第10話

「最近この辺りで誘拐事件が流行っているらしいのでなるべく一人で遅くまで出歩かないようにしてください」

「あ、ネットニュースで見たわ! 人狼って名乗ってる不審者!」


「えーまた人狼かよ」

「前に捕まったんじゃなかったっけ?」

「自分で人狼名乗るとか痛すぎだろ」

「はいじゃあホームルーム終わりますが、お前ら気を付けて帰れよ」


 この辺りに密集して人狼が暮らしているとも思い難いが、愉快犯だとしたって気分のいいものじゃない。


「おーい」


 校門の前で凛祢の姿を見つけ、声を掛けると丁度フードで顔を覆った男に話しかけられているところだった。


 いかにも怪しいがどこか初めてあったときの来人に近しいものを感じる。


「知り合い?」

「ううん知らない人、道聞かれてそれで」

「凄い怪しかったね、なんか変なことされてない?」


「されてないけど最近過保護になった?」

「そんなつもりはないけど」

「そっか」


 ホームルームのときの話もあって少し心配になって捲し立ててしまったけど、あんまり露骨に心配すると今みたいな勘違いを生みかねないな。


「そうだ、東雲さんに俺の記憶が戻ったこと伝えに行こうと思ってさ。これから空いてる?」

「うん、空いてるけど」


 先程のフードの男が少し気がかりだったが、特になにかされたわけでもないので一度忘れて東雲の家へ向かった。


「ってなわけで、凛祢のおかげで無事記憶を思い出すことができた。二人には直接関係あることじゃないけど一応伝えとこうと思って」

「わぁそれは良かったですね!」


 黒燕はまるで自分のことかのように嬉しそうに喜び、何故か凛祢の手をとって微笑んでいる。


 それと比べて東雲は本題である記憶の復活に関しての反応は薄く、何故か別のことに対して興味を示しているようだ。


「良かったね。まあ色々気になることはあるけれどもそれは一度置いといて」

「男女が急に下の名前で呼び合うようになるのには色々と理由があるけど、君達もしかして付き合っ……」

「「昔そう呼んでたから!」」


 俺と凛祢は揃って反論したが、東雲はいつものようにつかみどころのない笑みを浮かべて紅茶を啜る。


 急に聞きたいことがあるというからなにかと思えば、あの流れでナチュラルにそんな質問をかましてくるとは本当に油断も隙もない。


「あはは、黒燕や君達は本当にからかいがいがあって飽きないね。あー若いって羨ましい」

「東雲さんもまだ若いでしょ?」

「まあそうだけどさっ、ねっ?」


 適当に相槌をうって流すと少し寂しそうにしょげた。

 それを気にする様子もなく俺は質問を振った。


「そう言えば東雲さん、ここら辺で最近人狼を名乗ってる不審者が出るって噂を聞いたんだけどなにか知ってる?」


 情報元のはっきりしない話だが、人狼関連ともなればなにか知ってるかもしれない。


「ああ、その話か。聞いたことはあるけど詳しくは知らないな。たしか一年前にも同じような噂があったっけか」

「たぶん、犯人は一年前と同一人物だと思う……」

「そうか、犯人に腹が立つ気持ちも分かるが二人とも深入りしないように。今日はもう帰った方がいいかもね」


 いつの間にか東雲は初めてここで話したときに似た顔つきになっていた。

 ここ最近は笑った顔ばかり見ていたがこんなおっかない顔もできるんだったっけ。


「分かった、凛祢は責任をもって俺が家まで送る」

「そうしてくれると助かる。彼女は無理だが君は最悪戦うことができるからね」


 そうだ、たとえ例の不審者が現れても俺がいれば凛祢を守ることができる。

 いざと言うときは俺が守ってやらないと。


「そのさ、凛祢は犯人についてどう思う?」


 凛祢を家へと送る途中、ふと気になったことを声に出す。


「キレそうだよ。せっかく人狼のイメージアップの為に頑張ってるのにまた振り出しに戻っちゃった気がするから」


 それで腹が立つのは俺だって同じだ。けど自分だって1年前の噂が原因で狼少女なんて呼ばれたりしたのにそっちには怒ってないんだろうか。


「俺は凛祢を苦しめる原因を作ったことに腹が立つけど」

「あ、ありがと、じゃあまた明日ね……!」

「ま、また明日!」


 キザだったかな、思ったこと口に出しただけだけど恥ずかしい。どうして凛祢のことになるとこうも恥ずかしいことを。

  思春期か……思春期だったな。


「おはよう」

「あ、あなたは昨日の」

「きゃっ……やだ離して……だれか助けて……んん……っ」

「大人しくしてろ」



『明日朝迎えに行こうか』

『朝は他の人もいるし一人で行けるよ。久遠くん朝弱いから無理しないで』

『べつに弱くはないがわかったよ』


「またチャット開いたまま寝てたのか、充電が……」


 気付くと凛祢とチャットをしていたはずが、既に夜は明け太陽の光が部屋に射し込んでいた。


『やっぱり迎えに行くよ』


 携帯の画面を見て思わず溜め息が漏れる。送ろうか悩んでいるうちに送信できないまま朝を迎えていただなんて、俺の意気地無しめ。


 いつまでもうじうじしている時間はないので明日は誘ってやろうと心に決め、家を出た。


「あれ、凛祢はまだ来てないんだ。もう登校時間過ぎてるのに」


 いつも通りクラスへ入ると普段ならとうに登校している時間なのに凛祢の姿が見当たらない。まあ女子だし朝は忙しくても不思議じゃないんだろうが。


「あーおい斗賀、鳴川から何か聞いてないか? お前よく鳴川と一緒に居るだろ」

「先生にも連絡ないんですか? 俺も返事なくて」


 気が付けば凛祢が来ないまま帰りのホームルームが過ぎていた。

 体調を崩しているのかもしれない、一人暮らしだし動けない可能性も。


「ちょっと今から様子見てきます」

「あ、おう頼んだぞ」


 学校を飛び出して凛祢の家に向かった。風邪を引いただけなのかもしれないし、たまたま携帯が壊れていたのかもしれない。それでも何もせずにはいられなかった。


 ——ピンポーンピンポンピンポン。

 何度押しても反応はなく、押す度にインターホンの音だけが虚しく響く。


 たぶん家には居ない、だとしたら今凛祢はどこに居るんだろう。

 公園? いや今は違う。俺の家? それもない。可能性があるとしたら東雲のところか。とりあえず東雲に電話を。


『はい、東雲流転ですが』


「東雲さん、凛祢そっちに行ってない?」


『ああ君か。いや、来てないけどなにかあったのかい?』


「今日学校に行っても来てないから連絡してみたんだけど返事どころか既読すら付かない。電話も繋がんないから家まで来たんだけど家にも居ないみたいで」


『少し心配しすぎな気もするが、もしなにかあればまずは落ち着いて警察か僕のところへ来てくれ』


「ああ、わかった。ありがとう東雲さん」


 東雲のところでもないとすると一体何処へ行っちまったんだ。

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