第5話 ファルコンズの躍進

 2023年シーズンが開幕し、すでに3週間が経過した。

 ここまでの試合数は14。

 北九州ファルコンズはフラッグスとの開幕3ゲームを全て勝利し、勢いそのままに現時点で12勝2敗の貯金10で単独1位につけていた。


 躍進の原動力は、開幕戦で驚異のピッチングを披露した立花・真鍋バッテリーで、ここまでの成績は驚くものとなっている。

 立花 聡太

 登板数8 登板回数21回 防御率0.00 被安打2 奪三振32としていた。

 

 また、立花登板時にセットで捕手を務める真鍋のバッティングも好調で、本塁打こそ出ていないものの、新人らしからぬシュアなバッティングでヒットを量産。

 打席数がまだまだ少ないが、打率.421と打てて守れる捕手とすでに呼ばれていた。


 ファルコンズの勝利方程式はすでに完成形だと世間では言われている。

 7-8回までに1点でもしていれば、そのまま立花・真鍋バッテリーに交代。

 打者は成す術なく三振三振三振……。

 気合でバットに当てる打者も現れるが、ほとんどが苦し紛れのカットか、もしくはボテボテのゴロで凡退。


 なんとここまでの登板で、立花は一度も外野まで打球を飛ばしていなかった。


 日本中が湧いていた。

 いい意味でも、悪い意味でも。


 全国の野球ファンはその投球に様々な議論が繰り広げる。

 マスコミはいかにもカその強烈なキャラクター性と、ルーキーらしからぬ投球術。

 さらにはドラ1ドラ2がセットで登場するなどの話題性から毎日のように報道を繰り返す。

 北九州ファルコンズの本拠地である北九州poipoiドームは連日のように超満員を誇っていた。

 

 それにはある一幕が助長させたと言っていいだろう。


 開幕戦を勝利で終えたファルコンズ。

 当然、ヒーローインタビューには立花・真鍋が立つものだと誰もが思っていた。

 なんだったらチームもみなそう思っていた。

 だが、お立ち台に立ったのは、先発として0点に抑えた柳葉と捕手の真鍋だった。


「なんでお前がいるの?」


 柳葉が真鍋に言ったその声がマイクに乗ってしまい、予定時刻よりもかなり早く試合が終わった為にまだほとんどが残っていた観客たちも笑ってしまう。

 高校時代はあれほど周囲の期待を一心に背負い、捕手としてガッシリとした体格を持ち堂々としていたはずの真鍋が妙に縮こまっているように見えた。

 カメラでその姿が映されると、何やら小声で言われたらしい柳葉の呆れた表情と、ダラダラと汗を流しながらペコペコと頭を下げる真鍋が映された。


 ヒーローインタビューが始まる。

 インタビュアーは誰もが聞きたいであろう、それを口にした。


「開幕戦勝利おめでとうございます! ……ただ、予定では立花選手も来られる予定だったのでは?」

「いや、あの、その、ハハハ……」


 向けられたマイクに思わず少し仰け反ってしまう真鍋。

 新人ルーキーが開幕戦で出場し、そのままお立ち台にまで上がっているのだ。

 しかもこの日の真鍋は1打席1三振。

 本人からすればはっきり言ってマスクを被って立花のボールを受けていただけである。

 

 まさか自分がお立ち台に代役で立つなど考えてもいなかった為に、極度に緊張していた。


「真鍋、ええから言うてやれ」

「えっ、いいんスカ」

「かまわんかまわん。どうせ全部アイツが悪いんやから」


 両選手のそんなやり取りはバッチリマイクで拾われている。

 どういうこと?

 観客たちはこれから真鍋が言う事に俄然興味が湧いてきた。


「マジすか、あー……マジなんすね。わかりました、んじゃ俺が言いますよ。くそっアイツ後で覚えてろよ」


 不安になった真鍋がベンチを見ると、そこにはちょうどベンチから引き上げるところだった副島監督がいて、出ていく間際に真鍋へ向けて小さく右手を上げた。

 それで最終宣告を受けたと判断した真鍋は小さく文句を口にすると、観客たちに向けて口を開いた。


「えーっ、それじゃ言わせてもらいます。立花からの伝言です。

『球場にお越しのみなさんへ

 今日は勝ちました。明日以降も僕が投げたら勝つでしょう。

 しかし、ただ勝つだけでは僕の年俸は少しずつしか上がりません。

 大幅アップを取る為にはみなさんが球場に足を運び、せっせとチケット代を払わなければいけません。

 僕の給料のため、生活のために明日以降もチケットをせっせと買って球場にお越しください。

 そうすればみなさんは楽しい楽しいファルコンズゲームを観戦し、気持ちよく帰宅する事が出来るはずです』

 との事です……」


「アイツ頭イカレとるんか?」


 真鍋が言い終えると、横に立って聞いていた柳葉が思わず口に出してしまった。

 観客も、インタビュアーも、言っている真鍋でさえもそう思った。


「俺は先発としての仕事を全うし、明日以降も粛々と頑張らせて頂きたい所存です。みなさまの声援、本当にありがとうございました」

「ちょちょっ、柳葉さんなにもうインタビュー終わろうとしているんですか!」


 強引にインタビュアーからマイクを奪い取り、さっさと言い終えたそばからお立ち台を降りようとする柳葉を思わず止める真鍋。

 こんな地獄にルーキーの自分ひとりで立っていられるか!

