第20話

 次の日黒燕は早速うちのクラスに編入してきた。


 黒燕の容姿に多くの男子から感嘆の声があがる一方で、それを面白がらない一部の女子達がつまらなそうに指の爪を見ている。


 多少は交流の機会があった方がいいとの提案で軽く自己紹介をして貰うことになった。

 

  突然のことで少し戸惑った様子だったが、昨日学校での黒燕の立ち回りの話をしていたこともありすぐに口を開いた。


「黒尾黒燕です。これから皆様と同じクラスで過ごさせて頂くことになりました。基本的に敬語ですが、決して壁をつくっているわけではないので仲良くしていただけたら幸いです」


 黒尾さんお嬢様みたいでいいよなだとか、上品な感じがたまんないだとか敬語に関しては都合のいい解釈をして貰えているようだった。


 そこから一人の男子生徒の提案から転じて軽い質問の時間が設けられた。


「はーい。黒尾さんは今彼氏いるんですかー?」


 初っ端からデリカシーのない男子の欲望に忠実な質問が飛ばされる。

 嫌ならべつに答えなくていいと思うけど。


「御付き合いされてる男性はいません」


 律儀に質問に答えて一礼、一部男子から歓声めいた声があがる。


 女子からは冷たい視線が浴びせられて温度差が凄い。まあ男子の気持ちは分からなくないけど、ポーカーフェイス大事だよ。ポーカーフェイス。


「黒尾さんの愛称とかってあったりしますか?」


 今度は男子ではなく女子からの質問だった。黒燕の愛称なんて耳にしたことないけど、俺が知らないだけであったりするのかな。


「愛称と呼べる呼び方はありませんが、もしよかったら皆さんで付けてくれませんか?」


 前の学校で友達がどうとか言ってたのに、ナチュラルに愛称考えてって言える時点で俺よりよっぽど人間関係上手な気がするけど。


  そういや友達がいなかったじゃなくて、仲のいい友達がいなかった。だったな。


  元々社交性はあるんだけど、壁ができて深い関係になれないと言ったところだろうか。

心の距離を縮めるといった点で見れば愛称ってのはいい考えだと思う。


「俺らが付けていいんですか!?」

「はい、一任致します」


 そこで丁度チャイムが鳴り、この話は帰りのホームルームに引き伸ばされた。黒燕の愛称、か。俺もなにか考えてみようかな。


 ホームルームが終わると黒燕は真っ先に俺の席へとやってきた。自然と黒燕と話したいクラスメイト達もついてきて気付いたら俺の席が囲まれていた。


 この状況で黒燕が話す内容によっては四面楚歌と化すだろう。


 周りは俺と凛祢が黒燕と知り合いだということを知るはずもない。

 黒燕と親しげに話そうものなら男子諸君が嫉妬を隠そうともせず俺に酷いことをするだろう。


「どうしたの?」

「あ、いえ。なんでもありません」


 俺から遠ざかると代わる代わる男女問わず話を振られて聖徳太子でも手を焼きそうな絵面だった。あまり好奇の目で見られるのは心地よくないだろう。


「そんなに大勢で押しかけたら困るだろ」


 そう思うと気付いたら口に出ていた。べつにみんな悪気があってやってるわけじゃないからこそ雰囲気を壊す発言だったかもしれない。


「あ、そうだよね。ごめんね黒尾さん」

「い、いえ。大丈夫です。皆さんにこんなに話しかけていただけるのはとっても嬉しいですから」

「そうか、ならいいんだけど」


 あまりにも健気すぎて、ただでさえ高騰中の黒燕の株が拍車をかけて上がる。


 黒燕がこの調子なら大丈夫そうだし、邪魔者は退散しようと席を立つと今度は凛祢が近付いてきた。


「どうした?」

「黒燕さん凄い人気だね。本当、みんな可愛い子には甘いんだから。ね? 久遠くん」

「なんか圧を感じるんだが」


 そもそもべつに周りと違って黒燕を特別扱いした覚えはないし、今日だってお互いの為に適切な距離を保ってるというのに何が不満なのか。


「そう? あ、愛称、久遠くんは何か考えたの?」

「考えてるけどなかなか思い付かないね。黒燕の時点でいい名前だしそのままでもいい気がするし」

「ほらそういうとこ。言う相手はちゃんと選んでね、それだけ!」


 捨て台詞を吐いて逃げるように教室を出て行ってしまった。

 凛祢にも逃げられてしまうとこの教室での肩身が狭い。


 思ったことを言ったら叱られて、トレーニングも終わったというのに逃げられて踏んだり蹴ったりだった。


 べつにそこまで鈍感じゃないからわかった気にはなれる。けれどそれを表立って言うことで間違っていた際に自意識過剰だとか言われるのが嫌なだけだ。


 そして何より相手が意識していることを意識したくないというのもある。


 そして気付けば最後の一コマが終わり、帰りのホームルームの時間になっていた。

  相変わらず凛祢の態度はツンケンしていて話しかけても他人行儀だった。


「先に連絡事項だけ伝えとくぞ。文化祭の準備がもうすぐ始まっていく。うちのクラスでの出し物はこの後決めるとして、個人でやりたいものがある場合は直接俺のところへ言いに来てくれ。あとはお前らに任せたぞ」


 担任の杉本先生が連絡事項を述べて席に着くと生徒数人に連れられて黒燕が教卓の前に出た。


「黒尾さんの愛称考えたよーって人は手をあげてください!」


 元気な女子生徒の呼びかけに応じて次々に手があがる。


「黒尾さんなのでブラックテール!」

「厨二病くさいので却下!」

「黒ちゃん」

「なんかやだ!」


 却下却下と本人でもないのにばっさりと案を切り捨てていく姿は、もはや清々しさすら覚える。


「久遠く……斗賀さんは何かありますか?」

「俺なりに考えてはみたけど、やっぱり黒燕は黒燕のままがいいと思う」

「ありがとうございます」


 黒燕がせっかく訂正したのにそれを台無しにするかの如く凡ミスをかました。

 あっやべと思ったときには時すでに遅かった。

 

  とりあえず其の場しのぎで適当なことを言っておいたが、後々問いただされるであろうことは間違いない。あの男子達の目はガチだった。


「わたしもそれでいいと思う。下の名前で呼んでもいいかな?」


 俺も私もと次々に手があがる。


「是非お願い致します」


 にこりと淑やかに笑う姿を見て男女問わず心奪われた様子だった。

 クラスメイト40名近くを演じずに一日で籠絡させた黒燕の恐ろしさたるや。

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