第12話
凛祢の姿も消え、外から微かにエンジンのかかる音が聴こえる。
東雲が凛祢を救出し終えたんだ。無事でよかった。
さてここからは俺とこいつの問題だ。
「はぁ……はぁ……10分経ったぞ。来やがれクソ野郎……っ」
「ぐぁは……ッ!」
フードが挑発した直後、廃れた工場に叫び声がこだまする。
右の拳がヒリヒリと痛むのを感じる。
「……痛いだろ、俺も痛いよ。こんなことしなくたって俺達は同じ言葉が使える、人間と人狼だって言葉を交わせる」
「黙れ……ああっ、ぶっ倒れそうなくらい痛てぇよ……クソが……っ」
先程の威勢は消え、怯えるように俺を拒絶する。
でもきっと力の差に怯えているわけじゃない。
恐らく復讐に囚われることで忘れられていた過去を思い出すことが怖いんだ。
「俺は俺が君になにをしたか覚えていない。でも君の言ってることを聞いてたらとてもこの問題から逃げるわけにはいかないから。もし本当に俺に落ち度があるなら償う気にはなった。覚悟ができたなんて言える程俺は強くないから。気に食わないなら殴ればいい、だから話しをさせてくれないか」
「っ……」
自力で蓋をした過去をもう一度思い出さなくちゃいけないんだ、俺も怖いよ。
凛祢と東雲と黒燕、それに伽々里と来人と、みんなと一緒に過ごすことができなくなるんじゃないかって考えただけで震えが止まらないよ。
でも自分自身の過去を知らぬまま、みんなと接してることの方が辛いと思うから。だから聞かずに終わるなんて無理だ——。
「……なら言い方を変える。お願いだから俺をこのままで居させないでくれ」
「本当にお前は何も覚えてないんだな」
「ああ、ごめんな」
悟ったように重い口を開いて話し始めた。
オレには年の離れた姉が居た。両親がはやくに他界し、姉はオレを養うために必死になって世話してくれた。
本人には恥ずかしくってとても言えなかったが、いつだってオレは姉への感謝の気持ちでいっぱいだった。
それとは裏腹に年頃の女がオレのことばっかに夢中になって、自分のやりたいことをやれていないんじゃないか。なんて気にして一人で申し訳なくなって。
あるとき突然姉から知らない男と結婚すると告げられた。オレから離れて幸せになってくれるんだと思って嬉しかった反面、どんな男なのかと偵察がてら姉と男の住む家を何度も訪れるようになっていた。
男にはオレと歳の近い子供が居たが、姉がそいつにばかり構うのでオレは一人で敵対視して距離を取っていた。
でも決してそのせいで居心地が悪いとかそういうわけじゃなくて、むしろここで一緒に暮らせたらなんて口にこそ出すことはなかったがいつもそう思ってた。
オレと姉の生活が安定し始めてから数ヶ月が経ったある日、オレはいつものように姉の家へと向かっていたときのことだった。
「姉貴来たぞー、入るからな!」
いつもなら明るい声で玄関まで迎えに出てきてくれるのにその日は返事がなかったので勝手にあがらせてもらうことにした。
「なんか変なにおいしないか? 鉄のような」
リビングのドアノブに手をかけた瞬間、激臭がオレを襲う。
「まさか……っ!?」
ふと最悪の光景が頭を過り、焦ってドアを開けるとそこには見るに絶えない惨状が広がっていた。
先ず目に映ったのは血を流し床に伏す姉の姿。
「あっあ……姉貴っ!?」
恐る恐る辺りを見渡すと1m程離れた位置に姉に向かって手を伸ばす男の姿があった。
「おっさん! 何があったんだよ!?」
話しかけても返事はない。既に彼の時間は止まっていたからだ。
その横で手に血塗れた包丁を持って立っている斗賀久遠がいた。
まさか、そんなはずがない。
「お前がやったんじゃないよな……」
オレは恐る恐る久遠へ声をかけた。
すると身体を獣のような姿に変えて、オレの真横を走り去って家を出ていった。まるでオレから逃げるように。
「答えてくれよ……ッ!」
オレはあいつを信じたかっただけなのに。あんなことをされてしまったらもう信じることなんかできなかった。
たった数分でオレの手から大事なものが全て零れ落ちていった。
そこからは魂のない抜け殻を復讐という名の邪念が操って動いていたようだった。
通っていた学校にも通わなくなり、あいつに似た人間が居ないか探してまわり、人狼についても調べた。
毎日毎日殺したいくらい憎い男のことを考えて暮らす日々は気が狂いそうだった。でもそうしていないと生きている理由が見つからなかったんだ。
情報が掴めない日はあちこちで人狼についての悪い噂を流して歩いた。
オレには関係ない噂なのに自分のことのように辛かった。
そして復讐を始めて1年と数ヶ月が経過したある日、斗賀久遠に似た男の目撃情報を受けて来てみれば、奴は何事もなかったかのように高校生活を満喫しているじゃないか。
「——それを見てオレは躊躇うことをやめ、あの子を誘拐してお前を誘き寄せ、今に至ってる。関係ない子まで巻き込んで、本当に落ちるとこまで落ちたよな。せっかくここまで時間をかけて誘き出したところでオレじゃお前に勝てないときた」
「俺が父さんとお前の姉さんを……手にかけたのか……?」
「オレにはそうとしか見えなかった」
何か見える。凛祢の過去の記憶のときと似たような、それでいて比べものにならないくらいにおぞましい光景。
思い出したくないのに目を背けられない。父の腹部に刺された包丁を一人称視点で眺めている。やっぱり俺が二人を殺したんだ。
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