第5話
「あーそれで君たちウチの前に居たんだ。不審者かと思って危うく通報するとこだった」
「すみません……」
不審者と間違われた俺と鳴川は主様ことこの家の主、
東雲は紅茶を一口すすり、口を開く。
「単刀直入に聞くけどさ、君たちの話って何?」
一瞬にして目付きが変わる。今から俺が話す内容を東雲は既に理解し、その上で話すか話さないかを問われているような緊迫感。
どうする、一度お茶を濁すか? だが後回しにしたところで結果は変わらない。それならイチかバチか賭けるしかない。
「俺も単刀直入に聞きます。あなたって人狼ですか?」
鳴川があたふたと慌て始め、俺は東雲の様子を伺いながら息を飲む。しかし東雲は目は笑わないまま腹を抱えて笑った。
「あははっ……君、面白いこと言うね」
「いえ、俺は至って真面目ですけど」
「それは失敬。でも僕だけが質問に答えるのは不平等だ。質問に答えた後に僕からもさせてもらうよ、君は人狼かってね」
くそ、だが確かに東雲の言っていることは的を得ている。こちらがなにか求める場合、こちらも相応のなにかを差し出す必要があるのは至極当然の話だ。
対してこっちは東雲が人狼である確たる証拠はない、ただの予想だ。
もちろんヒントがないわけじゃない。メイドとの会話で人狼という単語を出した時の豹変ぶりといい、人が良さそうに見えながらも常に俺達を疑い、殺気を放っている。
俺が何をしにここへ来たかを察したのも、東雲の勘の良さも人狼として生まれ持った野生の勘によるものだと考えられる。
仮に人狼じゃないにしたって目撃情報もあるんだ、なにかしらの関係はあるはずだ。
そこまで俺が推理しているのを読んだ上で、この男は交換条件を持ちかけた。
とするとここで俺が質問を取り下げたら東雲は無条件で俺が人狼であると確信するだろう。だめだ詰んでいる。
「やっぱりやめとくかい?」
「いや、それで結構です」
東雲が人狼だった場合、俺も東雲も同じだけのリスクを負う。
なにも俺だけが劣勢になるわけじゃないのだから続ける以外に選択肢はない。
「はあ……しょうがないな、正解だよ」
「そして問おう、君は人狼かい?」
「ええそうですよ」
よし、東雲が本当のことを言っているかはわからないにしてもそれはあちらも同じこと。ひとまずこれで俺と東雲の状況は五分だ、さてここからどうするのかが問題だ。
「即答か。なーんだ僕と同じじゃないか!で終わればいいんだけど、他にもここに来た理由があるんでしょ?」
「後のことは鳴川に任せます」
「一番大事なところは女の子に任せるの?」
「俺は彼女の付き添いなんで」
東雲は驚いたようにそう言ったが、鳴川は俺なんかよりよっぽど芯が強い。既に覚悟は出来ているはずだ。
「私は私が調べて人狼は危ない存在じゃないよってみんなに証明して斗賀くんに恩返したいだけ……!」
鳴川の横顔を見て、不意に先程の言葉が頭をよぎった。中途半端なんて言って悪かった、鳴川がどれだけ真剣だったのかが今分かった。
でもなんで俺の為にそこまでしてくれるんだよ。
「私達と協力して人狼とか関係なく暮らしていける為に協力して欲しいんです」
「あは……無理無理そんなの。認知すらされてないのに公表なんて、バレたら迫害されかねない。僕達が普通に暮らすには黙ってるしかないんだよ」
東雲には当然響かなかった。鳴川の言葉は呆気なく否定され、それを否定できないことや、内心東雲と同じことを思っていた俺が悔しくて憎い。
「——だからこそです! あなたは良い人かわからないですけど……斗賀くんみたいに優しい人がずっと隠し事したままなんてそんなの可哀想です。みんな本当のこと知らないのに悪口ばっかり言って、ちっともわかってない!」
鳴川は負けじと食い下がった、鳴川の言葉の一つ一つが胸を抉る。
彼女はここまで俺を肯定してくれるのに、なのにどうして俺がそれを否定してるんだよ。どうして素直にありがとうって言ってやれなかったんだよ……。
「君は優しいんだね。でも君人狼じゃないでしょ? どうしてそこまでするのさ、彼が好きだから?」
「違……そういうのじゃなくて……これはそう、恩返しです」
恩返し、鳴川が毎度この言葉を使う度にどこか引っかかる。
確かにトラックの衝突から守ったのは事実だが、それはもう何度も礼を言われている。
それと俺はもう気にするなと言い、それに対して鳴川は頷いたんだ。
他にここまでの恩返しをされるようなことをした覚えはない。
「……それであなたは協力してくれるんですか?」
「かわりに君は何を差し出すのかな?」
「協力なんですからそんなのないです。かわりにあなたがピンチになったら全力で助けます。ですから私達がピンチになっても助けてください!」
「あははっいいよ。じゃあ結ぼうか、その契約」
なんとか折れてくれたようだが本当に信用してもいいんだろうか。
この男を信用すれば使うだけ使われて捨てられそうなタイプというか、まあ全部俺の偏見だからなんとも言えないがこの先が不安だ。
「ありがとうございます」
対して鳴川は、そんなこと全く気にしていないように嬉しそうに東雲に礼を言い、握手を交わしている。やっぱり鳴川はすごいな、その素直さが裏目に出なければいいが。
「ならまずは自己紹介でもしようよ、協力するからには君たちのことを知らなくちゃならない。紅茶でも飲みながら気楽に話そう」
