第24話
それから流れるように時が進んでいき、あっという間に文化祭当日になった。
特に変わった様子もなく、早朝からメイド喫茶の準備を手伝わされていた。
「そこ飾り付け終わってないから急いで!」
「あと30分なのにまだ着替え終わってない!」
「ちょっとコップこれじゃ足りないんだけど!」
朝から慌ただしそうに走り回っている様子を傍から見ている程余裕があるわけもなく、絶賛パシられ中だった。
「ま……間に合ったァあ!」
歓喜の声が重なり合って教室に響く。開店2分前に全ての問題が片付き、何とかメイド喫茶をやれる所までは持っていった。
「何とか間に合いましたね」
「本当にギリギリだったな」
「ねぇこっち見て」
椅子に腰掛けて少しでも休息を取ろうと善処していると、凛祢に後ろから顔を
掴まれて首を九十度に曲げられた。
「痛い痛い」
「あ、ごめんなさい」
即離されたせいで引っ張られた反動でストンと首が戻り鈍い音がした。
「あんまり可愛くない……?」
「いや、全然そんなことない」
その格好でその台詞はさすがに破壊力が高い。普通に似合ってるし普段は制服着てる分黒燕とは逆のギャップを感じる。
あちこちに白いフリルがあしらわれていて女の子らしさが増し、綺麗というより可愛らしい印象を受ける。
首元のチョーカーや頭に付いた白い髪飾りまで拘りが感じられて総合的に見てもレベルが高い。
「なら可愛いの……?」
「凄く……お似合いです……」
「まあ及第点かな……っ」
お互いに恥ずかしくなり、耳まで熱を帯び始めた。
それからも落ち着かない様子でスカートの裾を掴んでチラチラ俺の方を見てくるので正直溜まったもんじゃない。
「なんだか羨ましいです。わたくしも感想言って貰えたら頑張れるんですけど」
「いつもと少し違う服のタイプで新鮮な感じがして凄くいいと思う……」
あざといなと思いつつもそのあざとさにまんまと負けたので思ってたことをそのまま言った。予想通りその後が気まずかった。
「おかえりなさいませご主人様」
「お、おかえりなさいませ……ご主人様」
次々に人が訪れてすぐさま行列ができた。手慣れた黒燕の後に凛祢が小さくか細い声で続く。
「とっても素敵です。自信を持ってください。せっかくの機会なんですから楽しんだ方が得ですよっ」
「そ、そうよね! 私がやりたいって言ったことだし仕事だものね!」
黒燕の言葉に励まされて吹っ切れたのか、それからは恥ずかしがる素振りも見せずに対応していった。自己暗示をかけて仕事という大義名分を手に入れたことがデカかったのかな。
「お、おかえりなさいませ……ご主人様……」
すっかり調子づいてきたところに響希と東雲が来たせいで冷静になり、今までの分の羞恥が一度に襲ってきたのか初めと同じ様子に戻ってしまった。
「おかえりなさいませ流転様! 響希くん!」
「二人とも似合ってるね? 響希」
「いいと思う」
それとは対照的に身内が会いに来てくれた喜びを隠そうともせず元気に出迎える黒燕の健気さたるや。
「ご注文はお決まりですか?」
「響希が決めていいよ」
二人とは別のメイドからメニュー表を手渡されると一通り目を通したあとに響希に回した。
「流転さんわざとだろ……っ」
恥ずかしくなるような品名を見て東雲の意図を察し、込み上げた怒りを抑え込んで指をさした。
「……じゃあこれで」
「ふわふわたまごのオムライスと火傷するくらい愛してね〜〜あつLOVEほっとみるくてぃ――」
「あ、それで大丈夫です」
男子がふざけて付けたような名前だけど以外にもメニュー名考えたのは全部女子なんだから驚きだ。
オムライスとミルクティーのネーミングの温度差が凄すぎて愛情なしでも火傷できるなこれ。
「お待たせしました。ふわふわたまごのオムライスと、火傷するくらい愛してね〜〜あつLOVEほっとなみるくてぃです!」
「それじゃいただきま——」
「それじゃ食べる前にオムライスに文字を書くのでご主人様達は書いて欲しい言葉とかあります?」
さっさと食べて帰ろうとしたところに待ったがかかった。
先程は響希に押し付けて回避したが今回ばかりは避けようがない。なんならこっちの方が恥ずかしいまである。
「と、特にないかな」
「お、オレも別に」
