第11話
私は見知らぬ場所で目を覚ました。
「目覚めたみたいだな。巻き込んで悪いとは思ってるが利用されてくれないか?」
「何が目的なの……? お金ならないけど……」
目が覚めて自らの置かれた状況を把握し、身震いが止まらなくなった。
一体何の為に私なんか誘拐したんだろう。
「そんなことどうでもいい。それにお前に危害を加えるつもりもない」
誘拐しておいて危害を加えるつもりはないなんて虫がいいにも程がある。
それにこんなことされたらきっと久遠くんも東雲さんも黒燕さんにも心配をかけることになる。はやく何とかして逃げ出さないと。
「信用出来るわけないでしょ!」
「腹減ってるだろ? おにぎりとか菓子パンとか色々買ってきたから好きなの選べよ」
「ちょっと! 話聞いてるの!?」
「じゃあ食べながら話さないか? 大丈夫、毒なんて入れてない。寝てるときお腹ぐぅぐぅ鳴ってたぞ、ほらどれがいい?」
私がなにか言っても簡単に相手のペースに乗せられてしまう。
見た感じおにぎりもコンビニのものだし一度開けたような痕跡もない。
あの人も普通に食べてるしお腹が空いているのは事実だけど、こんな得体もしれない人から貰った食べ物を口にしていいのかしら。
——ぐぅううう。
「あ……やっぱおにぎりください」
背に腹は変えられなかった。ん、本当に何も入ってない。
「何も入ってないでしょ?」
「具も入ってないんだけど。どれがいいって言った癖に塩むすびしかないのね」
「悪い。味の好みがわかんなかったから」
味の好みが分かんないなら何個か違う味のを買えばよかったんじゃないかと疑問に思う。けどそんなことよりもこの状況の方が先決だ。
「それより——」
「じゃあそろそろ話そうか、オレの目的を」
「うん」
「あんたと同じ高校に人狼が居るだろ。アイツを呼び出して殺す為さ」
「……え?」
数秒彼が何を言っているのか理解出来なかった。久遠くんを、殺す? そう聞こえたような気がした。
「あんたはその為の餌だ。だからアイツを誘き出せればちゃんと解放する」
「私が死んでも絶対に殺させないから!」
私のせいで久遠くんを殺させるわけにはいかない。私の前でだれかが居なくなるのはもう嫌だ。絶対にだめだ。絶対に殺させない。
「少し、昔の話をしてもいいか?」
そう言って放心状態の私に淡々と男は語り続けた。
「嘘でしょ……そんなわけ……」
「ああ、それが斗賀久遠だよ。アイツは人殺しのクソ野郎だ」
嘘だ、久遠くんが人殺しなんてするはずがない。
何かの間違いか、もしくは正当化する為の捏造に決まっている。
「あいつのことばかり考えていた。まさかこんな所まで逃げていたなんて思わなかったが、ようやく追い詰めたんだ。だからあんたの力を貸してくれないか」
「協力なんかするわけないでしょ……!」
「アイツは人殺しだ! 人殺しは罰せられるべきだろ、違うか!」
「人殺しなんかじゃない! 久遠くんは人殺しなんかしない……」
放心状態の私に畳み掛けるように男は話を続ける。
今は久遠くんとちゃんと話がしたい。私が居ない間に何があったのか、何を見て何を思っていたのか。久遠くんが人殺しなんてそんなことするわけないもんね……。
「あんたは酷く人狼に肩入れしてるな」
「……うるさい」
「最近また人狼の噂が流れてるだろ? あれオレなんだ。噂によって人狼そのもののイメージが悪くなればアイツはずっと自分を隠して生きていかなきゃいけなくなる。それがオレの復讐だ」
「あなたがっ! あなたがそんなことするから人狼が悪いんだって決め付けられるんだ……! 許さない……っ!」
この人がきっと全ての元凶、久遠くんの話だってきっと何かの間違いだ。
久遠くんがそんなことするはずがない。
でも私の力じゃどうすることもできない、なんて情けないんだろう。
——プルルルル。
凛祢の電話番号からだ。
「もしもし凛祢か!」
『そうガッツクなよ人狼』
凛祢じゃないとすれば犯人か? 変声機を使って声を変えて居るみたいだが、まさか本当に犯罪に巻き込まれてるなんて。
