第7話

 その翌日、伽々里に指定されたファミレスの席に座って来人を待った。


 伽々里は来人の死角となる席からこちらを監視する形で俺と来人の様子を伺っている。


「斗賀さん、お久しぶりです。話ってなんですか?」


 数分も経たずに板橋来人は俺の前に現れた。制服姿の来人はこの前の怪しさ全開のコーデと違い、清潔感が増して見ているだけで眩しい。


「久しぶり」

「お久しぶりです」

「早速でごめん。来人、俺は先週嘘をついてお前を傷付けた。そのことを謝りに来たんだ、悪かった」

「頭をあげてください斗賀さん。それから……ちゃんと話を聞かせてください」


 伽々里に自信満々で失敗させないなんて言った癖にいざ来人を目の前にしたらこのザマだ。つくづく俺という存在に嫌気が差す。


「順を追って話すよ」

「ありがとうございます」


 来人は母親が子供に諭すかのように優しく受け答える。


「俺と伽々里はそもそも付き合ってなんか居ないんだ」

「はい、最初から知ってます」

「じゃあどうして諦めて帰ったんだよ。わかってたんならなんで俺なんかに言われっぱなしになってたんだよ」


 俺の演技に自信があったわけじゃないが、来人が信じているという自信はあった。

 以前疑われた時も理由をつけて否定し、それに納得した素振りも見せていたのに。


「だって伊織はともかく斗賀さんは凄いぎこちなかったですし。でも斗賀さんが伊織の彼氏だろうとなかろうと何にも変わらないですよ。この人の言ってることは正しい、この人には勝てないなって。

彼女に相応しいのは俺じゃなくてきっとこの人だって俺が勝手に感じただけです。それに斗賀さんの言葉も凄く胸に刺さりました。

いつまでも諦めがつかない俺にあなたがああ言ってくれたから、こんなことしてる自分が情けなくなって申し訳なくって。

でも今はとても気持ちが楽で。きっと叱ってくれる人が欲しかったんだと思います。

それに今まで伊織に嫌な思いさせたのに今更どの面下げてそんなこと言えるんですか」

「でも俺は来人に嘘をついて騙そうとした」


 俺より遥かに来人の方が大人だ。来人にここまで言わせてもなお食い下がる。これじゃまるで俺が諦めの悪い子供のようで情けない。


「それはお互い様でしょ? まず僕が傷付くのも嘘をつかれるのも散々諦めきれずに彼女にしつこくつきまとった故の自業自得です。

伊織ちゃんは俺のせいで斗賀さんに虚偽のデートを頼みました。斗賀さんは善意でそれを受けてしまい、彼女が望んだようにやり遂げた。三人の行動が絡み合って成された結果ですが引き金となったのは僕で、この中で悪いのも俺なんです。だから斗賀さんはそんなに思い悩まなくていいんですよ」

「たしかにそう考えると来人が悪いかも」


 来人と話しているうちに今までの自分の考えが馬鹿らしくなって、曇りかけていた心を吹き飛ばすかのように盛大に笑った。


 来人は罪を被るのが上手い。俺が散々してきたやり方は悪手でしかなかったが、俺と来人とでは明らかに違う。


 誰の為に悪役になるか。俺の場合は単に自分がその方が楽だからそうしたかった、そうなりたかったっていうエゴだ。


 でも来人は俺のためにそう言ってくれた。もうひとつは事実かどうか。俺は弱い。だから俺の落ち度を探し、それを盾にしようとした。


 でも来人は自分の罪を理解し、自らを守ることを放棄して甘んじて罰を受け入れようとした。だから俺は来人の優しさに甘え、自虐に便乗することを選んだ。


 こんな言い方をすると来人を立てすぎな気もするので簡潔に言う。俺が自己中なメンヘラで来人が頭のいい奴ってことだ。


「悩みがあれば一人で考えるのは辞めませんか? 俺もこの前斗賀さんに泣きながら感情を吐露したとき、伊織を好きになってからの数年で一番心が楽になったんです。斗賀さんも一人で思い悩んでたんでしょう?」

