第22話

 担任の軽い説明の後に鈴木が本題について熱弁した。


「まずは落ち着いて聞いてくれ!」


 逃げきったと思ったら直後に殺されるモブのように落ち着かない様子だったので、まずはお前が落ち着けよとツッコミを入れられていた。


「それでどうしたんだ?」


 打って変わって全く動揺の見えないクラスメイトが疑問を投げかける。


「なんと! 他クラスとメイド喫茶の案が被ったんだよ!」

「はああ!?」

「大方予想通りかな」

「よっしゃ! お化け屋敷できるかもじゃん!」


 教室中に喜怒哀楽の声が混ざり合い、たちまち混沌が立ち込める。

 はい。みんなが静かになるまでに5分かかりました。


「どうすんだよ鈴木! 被ったら鈴木が交渉するんだろ?」

「大丈夫だ、作戦はちゃんと考えてきたから」


 鈴木が考えた作戦は至ってシンプルなものだったが、とても平和的な解決方法だった。

どちらのクラスがメイド喫茶をやった方が有意義か、それを二クラスで話し合い、その上で向こうのクラスに納得させるとのこと。


「でもその話し合いで納得して貰えなかったらどうすんだよ」

「まずはメイド役を決めるところからだ」

「決めたところでやれなかったら意味ないじゃんか」


 誰もが感じたであろう疑問が投げかけられたが、そんな質問が出ることは分かりきってるはずだ。そして一度大きな深呼吸をして意気揚々と答えた。


「お互いのクラスでどっちの女子にメイド服着せたいかで勝敗を決める。言うなれば戦闘力の高い方が勝つ、シンプルなトレーディングカードゲームみたいなもんだ」

「ルッキズム気持ち悪」


 当然鈴木の言っていることは最低なので、多方面から叩かれまくった。

 それでも鈴木の目から光が消えることはなかった。そして再び生徒の前に立ち、声高らかに主張した。


「なんとでも言えよ、覚悟の上だ。最低だって分かってるけどやりてーんだろ? お前らも。俺もやりてーんだよメイド喫茶をさ。じゃあ使えるもん使うしかないじゃんか」


 皆の批判を一身に受けて流石にメンタルに来たのか、涙を滲ませながら遠くを見つめていた。


「俺達の願いなのにお前だけに罪を被らせてごめんな……」

「お前は世界一かっこいいぞ」


 鈴木の想いは届き、うちの馬鹿達の士気と鈴木に対する評価をあげまくった。


 ここまでメイド喫茶という出しものに対して熱くなれるのも青春らしさを感じて羨ましく思えた。


「メイドの座をかけて戦いたい女子は名乗りをあげろ! もしくはこの子にやって欲しいという希望があれば推薦も受けよう」

「わたくしにやらせて頂いてもよろしいでしょうか」

「……異議なし!」


 3秒程の静寂の後にクラスの大半がOKをだした。黒燕は男子からの推薦で名前が上がるものだと思っていたけれど、どうやら勘違いだったらしい。


  前までの黒燕なら、「わたくしなんて」、きっとこう言って自主的に挙手することなんてなかっただろう。


  そう思うと成長を間近で見た感動で軽く泣ける。父親面甚だしくて自分が気持ち悪いけどそんなのどうだっていい。


「それなら私もやりたい」


 今度は黒燕に続いて凛祢が手を挙げた。凛祢も学校行事などに自主的に何かやるというタイプではないので珍しいなと思いつつ、凛祢の成長にも心動かされる父親面をした同級生男子だった。


