第19話
翌日クラスに入ったときに凛祢と顔を合わせたが、「ごめん今は無理だから」と言って走り去られてしまった。
理由を知っているとはいえ普通に悲しくてしょげていると鈴木が缶ジュースを頬に当てて隣に腰を降ろした。
「あ、ありがとう」
「いやこれ自分のだから」
「あ、そうなんだ」
普通に恥ずかしいやつやめろください。
そんな映画とかでありがちなのやられたらくれると思うじゃん。
「どうした? 元気忘れてんぞ」
すると鈴木は一度立ちあがり再び俺の横に座り直すと、Take2を始めた。
「ちょっとあってな」
「何があったか知らないけどこれ飲んで元気出せよ」
「あ、ありがとう」
結局くれるのかよ! と思いつつも貰えるものは貰っておこうと手を差し出す。
「だからこれは自分のだって言ってんだろ。買って飲めってことだよ」
「いや全っ然伝わんないわ!」
「悪ぃ悪ぃ! 反応が面白くてつい!」
ジュース一本で散々惑わせたことを反省した鈴木はもう一本買って俺に渡してくれた。
学校が終わり、東雲とバドミントンをして黒燕の作ってくれた夕飯を食べて帰宅からの就寝。
3日目も凛祢に逃げられ、東雲の家で響希と会ったときも似たような反応をして逃げられた。会わないだけなら大丈夫だろうと思っていたけどこうも露骨に避けられるとさすがにしんどい。
東雲とのバトミントンは多少の揶揄は無視してラリーができるくらいには慣れてきた。無反応で打ち返すとその度つまらなそうに口を尖らせられた。東雲の方こそ本質を忘れて はいないだろうか。
唯一の癒しは黒燕との夕食だけとなっていた。まあ裏を返せばトレーニングメニューに役得な項目があるだけ全然ホワイトなんだけど。
4日目、凛祢が逃げるので鈴木や他のクラスメイトと話すことが多くなってきたはいいが変わらず俺の心は穴が空いたまんまだ。
東雲とのバトミントンも凛祢や響希との関係をつつかれてもシャトルを落とさずに続けられるようになってきて精神の成長を実感する。
黒燕はくん付けで話すことにも少しずつ慣れ、やっと対等に喋ってくれるようになってきた。
俺の成長に合わせて黒燕の成長も感じられて心が暖かくなるのを感じた。
そしてようやく訪れた7日目の最終日。今日を乗り切れば全て解放される。
もはや凛祢と響希に逃げられることに関して寂しいとか悲しいとか思うことはなくなった。
「君との楽しい時間もこれで最後だと思うと名残惜しいね」
「普通にバトミントンするくらいなら付き合ってやるけど」
「ありがとう。一般人じゃ相手にならないからね」
珍しく本当に名残惜しそうに微笑まれてバツが悪くなってそっぽを向いた。
とはいえなんだかんだ俺も楽しんでいた節はあるので俺なりにまたやろうと伝えた。
「そうだ。ちょっとは考え方が変わったかい?」
「まあ、おかげさまで」
一週間前に東雲に自分を責めるのをやめろと言われ、考え方を改善していくという話になった。俺なりに自分で考えて意識してきたつもりだ。
「定着するのには少し時間が居るだろうけど、考え方の変更点を教えてくれないかい?」
「ああ、いいよ。東雲さんには世話になってるし」
まるで珍しいと言いたそうな様子で人の顔を眺めるのでどこか腑に落ちない。
普段だらしなかったり喧嘩をしたりすることも多いけど、頼りになるときは本当に誰よりも頼りになるし、こう見えても俺は東雲のことを買っていて尊敬もしているのに。
「俺は俺の中に罪の意識が残ることが嫌で仕方ないんだ。だからまず自分を責めて罪を贖った気になりたがる。これだけ責められて謝ってるからもう俺悪くないでしょって。そういうことじゃねぇだろって。結局自分のことしか考えてない、そんな俺に嫌気が差した。だから罪の意識は犯した分だけ背負って、その上でその人の為に俺に何ができるかを探すことにした」
「いいんじゃないかな。自分で決めたことで君が壊れないようにちゃあんと頑張らないとな」
「期待には応えるさ」
オレンジに染まる空の下で悪戯そうに笑ってみせた。
こんなに自分の気持ちに嘘をつかずに笑ったのはいつぶりだろうか。
ようやく平穏な日々が帰ってきた。
凛祢と響希から無視され逃げられる日々から解放されたのだ。
今思えば初めの方なんて本当にショックで泣くかと思ったもんだ。
人間関係の略奪ってこういう感じなんだろうか、いいやこの話はやめておこう。
「凛祢おはよ、やっと話せた」
「あ、その……」
会うこと自体は毎日会ったけれど話したい話も色々あるのでまずは挨拶からと思って声をかけると、何か言いたげな様子でもぞもぞしだすので気になって問い詰めた。
「どうした? そんなにオドオドして」
「ずっと逃げてばっかでごめんね……! 東雲さんに言われててやってただけっていうか、別に嫌いになったとか何かあったとかじゃなくって!」
「知ってるに決まってんじゃん」
俺がそれを知らないで凛祢から逃げられていたと勘違いしてたってことか。
更に干渉を制限されていてそれを伝えれないまま逃げていたとしたら凛祢の方が可哀想じゃないか?
