第18話
そして一週間に及ぶトレーニングが幕を開けた。
凛祢と響希とは有無を言わさず接触することができなくなった。
映画観る前にトイレ行っとけばよかった……。みたいな感覚になったけど、まだ始まったばかりなので今のところ問題はない。
早速東雲と近くの公園にバドミントンをすると駆り出された。
「君バドミントンしたことある?」
「まあ何度か経験あるけど」
「じゃあ試合でもする?」
「いいけどお手柔らかにな」
試合は21点先取の二セットとった方が勝ち。
バドミントン含め運動全般は人狼だから基本的には無双してたけど相手が同じ人狼となると話は変わってくる。
負けたら何かあるというわけではないけれど、同じ条件下でサーブを譲られてあそこまで自信満々でいられると単純に負けたくない。
闘争心がメラメラと音を立てて燃えてくる。
「じゃあ始めるぞっ」
俺の放ったシャトルが勢いよく東雲の右後ろに向かって飛んでいく。
この弾速で取りにくい位置に落ちることを踏まえると同級生ならそうそうとれる奴はいなかった。
「いいサーブだね」
しかしいつにも増して余裕そうに少し背を伸ばして打ち返して見せた。
一歩も動くことなく高身長と反応速度を生かした隙のない反撃。
さすがは人狼といったところだろうか。
打ち返されたシャトルは俺と同等か、それ以上の速度で飛んでくる。
「東雲さんもなかなかやるな……っ」
間一髪シャトルが地に落ちるぎりぎりのところで打ち返せたが、こんなの続けられたらとてもじゃないが勝ち目がない。
何とか攻めにまわってリードする必要がある。
「あーあ、やっちゃった」
東雲は俺が打ち返すことを想定していなかったのか、反応が遅れて点を許してしまった。
「おいおい試合中に考えごとか?」
「ごめんごめん、まずは君をどう罵倒しようかと思って」
「選手の誹謗中傷はマナー違反じゃん」
「でも本質はそっちだよ? 君の精神を鍛えるトレーニングなんだから」
そういえばそうだった。実力が同程度かそれ以上の相手とバドミントンするのが楽しくて忘れていた。
「てことで僕は適度に打ち返しながら罵倒するから君はバドミントンに集中してね」
仕切り直されてただのラリーを続けることになった。
東雲との試合に期待をしていた分なんだか不完全燃焼感が否めない。
「ばか」
ジャブか。さすがにこの程度で乱れることはない。
「人生の立ち回りド下手くそ」
うん、まだ全然問題ない。
「すぐムキになる癖に冷静ぶるの普通に恥ずかしいからやめた方がいいよ」
我慢我慢。耳を傾けたらダメだ、これは訓練。適当に罵倒してるだけで本当は思ってないはずだから。はずだから!
「伽々里様とデートしたって本当? ねぇねぇ本当? 鳴川凛祢一筋じゃなかったの?」
「なんで知ってんの!?」
羞恥心と純粋な疑問に脳内を占拠されてラケットを手放してしまった。
いや、これはずるいし誰かに言いふらされても困るしでさすがに看過できない。
「んー内緒かなっ? それもトレーニングの一環ってことで我慢して欲しいな」
ぐぬぬ。無茶苦茶恥ずかしいし、今すぐにでも問い詰めたいところだけど露骨に反応を見せては東雲の思うツボだ。
気になってしょうがないがここは一度忘れてラリーに集中するべきだ。
「同級生と比べても君が一番かっこいいって鳴川凛祢が言ってたよ」
「いや、それは反則じゃん」
「顔赤くしてるとこ悪いけど今の作り話だからね」
「ふざけんな」
しかし自分で適当なことを言ってるから耳を傾けるな、と暗示をかけてすぐにコロッと信じた俺がバカだった。
「次行くよ」
だいたい凛祢が東雲にそんな話するだなんて思えない。もし仮に何かの間違いでそんな話をするとしても相手は東雲ではなく黒燕辺りにするはずだ。
冷静になって考えれば嘘だと判断できるのに東雲の言葉にいちいち顔赤くしてうぶなヒロインかっての。
こればっかりはマジで反応したら負けだからな。