困惑した様子でちらちら俺に視線を送ってくるが俺にはどうしようもない。
なかなかないこの経験を楽しんで貰う為にも見て見ぬふりをさせて貰おうか。
「ならご主人様の名前を書かせて頂きますね。教えて貰ってもよろしいですか?」
「東雲流転」
「不撓響希」
「お二人とも珍しいお名前ですね。はいっできました!」
ものの1、2分で書き終えてようやく東雲達がスプーンを手にしたところでもう一度待ったがかかった。
「あっ待ってください! 食べる前に美味しくなるおまじないをするのでご主人様達も一緒にお願いします!」
東雲は響希と顔を見合わせて諦めた様子でスプーンをテーブルの上に戻した。
「美味しくなぁれっ萌え萌えきゅん! はいっ!」
「「美味しくなぁれっ萌え萌えきゅん!」」
「ありがとうございます! それではごゆっくりどうぞ〜」
決心が着いて張り切り過ぎたのか人一倍大きな声を発してしまった二人に注目が集まり、二人は必死に口と手だけを動かしてその場を立ち去っていった。
東雲でもあんな風にたじたじになることもあるんだなと、新しい一面を見れて少し得した気持ちになった。
隣では凛祢が大学生相手に接客をしている最中だった。
「連絡先交換しない?」
「できないです……」
いや、接客っていうかばりばりナンパだなこれ。
「なんで? あ、やってない? ならメールでもいいよ」
「うちの店はそういうの禁止なんで。相手の様子くらい伺って話せよ」
出ていく間際に舌打ちされたのは納得いかなかったが、兎に角何事もなくて良かった。
「大丈夫?」
「う、うん。私、やっぱり接客向いてないのかな」
まったく。せっかく慣れてきた凛祢のモチベーションを削ぐとはやってくれたな。
何とか頑張っている凛祢を応援したくて羞恥心を押し殺してフォローしてみたが、柄じゃない分後からツケが回ってきた。
「まあなんだ。ナンパされるってことはそれだけ魅力があったってことだから自信持ちなよ」
「気遣ってくれるんだ……ありがとね」
「どういたしまして」
そんな感情も彼女が微笑むだけでどうだってよくなるんだから恐ろしい。
全員のシフトが終わったのが12時過ぎ。腹が減ったので校内をぶらつきながら文化祭を堪能。
うちの店の食べ物は試食で何度か頂いたのでせっかくだから他の店のが食べたい。
「二人はなんか食べたいのある?」
「お二人に一任します」
「私はなんでも」
と言われて宛もなく彷徨っていると伽々里と先生がわたあめを口に頬張りながら歩いてきた。本物の教師ではなく板橋来人だ。
「伽々里来てくれてたんだ。それに先生も久しぶり」
「大事な日だからね」
「ちょっと斗賀さんお借りしますね」
何が起きたのか分からないまま、気付けば先生に人気のない場所に連れ込まれていた。
俺何か怒らせるようなことしたっけか。このままだと何されんだろ。
「なんであなたは他の女の子連れてるんですか? しかも二人も! 伊織のことお願いしましたよね!」
開始早々早口で捲し立てられて気が滅入る中、せめて正しい情報くらいは与えておかなければという使命感で反論する。
「待って、誤解だから。あの二人はそういうのじゃないし、なんならさっきは伽々里といい感じだったじゃん。青春ぽかったよ、あれ」
「伊織には斗賀さんしか居ないんです! 俺はただ誘われたからついてきただけで!」
「勝手にカップリングして強要するのは地雷だって知ってた? お前が伽々里といい感じならそれでいいだろうが」
「じゃあ伊織のこと嫌いなんですか!?」
「なんでそうなんだよ! 嫌いじゃないけどそういう話じゃないだろ!」
先生が食い下がるのでそのまま口論が続き、気付けば互いに息を切らしていた。
どんだけ俺と伽々里をくっつけたいのか知らないが、少し前までストーカーになるほど好きだった相手を押し付けるってどういう神経してるんだよ。
いや勿論今も好きな上で幸せを願ってのことなんだろうけど、俺のこと買いかぶり過ぎてて引く。
「はぁ……もう戻っていいか?」
「キリがなさそうなので戻りますか」
こうして先生の進路相談から解放された頃には時間も押してきていたので焼きそばを3人分買って体育館へ向かった。
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