第8話
それから一ヶ月が過ぎ、俺と鳴川はことあるごとに東雲の家を訪れていた。
作戦会議という名目でなかなか考えもまとまらず、いつの間にか茶菓子を食べて雑談してはみんなでボードゲームを始めてしまうようによく脱線してしまっているのが現状だ。
「わたくしもあがりです」
「黒燕はやすぎやしないか? 僕また負けそうなんだけど」
「こればっかりは運ですから幾ら流転様でも仕方ないです。次頑張りましょう」
「私もあがり——ってあーもうっ! なんですぐ脱線しちゃうの!」
いつの間にか自分までゲームに夢中になってしまっていたことに腹が立ったのか、大きな声で鳴川は不満を訴えた。
「みんなで遊ぶのは楽しいから仕方ないね。作戦会議って言ってもなかなかいい案なんて出ないし」
東雲の言っていることも一理ある。にしてもほぼ毎日俺らと遊んでいるが本当に無職なのかな、この人。
「と、斗賀くんの為に一緒に考えて……」
「俺は……」
俺はいいよ。そう言いかけて言葉を飲み込んだ。それを俺が言ってしまったら今までの鳴川がしてきたこと。鳴川の努力。俺達の関係性。その全てが壊れてしまう、なくなってしまうから。
だからそんなこと言えるはずがない。例えそれがとうの昔に受け入れてしまったことで、鳴川の願いが叶わぬものだとしても俺だけは否定しちゃいけない。
東雲が、黒燕が否定しようと俺だけは肯定してあげなければあまりに彼女が報われない。
「俺は……鳴川にこんなことしてもらってるんだし、やっぱりそれ放り出してボードゲームしてるのは良くないと思う」
「君だって人生ゲーム楽しんでたのに優等生ぶるのやめなよ」
「みんなで遊ぶのが楽しかったのは事実だ。でもやっぱり脱線してたのも事実だし、思い出したんだから辞めなきゃダメだと思う」
鳴川がまさにその通り! みたいな顔で何度も頷いている横で、東雲が駄々っ子のようにブンブン首を横に振っている。それをなだめる黒燕がいてすげーカオスだなあこの部屋。
「じゃあ気を取り直して作戦会議を再開するので案がある人は手を挙げて発表してください」
仕切り直して、再び作戦会議が始まった。
だが議題が議題なので幾ら考えても行動に移せるような案は見つからない。
最終的には自分達が人でないと知られてしまうから踏み出せない。
「はい、黒燕さん!」
「はい。先に素性を話してしまうのではなく、まずは皆様に人狼そのものにいいイメージを植え付けるというのはどうでしょうか?」
「というと?」
「例えばですが街のひったくり犯を捕まえたり、誰かの役にたって少しずつ悪い噂をいい噂で上書きしていくんです。そうすればきっと流転様のことも斗賀様のことも怖がらず受け入れてもらえるのではないでしょうか」
「なるほどね。いい考えだとは思うけど、まず最初に噂を流す人には自分が人狼だとバラすのかい? その人がそれを聞いて驚かない保証はどこにある? 偏見を持った差別的な人だった時は? それにそう簡単に近くで犯罪が起きてそれを僕達が解決できるとは限らない。変に動いて犯人を刺激したらどうする」
「それは……」
そう、最終的に自分達が人じゃないと打ち明けなければならない。
どんな作戦を考えようともこの問題は必ず付随する。東雲の言う通り、どんなにいいイメージを植え付けたって考え方が根本から変わらない人も居る。
「私からもいいですか?」
黒燕の案が東雲の正論にねじ伏せられたのを見て、鳴川が手を挙げた。
「いいけどやってみなきゃわからないとか言うわけじゃないよね?」
すかさず東雲は鳴川に圧をかけるが、少し動揺しつつも鳴川は言い返した。
皮肉なことに鳴川の考えは東雲が予想した通りのものだった。
「やってみないとわかんないでしょ……」
「鳴川、それじゃダメなんだ」
「君は人狼じゃないから、だからもしダメでもなんともないだろう。でも僕と彼はどうだ? 危険性のあるものは取り除かれる。人狼が人に溶け込み暮らしていると知れば、魔女狩りが始まり、見つけ出されれば彼らの平穏な暮らしはどうなる。そのとき君は責任が取れるのかい?」
鳴川の発言に東雲は普段見せない程の怒りを顕にして感情的に捲し立てた。
でもきっと、いつまで経ってもいい案が出ないことに焦りを感じ、実行せずに口先だけで成功するかしないかを判断してしまうのが辛かったんだ。
「言い過ぎだ東雲さん。そんなに捲し立てなくてもわかってると思うよ」
「ああすまない、少し頭に血が登っていた」
東雲はきっと自分の存在が公にされることが怖くて仕方がないんだ。
どうしようもなく怖いけど、それでも誰かに認めて欲しいから、心の中では隠さずに暮らしたいと思っているから鳴川の誘いを断らなかったんだと思う。
他にも数人執事やメイドが居るのにも関わらず黒燕のみが、東雲について教えられているのは東雲が唯一信用しているのが黒燕だからだ。
