柳葉ならば分かっていて当然か、とも思った。
「立花のピッチングに影響されて、中堅若手に力が入りすぎてますね」
「オーバーワークでもしてるのか?」
「いえ、そこまでは言いませんけど、このままだったら体力以前に気力が終盤まで持たないでしょうね」
「気力、ね……」
柳葉の言葉を副島は否定出来なかった。
プロ野球選手は常に大勢から見られる職業だ。
衆目環視の中で活躍して初めてプロ野球選手だと胸を張れる。
ベテランにもなればそういった感情との付き合い方も自然と上手くなっていくが、活躍の弱い中堅や若手が触発されても仕方のないことだった。
肩に力が入りすぎたプレイはエラーを誘発する。
さらに力の入れ方が悪いと怪我すらも引き起こす。
今のチーム状況において怪我をすれば、モチベーションの大幅低下も免れないだろう。
歯車は己の大きさを理解した上で回って初めて歯車として機能するのだ。
己自身を理解していない歯車など、チームからすれば邪魔な存在でしかない。
「俺はそろそろ部屋に戻るが、深酒するなよ」
「あれ、もう戻っちゃうんですか?」
「俺がここにいたらアイツらも羽を伸ばせないだろうしな」
「了解です。俺もプロなんでほどほどで帰りますよ」
まだろくに酔いは回っていないが、副島は席を立った。
柳葉の自分にツケておいてくれとバーテンダーに言うと、柳葉はグラスを少し上げて頭を下げた。
「すいません、ごちそうになります」
「明日もいいピッチングしてくれたらそれでチャラにするわ」
「じゃあ後10杯くらい山崎でも飲もうかな」
「ふんっ、二日酔いでグラウンドに来たら承知せんぞ」
「うーっす」
柳葉の軽い返答を聞いて、副島は背を向けてあるき始めたところで、歩みを止めた。
「おい柳葉」
「はい?」
背後から声を掛けられた柳葉がスツールを回転させて副島に視線を合わせる。
「明日、試合前に全体ミーティングを行う。登板前だがお前も出ろよ」
「そんなスケジュール入ってましたっけ」
「いや今決めた」
「んなまた思いつきで……」
早速頼んだ山崎20年物の水割りが入ったグラス片手に呆れた表情の柳葉だったが、副島から向けられた視線が真面目なものだと気づいてグラスをゆっくりとテーブルに置いた。
「お前も気づいているように、チームはチグハグだ。逸る中堅若手、打てない打線、気負う先発陣。少しでも何かが食い違えば俺らは潰れるだろう」
「……」
「だからこそ、立花がいない今、全体で再度認識を合わせる。俺もお前にもそれぞれに与えられた役割がある1つの歯車で、その歯車の存在理由を確かめる為にな」
副島はそう言うと、柳葉の反応をみる事無く背を向けてバーを後にした。
明日も明後日も試合はある。
有限なこのシーズン中の時間をどう使うのか。
ただ勝つだけではなく、勝つことの喜びをもう一度思い出させなければならない。
その為には、一部の選手達の力だけで成し遂げてはならないのだ。
勝利のメソッドを確立させる為に自分が何をすべきなのか。
副島は今日も自問自答する。
全ての責任の最終着地点であり、歯車でありながら歯車を動かす唯一の人間として。
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