第21話

「じゃあこのまま文化祭の出し物決めを始めます」


 実行委員の生徒が数名、前に出て進行していく。

 自然と各々期待に胸を膨らませてそわそわし始める。


「いくつか案を出してそこから絞っていきたいのでこれやりたいよってのがあれば」


 出し物によって準備に必要な道具やそれを用意する為の時間が左右されるし、もちろん不可能なものもあるが、それを話し合うのも文化祭の醍醐味と言えるのではないだろうか。


「お化け屋敷やりたい」


 早速定番とも言える出し物が提案され、賛成の声も多くあがっていく。


 一方そこに一石を投じたのは、男子諸君の期待を背負った一人の男子生徒、鈴木だった。


「はい、俺たちはメイド喫茶を提案します」

「俺も鈴木に賛成!」

「あたしも着たいかも」


 下心丸出しの提案は賛否両論だった、否定的な意見には「いやらしい」だとか、「着させたいだけ」だとかいう意見もあったが鈴木は甘んじてそれらを受け入れた。


  しかしメイド服のような可愛いらしい服を一度着てみたいという女子の意見や、文化祭らしい定番の出し物であることや楽しそうといったポジティブな意見も目立ち、何とか暫定ではあるがメイド喫茶が第一候補にあげられた。


「一度別のクラスとも話し合って被りがなければ準備に取り掛かれますが、もし被った場合は交渉を鈴木、頼んだぞ!」

「おし、任せろ!」


 解散した後、当然のように黒燕と凛祢と帰ろうとしたところ男子諸君に強い力で肩を掴まれ、説得するのにとても難儀した。


 放課後を過ごす場所はバイト先か東雲の家かの二択になりつつあったが、ここ数週間は文化祭の手伝いもあるだろうしバイトのシフト減らさないとな。


  伽々里とも最近会えていないので、また会う機会が減るとなると少し心寂しくはあるけれど仕方ない。


「さすがに少し疲れました」

「あれだけの人数相手にしてたらそりゃ疲れるよな」


 学校で疲れた素振りすら見せなかったのは、クラスメイトに無駄な心配をかけさせて話す機会が減るのを恐れたとのこと。


  あの調子ならその心配はないだろうけど、黒燕にとっては初めての経験だから仕方ないのかもしれない。


「黒燕に友達たくさん出来たよって言ったら東雲さんは怒るかな? それとも喜ぶのかな?」

「喜んで頂けると思いますよ」

「喜ぶでしょ、東雲さんは黒燕さんの保護者同然だもの。どっちがしっかりしてるかは置いといて」


 恋人同然の間違いじゃないのかという疑問は口には出さず、そういう見方もあるのかと一人で納得した。黒燕も特に異論があるようにも見えなかったし、俺が色ボケ気味なのかもしれない。


「お邪魔しまーす」

「ただいま戻りました」


 いつも通り東雲の家に上がり込み、柔らかなソファに腰を下ろす。

 一日の疲れが吸い込まれていくような至福の時間だ。


「ただいま」

「あっ響希様おかえりなさいませ」


 そこにちょうど響希が帰宅した。ここで雇われてから少し経つがもう随分と家事が板に付いてきたようで、エコバッグにぎゅうぎゅうに詰められた食材が頭を出している。


「なんか様付けなの嫌だ。オレは黒燕より後に雇われたわけだからあんたの後輩なんだぞ」

「あはは、そうですね……。じゃあこれからは響希くんって呼ばせてください。嫌な思いさせてしまってごめんなさい」

「ああ。なんだか変わったな」


 気取ったように装っているが、満足気に鼻の下を擦って溢れんばかりの喜びがこちらにも伝わってきた。

 

  それだけ響希も黒燕との距離感に思うところがあったんだろう。


「君たちは本当にうちが好きだね」

「うわっ!」


 いつの間にかソファに座ってくつろいでいたので驚いて声が漏れた。


 ナチュラルに場の空気に溶け込んでいるのも流石だが、ここに入るにはドアを開けて俺達の正面を通る必要があったので普通にビビる。


「侵入者に向けるような訝しげな目を向けられると悲しいな。ここ僕の家だよ? 居ても不思議じゃないだろう」

「暗殺者とか向いてそう」

「君もチクチク言葉は禁止だよ」


 遠回しに影が薄いと言われて傷付くお茶目な一面もあるが、こうして前に立たれると存在感は人一倍ある。これを言葉で表すとするならまさに神出鬼没と言ったところか。


「黒燕転校初日お疲れ様、どうだった?」

「ドキドキしました」

「随分と簡潔だね」


 俺が思ったことを東雲はそのまま口に出してくれた。普段ならもっと分かりやすく丁寧に言葉を選ぶはずだけど、決してふざけているわけではない。


「言葉が上手く見つからないんです……。言いたいこと、伝えたいことがどんどん溢れてきて、何から言っていいのかわからないんです……」


 黒燕の放つ言葉に感化され、目頭が熱くなるのを感じた。

 涙ぐみながらに紡がれた言葉は無遠慮に俺の心を揺さぶってくる。


 俺が思っていた以上に二人はこの転校に色んなもん賭けてて、人知れない悲しみや苦しみがあったんだ。


  俺にできることはそれに気付けなかったことを悔やむことじゃない。寧ろ知られたくないからこそ隠していたことだ。


  今してやれることはこの学校生活をこれからもっと楽しめるように傍で手助けしてやることだ。


「じゃあ今は一つだけ答えて。楽しかったかい?」

「はい。流転お兄様……!」

「良かったね。黒燕」


 俺達は静かにその様子を眺めていた。たしかに東雲の黒燕に対する接し方も黒燕の東雲に対する接し方も親子、または兄妹に近いしいものがあるとは思ったがこれで確信に変わった。

 それにしてもこんな優しそうな顔もできるんだな、東雲さんは。

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