「じゃあさ、いっそ範囲を狭めて自分の周りだけにしてみるのはどうかな。大人の考えはそう簡単に変わらないだろうけど、同じクラスの奴とかならきっかけがあれば悪いイメージもなくなるんじゃないかな。もしもの話をしてイメージを確認するだけでも」
「それならいいですか……?」
「絶対に今は自分がそうだってばらさないならいいよ」
「斗賀くんがんばって」
「あ、ああ」
翌日さっそくクラスメイトの人狼に対しての感想を聞き出すことにした。
正体をバラすことなくイメージを調査できるのでメリットは大きいだろうが、まあいいイメージ持ってる奴なんて居ないだろうから精神的なダメージはありそうだ。
「な、なあ鈴木」
「どうした斗賀、なんか用か?」
大きく深呼吸してから話を切り出す。
鳴川達以外とこういう話をするのは初めてで妙に緊張する。
「突然だけど人狼、狼男ってどう思う?」
「なんだよ突然? まあいないと思うけど」
「い、居たとしたらの話を聞きたいんだよ」
「変なやつだな? 別によくも思わないし悪くも思わねぇよ。物語の中に出てくるのは悪い奴が多いけどさ、この世界の狼男が悪い奴だとは限らないしな。ま、いい奴だったら仲良くなりたいかもな」
「ってなんで斗賀が泣いてんだよ!?」
「え? ホントだ。あれ、おかしいな……」
気が付くと涙が頬を濡らしていた。今こうして仲良くしている鈴木もきっと、俺の正体を知れば仲良く出来ないと思っていたし、人狼という種に対して理解して貰えないだろうと思っていた。
本当に居たと知ればまた考えは変わってしまうかもしれない。それでもまさか自分から仲良くなりたい気持ちがあったんだ。
その言葉ひとつで救われた気がして涙が溢れて止まらなくなった。
「もう泣き止んだか? じゃあ俺そろそろ部活行くからまたな!」
結局鈴木は俺が泣き止むまで傍にいてくれた。正直鈴木がここまでいい奴だなんて知らなかった。
そう言えば皆が鳴川を嘘つきと呼んでいたときも鈴木は鳴川に対してなにも悪口を言わなかった。それどころか積極的に別の話題を提供し注意を引こうとしていた。
もちろんみんなが皆鈴木のような考え方を持っているかはわからない。持っていれば去年の今頃、皆で鳴川を責めるようなことは起きなかっただろう。
でもきっと理解してくれないと高を括り、同じクラスの仲間のことすら理解しようとしていなかった俺にも問題があったのだ。
「斗賀くんっ!」
遠くから見ていた鳴川が、満面の笑みで歩み寄ってくる。
俺も少しだけ目標に向かって前進した気がして嬉しくなった。
続けて男女数人ずつにも同じ質問をした。
しかし、去年流れた噂を知っている生徒は、俺の前で人狼という存在をめちゃくちゃに罵り否定した。わかっていたことだった。
みんなが理解してくれないなんてそんなことは分かりきってたはずなのに……。
なのに悲しくて悔しくて仕方がなかった。
まるで存在そのものが生まれてきちゃいけなかったんだと言われたようなそんな気持ちだった。
悪いのはそいつだけなのに、俺はまっとうに人と同じように暮らしているのに。
人も襲わないし食べない、なんら人と変わらない存在なのに。
「その、ごめんね……こんなこと提案して、傷付けちゃった……」
太陽が沈み、紅く染った夕暮れの帰り道、酷く辛そうな面持ちで鳴川は俺に謝罪した。
俺達はいつだって不器用だ。そうしたってしょうがないんだってわかっていてもそれ以外にできることが見つけられない。
「鳴川が謝ることじゃないでしょ。最終的に決めたのも行動したのも俺自身だ。でもさ鳴川。俺、悔しくてしょうがないんだよ。俺は完璧な人間じゃないから本当のこと隠して死ぬまで生きていかないといけないのかもしれない。人とは違うから人が恐れ、忌み嫌うのも仕方のないことかもしれない。でも俺は知って欲しい。認めて欲しい。俺と同じ気持ちでいる奴の為にも俺の為にも」
「私も、周りの誰より人間らしく苦悩して葛藤を抱えて生きてる斗賀くんが、どうしてみんなから嫌われないといけないのかわかんない」
かつて誰かがここまで俺を人として認めてくれたことなんてあっただろうか。
でもどこか懐かしい感覚だ。どんなに貶され傷付こうと、いつも鳴川は俺を肯定してくれる。でもなんの為に?
俺と鳴川は一か月と少し前までただのクラスメイトだったはずじゃないか。
どう考えても理由が思い付かない。
一か月前に秘密を打ち明けたから仕方なく? いや違う、他言さえしなければ別に干渉してくれなくたってよかった。
鳴川が優しいから? それも違う。優しいのはたしかだけど明らかにそれだけが理由なはずがない。リスクを負ってまでこんな面倒ごとに関わろうとなんてしない。
「前からずっと聞きたかったんだけど、鳴川はどうして俺の為にそこまでしてくれるの?」
「家に着いてからでいい?」
「俺の家? それとも東雲さんの?」
「……ううん、私の」
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