 真鍋はしっかりと柳葉の腹に手を回して絶対に離さないぞと言わんばかりである。


「いや、だってお前一緒にいたら俺にまで火の粉飛んできそうじゃん。ヤダよ」

「俺だって嫌ですよ! これがニュースに流されたら……あっ! みなさんもう一度言いますが俺じゃないですからね!? 立花が言ったんですから!」

「いやお前が今言ったでしょ」

「ちょっとマジで勘弁してくださいって! 俺こんな他チームへの宣戦布告みたいなので注目されたくないですよ!」

「後で今晩のニュース見るわ(笑)」

「あ、あの……」

「はい!? なんです!? ……あ、すいません、インタビュー中でしたね……」


 寸劇のようなものを繰り広げる柳葉と真鍋に思わず声を掛けたインタビュアーに気づいて、真鍋のトーンは急速に落ちた。

 もはや汗が滝のように流れ出ており、柳葉はそんな真鍋を見て笑っている。


 俺らは一体何を見せられているんだ?

 こんなヒーローインタビューなんか今まであったか?


 観客たちは笑っていいのかどうか判断に困るくらいに奇妙なインタビューだった。


 その後は何とか落ち着きを取り戻したのか、淡々とインタビューが続く。

 柳葉に今日の登板のポイントをいくつか質問し答える。

 立花の登板についてはリードをしていた真鍋がポイントをいくつか答えた。


「あ、すいません、最後にもう一つだけ言わなきゃならない事があって……。いいですかね? いや僕は全然言いたくないんですけど」

「えっ! 立花選手の関係ですよね!? どうぞどうぞ!」


 インタビュアーからしたらこれほど奇妙奇天烈で、インタビューのし甲斐がある事も少ない。

 次に真鍋の口から何が飛び出るのか楽しくなってきていた。


「いや、実は柳葉さんに向けての事なんですけど……」

「立花から俺に?」

「はい、『約束・・忘れないでくださいね』って言ってました」

「あん? 約束ぅ? あー……ハハッ はいはい約束ね。あれ本気だったんだな」

「えぇ、『これだけの前で男と男の約束を取り付ければ間違いないだろう』って……」

「傲岸不遜もここまでいけば1つの才能だな。……よっしゃわかった」


 柳葉はそう言うと、インタビュアーからマイクを受け取り、カメラに向けて言った。


「立花聞いてるかぁー! お前との約束は俺がしかと受けた! その時になったらお前から俺に言ってこい! 先輩後輩としてだがな!」

「あの、宜しければ約束の内容をお聞きすることは……?」

「いえ、これは男と男の約束なので、公言は出来ません。聞きたかったら立花に直接聞いてください」


 インタビュアーからの質問にすげなく柳葉はそう言うと、記念撮影も待たずにお立ち台から降りてしまった。

 さすがにこれには真鍋もやむなしと思ったのか、それを止めない。

 今日は僕もヒーローじゃないんで。ちゃんとヒーローになったらまた立たせてください。

 真鍋もそう言ってお立ち台から降りてしまう。

 注目を浴びに浴びた北九州ファルコンズの開幕戦ヒーローインタビューはなんともグダグダの中で終えた。


 ちなみにこのヒーローインタビューは全国放送のニュースで何度も何度も放送された。

 しかもその殆どが編集なしのノーカット長尺のままだった。

 編集点が無かったというのもある。


 このインタビューは様々な議論を沸かせた。

 けしからんと怒り狂う者もあれば、柳葉が言うように傲岸不遜もここまで来れば1つの才能だと笑う者。

 ただ単純にもっとピッチングを見せてほしいと喜ぶ者。

 もっと言えもっともっとだ、とただただ煽る者など。



 負ければ徹底的に叩かれただろう。

 だが、ファルコンズはシーズン前の順位予想を覆すように連勝し、結局ホームでの開幕三連戦を全て勝利し、優勝候補であるフラッグスに3タテを食らわせたのである。


 先発陣が打ち込まれた試合で2敗したが、立花が登板すれば必ず勝った。

 早くも神様仏様立花様と呼ばれるほどに不敗神話が続いており、ホームゲームに関わらず、ビジターゲームでもファルコンズとの対戦では観客動員数が軒並み伸びていた。

 相手チームからすれば、なんとかしてでも7回までにリードを広げておかないと、立花が出てきてしまう。

 各チームのスカウト陣は躍起になって攻略法を見つけ出そうとすると、未だになんの手口も見つからず、ただただ黒星を増やし続けるだけだった。

 

 

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