それに変声機越しでも伝わるこの殺意はなんだ。俺が人狼だということも知っているしなんなんだよ。
「凛祢は無事なのか!?」
『会えばわかる。とりあえずメッセージアプリに位置情報を貼っておいたから来い。警察を呼んだらどうなるか、よく考えて行動しろ人狼』
『久遠くん、私は大丈夫だから来ないでね!』
「凛祢、平気なのか!? 絶対助けに行くから!」
来ないでったって罠だって知ってたって行くしかないじゃんか。
とりあえず警察がダメならまずは東雲さんの所に。
こんなときこそ冷静に居なくちゃダメだってわかってる。けど落ち着いてなんて居られねぇよ。
「東雲さん、凛祢が拐われたんだ。協力してくれ」
「君狙いの挑発だろう? 最悪君は死んだっておかしくないよ。君はそれでも行くの?」
「こんな事態なんだ、四の五の言ってらんないだろ。俺が凛祢をこっちの世界に巻き込んだんだ、俺が真っ先に助けに行くべきじゃないのかよ!」
「それならまずはこの動画を見てくれ」
すると東雲はパソコンを出して動画を再生し始める。
こんな状況の中動画を再生する東雲に苛立ちが顕著になる。
「ふざけんなよ! そんなの見てる時間なんてあるわけ——」
東雲は俺の口に手をかざして無理やり口を塞いだ。
「この動画に犯人の手がかりがあるんだ。いいから落ち着け、そのままの君が行っても死ぬ可能性が増すだけだ」
「このことについて何も知らないんじゃなかったのかよ……」
「関わらないのが一番だと思ったから言わなかったんだ。だがこんなにはやくあっちから仕掛けてくるとは誤算だったよ」
そう言って再び東雲は動画を再生する。
動画には、少し離れた廃工場が映し出されている。
「何の映像だ、これ」
「僕の仕掛けたカメラをパソコンにアクセスさせて映し出したものだ。ここに鳴川凛祢と犯人が居るはずだ」
「は? なんでそんな位置に?」
「一瞬だからよく目を凝らして画面を見ていてくれ」
次から次へとわけがわからないことばかり言われて集中できない。
しかし俺の質問には答えず、東雲はそのまま話を続ける。
俺は言われるがまま画面を凝視して居ると一秒程さっきと違う映像が流れた。
「人影が二つ、恐らくあのときのフード野郎と凛祢だ……っ!」
「今見たもの全て記憶している限りでいいから伝えてくれ」
「えっと、フードが金属バットに手をついて仁王立ちしてて凛祢は何か食べてる。拘束されてる様子や目立った外傷は特にないみたいだ。携帯式のランプが幾つか配置されてる」
パソコンの画面に映し出された映像はさっきよりもより鮮明に映り、まるで今そこに居るようなそんな感覚だった。とりあえず今のところ凛祢は何かされてる様子もない。
「恐らくフードが犯人で確定だ。行くよ」
「ありがとう東雲さん、心強いよ」
「何か武器は持っていきなさい。金属バットとはいえ殺傷力は十分にある」
「必要ない、俺は凛祢を取り戻せればそれでいいから」
「……そうかい、じゃあ行くよ」
俺と東雲が乗車し、犯人の根城へと向かった。緊張で汗が止まらない、胸の鼓動は増すばかりで今にも吐きそうだった。
「着いた。僕は気付かれぬよう彼女を助けに向かう、その間君がフードの注意を引きつけていてくれ。君なら一人でやれるだろ?」
「当然だ」
ふとあの日、傘がなくて泣いていた凛祢の顔が頭をよぎる。
「何があっても助けてやる」
俺は覚悟を決めてアイツのいる廃工場へと向かった。
「行ってらっしゃい。壊れちゃダメだよ」
東雲に見送られながら廃工場に向かったが、扉には鍵がかかっていて開きそうにない。
「割るか」
仕方がないので窓を割って中へ入ると、バットを構えたフードの男が待ち構えていた。
「ようやくお出ましか、人殺し」
「バカじゃないの!? この人久遠くんのこと殺そうとしてるんだよ!?」
俺が狙いだなんて分かりきったこと言うなよ。そんな風に言われると自信なくなってくるじゃんか。
けど俺が死ぬ以上に俺の大切な人が居なくなるのは嫌なんだ。