「でも黒燕さんが、私に逃げられて久遠くん悲しんでたって言うから知らないのかと」
「ショックを受けてたのは否定しないけど流石に事情は把握してる」
「なんだ、東雲さんと黒燕さん別に教えてくれればよかったのに……」
不満そうに文句を言う姿を見ていると、たった一週間程の出来事がとてつもない長旅に思えて久しぶりの再会がこんなにも嬉しく感じるなんて。
放課後東雲の家にお邪魔する。この慣れ親しんだ光景も凛祢と二人で訪れると感慨深かった。
いつものようにソファに腰掛けて出されたお茶を飲んでいると響希が奥の部屋からどこか既視感を感じる表情をして現れた。
「響希、久しぶり。何申し訳なさそうな顔してるんだ?」
「久遠のこと避けてて悪かった。流転さんに頼まれてたっていうか半ば脅しまがいのこと言われててそれで……あっ別に嫌ってたとかじゃないぞ!」
「大丈夫、分かってたから」
響希は概ね予想通り、凛祢と似た様子で説明をして俯いている。
これもう東雲流転被害者の会で署名でも集めようか。
性格の悪さが出てるなあなんて思いつつ、頭に浮かんだ純粋な質問を東雲にぶつける。
「何の為に二人に黙ってたんだよ。二人は協力者だろ、要らない不安背負わせたら可哀想じゃんか」
「ごめん僕が忘れてただけだ。まあもう終わった事だしさっ! はいこの話はおしまいね!」
このあと憤慨した二人に散々叱られて流石の東雲も懲りた様子だった。
それだけ俺が逃げられて悲しんでいることに頭を悩ましてくれていたと思うと、素直に嬉しく思うけど、そろそろ東雲を許してやって欲しい。
「そういえば黒燕見てないけど」
「ああ、そろそろ戻るんじゃないかな」
すっかり縮こまってしまった東雲がそう答えて数刻、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「あら、皆さんいらっしゃってたんですね」
「お邪魔してます」
「あれ、その格好」
驚いて指を向けたのは、黒燕がうちの学校の制服を着て戻ってきたからだ。
「わたくし、お二人と同じ学園に転入することになりましたので」
「「えぇ!?」」
あまりの衝撃に俺と凛祢は素っ頓狂な声を上げて同じ言葉を口にした。
それを言葉と括っていいのか定かではなかったが。
「サプライズって言ってたのに教えてよかったのかい?」
「先に制服姿を見られてしまっては仕方ないです」
少しいじけたようにスカートの裾を掴んで答える。
「サプライズ? なんでそんなことを?」
「まずは感想でも言ってやれよ」
ようやく理解が追いついてきたところで響希に諭され、改めて観察してみる。
ベージュのセーターの上にブレザーを着こなして、首元に二年生を示す青色のリボンがあしらわれ、可愛らしさを残しつつも凜然とした印象を受ける。
下は少し短めのスカートにニーハイソックス、色々と不安になるくらいにはなかなかに破壊力がある。
普段メイド服しか見たことがないのでうちの制服を纏っていることにドキドキしてしまう。というか端的に言って似合ってて可愛い。
「似合ってる……と思う。つまんない感想でごめん」
流石に今考えてたことをそのまま言うのははばかられるので、当たり障りのない言葉で妥協した。
あまり女の子を褒めなれていないせいなのか、どこまでが言ってよくてどこからが言ってはいけないのかが分からない。
「あ、ありがとう……ございます。久遠くんにそう言って貰えて嬉しいです」
「お、おう。どういたしまして」
「何なのその雰囲気……」
後光が差す程眩しい笑顔の傍で、不穏な空気を纏った凛祢に訝しげな目で見られている気がする。
「黒燕がくん付けなんて珍しいね?」
「本当に。オレにすら様付けなのに」
そこから三人に尋問を続けられ、誤解を解くのに酷く難儀した。
「久遠のトレーニング期間に黒燕の自虐癖を治すトレーニングとしてとりあえず様付けを辞めるように頼んだ。と」
「概ねあってる」
誤解を解いた後ですら興味本位の質問を繰り返されて正直しんどい。
三人の興味はそっちに傾いたようだけど、転校の話まだ全然聞けてないんだよな。
「話戻すけどこの時期から何故うちの学校に?」
「学園祭の発表のとき都合いいので。でも一番は久遠くん達と一緒の学園に通いたかったからなんです。性格や話し方のせいで仲良い友人が居たことがなくて。だから迷惑じゃなければ向こうでも仲良くして欲しいです」
「じゃあこれからよろしくな」
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