確かに自己紹介は大事だ。協力関係を結んだとはいえ口約束に過ぎないし、お互いがお互いを知らな過ぎる。
多少なりとも互いをある程度理解し把握しておく必要がある。
てかこれ誰か行かなきゃ始まらない奴だ。
「誰から始めるの?」
鳴川よく言った、偉い。
「じゃあ人狼の少年、君からしてくれる? 黒燕、君もおいで」
えぇ俺からかよ、普通こういうのは言い出しっぺから言うものではないか。
「……承知しました。流転様」
先刻俺達を門前払いしたメイドだ。俺達と仲良くするのが不服なのだろうか、曇り顔で微かな声で反応する。
「斗賀久遠です。高2の17歳で好き嫌いは特にありません」
東雲はこちらを一瞥、再び視線を元に戻すと口を開く。
「えっそれでおしまい?」
「はい。他に特にないので」
「まあいいや。そのまま時計回りで行こう」
「鳴川凛祢って言います。最近は猫とか動物の動画見るのにハマってます」
へぇー、鳴川動物好きなんだ。まあだから人狼を肯定してるってことはないんだろうが捨て猫とかに優しくしてるのは容易に想像がつくな。
「いいねいいね、じゃあ次黒燕」
「
早口でそう述べ、また雑務に戻ろうとするところを東雲に止められた。
露骨に敵対視されてるみたいだ。
「黒燕、僕が決めたことだ。仲良くしてあげて欲しいな」
「も、申し訳ございません、流転様。でも部屋に上がるなりあのような言葉、流転様を敵対視しているようでしたので」
「僕のために怒ってたんだね、ありがとう。僕は気にしてないから黒燕にも二人と親交を深めて欲しいな」
「はい。流転様がそこまで仰るなら……」
だいぶメイドの扱いが手馴れてるみたいだが、なんだか二人の会話は胸焼けしそうだ。
「お二人共失礼致しました。わたくしも同じ学年ですので気軽に話しかけてくださいね……? 今更そんなこと言うのは都合が良過ぎますよね……ごめんなさい」
「いや、気にしてないよ。確かに俺らが常識なかったし、そんな思い詰めないで」
「こっちこそごめんね黒尾さん」
「斗賀様に鳴川様、わたくしなどにフォローまでして頂いて……! 黒尾だと呼びづらいですし黒燕とお呼びください……お願いします」
なんだか彼女、自己評価が低いというか、自虐的というか大変話しずらい。
せっかく綺麗な顔をしてるんだから自信持てばいいのにな。
「同い年なのに様とか敬語だとなんだかむず痒いから気楽に話そうよ」
「鳴川ちゃんに斗賀くん……?」
「うん、だいぶ良くなった」
「やっぱり慣れません!」
「あはは……まあ少しずつ頑張ろう」
玄関で最初に話した時は冷たい印象を受けたが、話していくうちに徐々に俺らとなんら変わらない年相応の女の子だという事がわかった。
少しネガティブな面や気難しい部分はあるが、少しでも打ち解けることが出きたなら自己紹介に意味はあったはずだ。
「黒燕と仲良くなったのは嬉しいんだけど、まだ僕の自己紹介が済んでないこと忘れてない?」
「……あ。どうぞ」
やっぱり忘れてたじゃないか。と不満をもらしながら東雲の自己紹介が始まった。だって最初に軽く名前とか教えてもらったから終わったと思ってたんだもの。
「東雲家三代目当主の東雲流転。22歳のぴちぴちの好青年だよ」
「東雲家って、聞いたことないですけど何か凄いところなんですか?」
確かにこの敷地の面積を見ればただの金持ちでないことくらいはわかる。
それに三代目当主って言うのも気にかかる。
「後半のくだりはスルーか……。まあいい、村雨神社って近くにあるだろう、そこの伽々里様に拾ってもらったなんてことのない人のなり損ないが、伽々里様のお力で栄えただけの話だよ」
「伽々里様ってなんですか」
「今はもう亡くなってしまったが素晴らしい巫女様でね。死者の口寄せや神通力、触れるだけで傷や病を治し、持ち前のカリスマ性と慈悲深い精神で皆を正しい道へ導く道標のような人だったと聞いている。僕自身幼いときに少し会ったことがある程度だけど、伽々里様の子孫の伊織様だったかな、丁度君たちと同じくらいだったと思うけど」
やっぱり苗字が被っただけじゃなかったんだ。伽々里がそんなに凄いとこの子孫だったなんて、全く自分について話さなかったので一切知らなかった。
「へぇ、そうなんですね」
鳴川も同調するようにコクコクと首を縦に振る。
俺はたった今、知らない振りをした。昨日伽々里と気まずい別れ方をしたのもあって伽々里のことを考えると胸が痛んでしまうから。やっぱり俺って弱いな。
「今日はありがとうございました」
そのあとは暫く四人で雑談をして帰ることになった。
「あの……またここに来たらダメですか……?」
「今日は自己紹介しただけだし次回からが大切だ。それに君たちは黒燕の友達だし、僕は基本ここに居るからいつでもおいで」
東雲も当初の信用ならないイメージからは少し外れ、冗談好きのぼんぼんニートというレッテルが貼られつつある。
「斗賀様、鳴川様、またのお越しお待ちしています」
「黒燕もまたな」
そして俺と鳴川は二人に見送られながら屋敷を後にした。
同じ狼男との協力関係、不安要素は山ほどあるが思ってたよりは悪くないかもしれないな。
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