第23話

 一段落着いたところで俺は凛祢達と共に個人での出し物の相談をしに職員室を訪れていた。


  メイド喫茶とは別の、俺達に取ってはそちらがメインと言っても過言ではない紙芝居を使っての告白。その為の申請と場所の確保を済ませてきた。


「あと二週間切ったかあ」

「不安そうだね。でもこんなに強くなったんだからきっと大丈夫だよ」

「あなたには人の心を動かす力があるって信じてますから」


 気付くと頭の中で考えていたことが口から漏れていて、凛祢や黒燕が俺を気遣って暖かい言葉をかけてくれた。強くなった。人の心を動かす力がある。か。


「ああ、いや別にそんなつもりじゃ……ないことはなかったけどおかげで元気出たかも! よーし準備頑張るぞ!」


 二人は俺の空元気を見ても、咎めることなく見て見ぬふりをして笑みを零した。


 二人の言葉が間違っていないと証明することは俺にしかできない。


 俺を信じてくれる人達に恩を返す為にも今は余計なことは考えないで前だけ見て進もうと決めた。


 翌日の放課後から皆活気付いており、てきぱきと文化祭の実行委員の指示に従って動き始めていた。


「盛り上がってんなあ、特にうち」

「そんだけメイド喫茶やりたかったってことだよ」

「そうだね。俺は何すればいい?」


 凛祢は黒燕達と共にメイド服のコスプレ衣装をネット通販で確認していて、今は見ないで欲しいと言われ、行く宛てもなく彷徨っているところ鈴木に止められた次第だ。


「とりあえず画用紙でハート書いて切り取ってくれ」

「どのくらい作ればいいんだ?」

「大小様々作れるだけ」

「うい」


 言われた通りに画用紙にハートを書いて切り取って行くがこれがなかなかにしんどい。

  何がしんどいかと言うと、数の目標個数がないせいで終わりが見えないところや、一人黙々と手だけを動かす単純作業で虚無感が凄い。


 これなら力仕事の方がまだマシかもしれないが、士気を下げても困るのでひたすら無心で紙を切り続けた。


「斗賀くんお疲れ様。次こっち手伝って貰える?」

「あ、はい」


 ようやく終わったかに見えたが、今度はひたすらお花紙と呼ばれる紙を重ねて折り花の飾りを作る単純作業に移行しただけだった。


  これも装飾の定番なので作らない訳にはいかない。文化祭の準備にキラキラした華々しい要素なんてさほどなく、その実単純作業の繰り返しが基本だ。


「久遠くん精が出るね。私もそれ手伝うよ」

「……あ、凛祢か。そっちはもういいの?」


 無心で取り組んでいると、聞き慣れた声が近くで聞こえて意識が戻る。


 気付けば軽く1時間が経過しており、山のように積み重なったお花紙も残り少なくなっていた。


「黒燕さんが今別のことしてるから間を縫って手助けに来たの。もう半分手遅れな感じしたけど」

「話し相手がいないとなかなかしんどいから正直助かるよ」


 二人で黒燕が戻ってくるまで紙を折り続けたが、凛祢のおかげで廃人化することはなかった。


 2日目、3日目と順調に準備が進んでいき、個人での出し物である紙芝居の製作を始めた。学校でクラスの出し物の準備をした後に東雲の家を借りて作るのでなかなかに過密なスケジュールだ。


「まずはプロットから考えないとね」

「内容はもう考えてきた。みんな一度読んでくれないか」


 一人ずつ紙に書き出した物語を回し読みしていった。紙芝居でやる内容だ、大した量はない。それでも伝えたいことは短い内容にもちゃんと入れ切ったつもりだ。


「ま、いいんじゃないか。少なくともオレは胸に響いたぜ」

「そっか。ありがとな響希」


 少ない言葉の中にたしかな温もりを感じて嬉しくなった反面で、俺の隣で見てきた響希だからこそ響くものがあったとすれば、それは学校の生徒の胸に響く内容なのかと一抹の不安が過ぎった。


「周りに届くかどうかはあんた次第だ。届かないなら届くまで芯に訴えかけろ」

「俺、絶対負けねえ」


 目を細めて笑うと拳を握りしめて前へ突き出した。彼なりの気合いの入れ方なのだと分かり、すかさず右手を差し出して打ち付けた。


「わたくしも久遠くんの気持ちちゃんと伝わりました。セリフの練習頑張らないといけませんね」

「途中で噛んだりしたら台無しだもんな、頑張るよ」

「私もセリフの練習あるから付き合うし、サボったりしないように見てるから安心してね。黒燕さん」

「サボったりなんかしねぇよ」


 くすりと思わず一斉に吹き出した。俺がサボるのを見据えての発言には納得いかないところもあるけれど、少し緊張が解けたような気がしてありがたかった。


「君はこれを生徒達の前でやれるかい?」


 最後に東雲が読み終わるとそう尋ねた。止める為でも試している訳でもなく、

 ただの確認だと思う。俺に向けられた東雲の澄み切った瞳の奥に、小さく映り込む自分の姿は何故かとても大きく映って見えて。


「凛祢が俺は強くなったって言ってくれた。黒燕が俺には人の心を動かすだけの力があるって言ってくれた。だから俺は二人の言葉も俺のことも信じてみたい」

「君を僕よりも近くで見てきた彼女達が言うのなら、君自身もそう思うならできる限りはしてあげたいと思う」

「本当はね……いやなんでもない」

「今はそれでいい。でも全部終わったらさ、また続き聞かせてよ」

「ああ、約束するよ」


 この人は、東雲流転はきっと俺が思っているより不器用だ。

 なんでも簡単にやってのけるけどやれることしかやれない。


  それでも俺達の為にいつも何かしてくれようとする。やり方は素直じゃないときもあるけれど、芯はぶれることなく大きな手で背中を押してくる。俺や凛祢が目指すものはきっと東雲の目標でもある。


  だから同じ志を持つ仲間に遠慮はしない、もう逃げたりもしない、目を背けずに立ち向かう。それが俺なりの感謝の伝え方だ。

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