「ああ、まあいいんじゃね」

「鳴川か、ありだな」

「前から思ってたけど普通に可愛いよな」


 なんて上から目線な発言もちらちらあり、少し不服そうだったが趣旨が趣旨なのである程度は目を瞑るしかない様子だった。


 もう三人選ばれ、黒燕と凛祢含む計五人が対戦カードに選ばれて、あと少しで話し合いという名のトレーディングカードゲームが始まろうとしていた。


 実際うちのクラスは二人を除いても、全体的にレベルが高いので完全に納得させることはできなくとも勝ちを譲らせるくらいは望めるはずだ。


 ちなみに俺は今日、黒燕と凛祢の付き添い兼、鈴木と共に大事な交渉の役目を担っている。


  俺が不安そうな顔をしていたのでは彼女達まで不安にさせかねないので、無理くり口角を上げて歪な笑みを二人に向ける。


 その隣でイカついサングラスをかけて表情一つ変えずに遠くを見据えている男がいた。

  彼の名は鈴木賢、平凡な高校二年生ながら、持ち前の女好きを活かして開花したリーダーシップでみんなの意志を守り抜く為戦います。


「よし、みんなそろそろ行くぞ」

 鈴木に連れられて教室に入り席に着くとそれから間もなくして人が集まり、話し合いが始まった。


「文化祭での出しものにて他クラスとの重複があったためお集まり頂きました。それでは話し合いを始めてください」


 公平性を期すため、双方のクラスとは別の生徒が進行を務めている。

 特に興味がないのか、それだけ伝えると退屈そうに窓の外を眺めていた。


「まずうちからでいい?」

「ああ」


 先手を仕掛けたのは隣のクラスの永田だった。まあ最終的にお互いの意見は聞くことになるわけだから先攻も後攻もさほど意味はなさないか。


「うちにメイド喫茶譲ってくれないか?」

「それでいいよなんて言ってたらわざわざこんなとこ来てない」


 話し合いといえば話し合いらしいが無策で来るとは思っていなかった。

 この時点で鈴木と永田の熱意には大きな差があると見てもいい。


「まあそうか。じゃあジャンケンとかさ」

「永田、お前らそんなにメイド喫茶やりたくないんじゃないか?」


 勝とうという気持ちが感じられない永田に鈴木は冷静に核心をついた。


「うーん、僕はそんなにね? ただみんなが凄いやりたがってるから僕一人が納得しても終わりじゃないんだよね」


 なるほど。永田本人に熱意はないがリーダーシップがあり、他の生徒には熱意はあるが、リーダーシップがなかったのでこの場には永田が出てくるしかなかったと。


  他の生徒もまとめて納得させるとなると少し手がかかるが、当初の作戦でいけば或いは。


「じゃあ俺らが永田のクラスの奴ら共々納得させてやる」


 そして後日永田がクラスメイトを集め、そこに俺達が出向き作戦を決行することとなった。会議のときより人が多い分余計に緊張が走り身体が強ばっているが、人の前に出る経験は文化祭当日の為にも積んで置いた方がいい。


「斗賀、言ってくれるか。さすがに俺も緊張してきたわ」

「おいおい冗談だろ」


 前に立つだけでもこの有様なのにここで丸投げされるなんて想定外だ。


「二人とも大丈夫?」


 凛祢と黒燕が不安そうに視線を送ってくる。

 まあ実際見世物にされるのは女子達の方なわけで俺らは大した役割ではないのは重々承知の上だが、それにしたって四面楚歌だ。


 一度呼吸を整えて準備完了。鈴木、お前にだけ火の粉はかぶらせない。


「ええと、斗賀久遠です……メイド喫茶をどちらのクラスが出し物として扱うか、長きに渡る戦いでしたがそろそろ終止符を打たせて貰います。お互いのクラスからメイド役を数人決めて前に出てきてください」


 少しの間場がどよめいたが、数分で代表者が決まり教卓の前に集まった。


「ここからが本題ですが、うちのクラスとこのクラス、どちらの女子にメイド服を着せたいですか? 目を瞑って手を挙げてください。俺と永田の二人で数えるのでイカサマはなし、自分の意志を最優先に悔いのないように」

「それでは手を挙げてください! まずはこのクラスがいい人!」


 1人、また1人と手が挙がっていく。このクラスの生徒はざっと40名程。

 ボーダーは19人くらいだろうか。


 永田が数を数え俺に耳打ちした。女子12人、男子5人。合わせて17人。

 正確な数は把握してないが、これなら全体の半数より下回っているはずだ。


「次は俺のクラスがいいよって人手を挙げてください!」


 バタバタと勢いよく手が挙がっていく。先程挙げなかった時点で選択肢が一つに絞られるので悩む必要がないおかげで数秒で挙げ終わった。


 今度は俺が挙げられた手を一つずつ数えていく。女子が9人、男子が14人の計23人。俺達の勝ちだ。


「17対23で俺達のクラスの勝ちでした。納得できない人も居るとは思いますが、これで終わりにさせてもらいます」

「うちのクラスに入れた人違に選んでよかったと思わせられるように。そして選ばなかった人達にも満足して貰えるように頑張るから楽しみにしてろ!」


 最後にようやく緊張の解けた鈴木がいいところを持っていった。

 どうやら鈴木の言葉が皆の胸に響いたようでドア越しに歓声が聞こえてきた。


 メイド喫茶も勝ち取ったし、向こうにも納得して貰えたことだし大勝利だな。


「私達何もしてなかったけどあれで良かったのかな」

「久遠くん一人で頑張ってましたからね」


 うちのクラスに戻る途中後ろで女子二人が、顔を見合わせてそんなことを言っているので慌ててフォローを入れる。


「いやいや! 俺らがいくら頑張ったところで二人が居なかったからこの作戦勝ちようがないからな!?」

「一番何もしてなかったのは俺だからな……二人はマジでありがとう!」


 これに関してはマジでフォローのしようがないので適当に流しておく。

 自分のクラスに戻ると、調子を取り戻した鈴木が勝利報告したくてうずうずしている。


  言わないのは恐らく本番でひよって俺に丸投げしたことに負い目を感じているからだろう。

  俺はもう疲れたし、今まで頑張ってきたのは鈴木なので今日ばかりは彼を立ててあげよう。


「鈴木がやってきたことにしていいぞ」

「いや、でも俺は……」

「最後だけ俺に言われたんじゃお前も格好がつかないだろ」

「マジでありがとう。後でジュース奢るわ」


 真偽は置いといて感謝の気持ちは十分伝わってきたのでよしとしよう。


「なんとなんとなんとメイド喫茶をうちのクラスがやれることになりましたー!」

「うおぉ!」


 鈴木から吉報を受けて教室の各地から大きな歓声があがった。

 まるで英雄が戦地から帰還したかのような喜びようだ。


 皆がこんなに期待していたのなら俺らも頑張った甲斐があったんだな。


 ようやく出し物が決まったところまで行っただけなので、これからは準備でもっと忙しくなることが予想できる。それも青春かな。

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