でも痛い重いだってなるべくしたくない。
「あの、お互い痛いのは嫌だろうし腹割って平和的に解決できませんか?」
「ふざけるな。ろくに説明もせずにあの場から逃げた癖に今更話し合いたいだって……人を殺したその手で大切な人を守りたいだって? とんだエゴイストだな、反吐が出る」
さっきから殺した殺したってなんの話だ。
人違いってわけでもなさそうだ。本当に彼が言う通り俺が人を殺していたとしたら凛祢と、みんなと一緒に居る資格なんてあるわけないよな。
「俺実はまだ記憶が曖昧で、だから君がなんで怒ってるのか分からないんだ」
「忘れた? オレはたった一日だって忘れられたことなんてなかった!」
彼の中で何とか留まっていた理性がぷつりと切れる音が聴こえた。
所謂地雷というものを踏んでしまったのだ。
「人狼だろうとなんだろうと殺す。お前だけは殺す……っ!」
「やめろ、悪かった! 戦いたくないんだって……」
「お前の意思は関係ない……っ!」
やっぱり聞く耳を持ってくれない。しかしこの怒り方からして俺への恨みは度を超えてる。
それを俺が覚えていないせいで更に怒らせてしまったんだからどう足掻いたって話は聞いて貰えそうにない。
かと言って、思い出そうと思ってなくした記憶を取り戻すなんて器用なことも出来やしない。何とか思い出す鍵になる情報さえわかれば。
「どうしたら満足してくれる?」
「お前が死ぬかオレが死ねば」
「死にたくもないし殺したくもないよ」
とりあえず東雲が凛祢を助けるまでの時間は稼がないと。
というかそろそろ一発貰うのも時間の問題だが、こいつが凛祢を拐ったのは事実だ。
「頼む、話をさせてくれ。10分経ってもやめなかったら殴ってでも話をさせる」
「……っく! 馬鹿にしやがって!」
「人狼だろうとなんだろうと殺す。お前だけは殺す……っ!」
「始まってるみたいだね、そろそろかな」
「ええと、どこから入ればいいんだ? ……割るか」
「始まっちゃった……!? どんなことでもいい。なにか私にできることを探さないと」
でもどうやって……久遠くんを置いて逃げれないし、携帯取られちゃったから警察も呼べない。
それに下手に動いて余計に刺激したら大変だし。でもだからって黙って見てられない。
「彼氏じゃなくて悪いけど助けに来たよ」
「東雲さん!」
東雲さんまで助けに来てくれたなんて。
やっぱり東雲さんはいい人だったんだ、きっと大人の東雲さんならこの状況を解決する糸口を見つけてくれる。
「静かに。とりあえず君を安全な場所に逃がさないといけない」
——え?
「でも久遠くんが! 東雲さんなら止められるんじゃないんですか!?」
「いいから逃げながら話すよ」
言われるがままに東雲さんに手を引かれ、重くなった足を前へ前へと進めていく。
数十メートル程離れたところまで来ると、ようやく東雲さんは話を始めてくれた。
「ひとまず安心してくれ、彼は一人でも負けないよ。人狼は人の姿のままでも動体視力、身体能力共に人間の比じゃない。気を抜きさえしなければ彼の勝利は覆らない。絶対的有利な状況の中で彼が攻撃しないのは躊躇っているからだ。なくした記憶と犯人の言動による自分への不信感と相手への憐れみ、そして君を攫われたことに対する苛立ち。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、それでも彼は君の安全が第一だから今も君が逃げ切れるまで時間を稼いでるんだよ」
「……わかりました。久遠くんの為に逃げます」
「それでいい。とりあえずタクシーを呼んで置いたから乗ってくれ」
東雲さんや久遠くんは私がここに居ることすら許してくれないのかな。
私じゃ力になれないのはわかってる。
でも二人が私の為に頑張ってくれたのに私が何も出来ないままなんて嫌だから。
「運転手さん戻ってください! お願いします!」
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