「強いな。実を言うと馬鹿みたいに一人で思い悩んでた」


 一人で答えを出さなきゃいけないとき、人に答えを聞けないときも勿論ある。

 でも一人で抱え込むのは不安や罪悪感を増幅させてしまうだろう。


 鳴川に打ち明けるまでの俺は、人一倍他人に俺の存在を知られることを恐れていた。


 だが今となってはそのことを知っている仲間が三人も居る。秘密を共有出来る仲間が居ることが、どれ程自信に繋がっているかを俺は知っていたはずなのに。


「なあ、来人のこと先生って呼んでもいい?」

「別に構いませんけど何故ですか? もしかして反面教師ってことだったり……」

「違う違う。先生と話してると色々気付かされるからかな。まっ愛称だよ先生っ」


 先生は少し照れたような困り顔を見せて笑い、それにつられて俺も笑う。


「あ、それとさっき先生が言ってた事だけど、俺と伽々里の間に恋愛感情はないからな」

「斗賀さんの方は知りませんけど、少なくとも伊織の方にはあると思いますよ。自分で言うのもあれだけどそれでなきゃ俺のこと秒で振りませんし、仮でも彼氏役に選びませんよ」


 確かに自分で言うなとは思うが、俺も何故伽々里が先生の告白を断ったのかが不明瞭だった。


  偽彼氏候補も伽々里は消去法だと言っていたけれど、たしかに言われてみればそうだったのかもしれない。


「伊織もこっち来て話さない?」


 あ、伽々里が居ることバレてたんだ。

 先生に名前を呼ばれた瞬間、伽々里の体がビクリと跳ねた。


 まるで授業中に寝ているところを教師に当てられたような驚きっぷりだ。

 というかこの状況って伽々里めちゃくちゃ被害者だし、先生普通に鬼でしょ。


「……バレてたんだ」


 どうやら諦めたらしく大人しく席を移動して、先生の尋問を受けるつもりらしい。


「まず先に。ずっと迷惑かけてごめんなさい。もう言い訳したりしない、伊織には沢山迷惑もかけたし嫌な思いもさせた。本当はこうして君と居る資格すらないけど謝ることしかできないから」


「……本当のこと言うとボクは板橋くんのことあんまり恨めない。前に自分に置きかえて考えてみたことがあった。もし好きな人に告白しても見向きもされなかったら、きっと辛くて悲しくて悔しくて絶対諦めきれない。でも好きになるのって別に誰かが悪いわけじゃなくて、諦めきれないのもどうしようもないことで。だからボクはあなたを責める気になんかなれないよ」


 何故か涙を流していたのは来人ではなく、伽々里の方だった。

 それに釣られて俺も泣きそうになるのをグッと堪える。


「優しすぎだよ、こんな奴縁切られたって通報されたって文句言えないのに……ありがとう」

「うん」

「謝ったあとに言うことじゃないけど、友達として君の傍に居ちゃダメかな?」

「だめ」

「そうだよね、ごめん」

「嘘、いいよ」


 涙混じりの伽々里が見せた笑顔はいつもより数段と輝いて見えた。

 来人は俺と違って強いからきっと今度は伽々里を守れる側になれると思う。


「はいこれで涙拭いて。ちょっとしんみりした空気になっちゃいましたね、なんか頼みましょうか。すみませーん!」


 それから数十分、しんみりとした空気はすっかり消えて再び先程の話へと戻ろうとしていた。


「伊織は斗賀さんのこと好き?」

「うん……まあ」


 これでは俺も恥ずか死にそうだ、面と向かって言われると破壊力が違う。


 普段見せないレベルで紅潮した顔で一言だけそう呟いたのを見て、流石の先生も可哀想だと思ったのか問い詰めるのをやめた。


 KOされるのがいささかはやすぎるが、質問が質問なのでしょうがない。


 でも俺はラブコメ主人公のように鈍感ではないので結構恥ずかしい。

 勘弁してはつまり、


「好きなんて恥ずかしくて言えるわけないじゃん!」


 と、同義語だからして実質告られたみたいなもんだ。

 という所まで想定して今から対応を考えて置くべきだろうか。

 それとも妄想が激しすぎるだろうか。


「恋愛感情での好きってこと?」

「恋愛脳拗らせすぎじゃない? ボクと久遠はそういうのじゃないから」


 うん、そりゃそうだ。先生が言うことを過信し過ぎていた節があるな。


 以後先生の恋愛に関しての話は偏見マシマシのネットのまとめ記事レベルの信憑性しかないと記憶しておこう。一人で盛り上がって嗚呼恥ずかし。


「ごめんね。でも俺、二人のこと応援してるから頑張って!」

「数秒前の話くらいは覚えてて欲しいんだけど……」

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