「いつまで反省会してるつもりかな? もうシャトル落ちてるよね? やる気あるのかな? ないなら別に帰ってもらってもいいんだけどさ、誰の為にやってるか分かってるかな」
「あ、すみません。やる気はあります、もう一回お願いします……」
体育会系教師ばりの面倒臭い叱り方を完全再現してくるが演技力は然る事乍ながら、煽り性能が高過ぎる。
あんたのせいだろとツッコミたい気持ちをグッと堪えたことで少しだけ強くなれた気がした。
「おい斗賀、お前鳴川とデキてるんだって? 実際どこまで行ってんの?」
今度は打って変わって同級生のような距離感を再現しつつ馴れ馴れしい感じで下世話な質問をかましてくる。
「凛祢話題にだすのマジで勘弁してくれ」
「だってこれが一番効くんだもの」
「効くからやめろって言ってんだよ」
「効くなら効かなくなるように耐性つけないと」
東雲に反応を楽しまれるのも癪に障るけど、反応しなくなるように耐性をつけたい気持ちと共存してうまれたジレンマを抱えながらこれから頑張らないといけないのかな。
「もうこんな時間か、少し残り惜しいけどまた明日だね。今日は反応しまくりだったけど一週間経てばある程度は自制できるくらいにはなりたいかな」
あれだけからかっておきながらまだ残り惜しいのか、と一人戦慄する。
その後公園から東雲宅へ戻り、食生活までもが管理されることになった。
「いろいろ調べて作ってみました。一応味見はしましたけど、もしお口に合わなかったら仰ってください」
「わざわざありがとう。いただきます」
玄米にサラダに汁物、主菜となる肉料理と魚バランスの取れた和食メインの献立でどれも美味しい。
それに同世代の女の子の手料理が食べられるのはこちらからしたら願ってもないことだ。
「全部美味しいけどこの生姜焼き特に美味しいかも」
「一生懸命作ったので嬉しいですっ! 今度流転様にも出してみようかな……」
ああ、東雲に振る舞う為の練習も兼ねてるのか、道理で。
俺と東雲の舌の好みは似ている所が多々あるので俺が気に入れば東雲が気に入る確率も高い、それならあの喜びようも納得がいくな。
「いいんじゃないか? きっと喜んでくれると思うよ」
まあ東雲にとって黒燕が大切であることは確実だ。黒燕が作ったという事実だけで嬉しく思うだろう。なんせ東雲は黒燕に対しては滅茶苦茶甘いんだから。逆も然りだけど。
「流転様に色々と苛まれたと聞きましたが大丈夫でしたか?」
「ムカつくことも散々言われたよ。でも反応しちゃうのはまだまだ俺が弱いからだって思うから負けてらんない」
露骨過ぎるくらいに凛祢との関係を揶揄されるのを否定してしまうからこそ、東雲はそれに耐性を付けさせようとしてくるわけで、俺が勝つまで終わらないんだから負けたままじゃいられない。
「久遠様が頑張っているのは存じております。ですからこれから一週間流転様のトレーニングに挫折しないよう、お食事ご用意してお待ちしてますね」
「ご飯作ってくれるのも凄い助かるけど、こうして黒燕と話ができるのも支えになるよ」
普段あまり黒燕と話したことがなかったけれど、今少し話しただけでも彼女の優しさが滲み出るように伝わってきた。第一印象は冷たいメイドさんだったのに今の彼女は見違える程に温かい。
勝手な見解だけど、自分にとって大切な人を助けたい、尽くしたいって思うからこそ俺達を敵対視してたんだなって。
「そういえば久遠様とあまりお話されたことありませんでしたね?」
ぼそっと囁くような声で凛祢達が居るのに私と話す意味なんてないですよね。などとネガティブな勘違いを口走るので慌ててそれを否定する。
「黒燕と話したいと思ったのは凛祢や響希と話すのが禁じられてるからじゃない。純粋に話してるうちにもっと知りたいと思っただけでそんなふうに考えたことは一度もない。黒燕はこんなに魅力的なのになんで自分を卑下するの?」
「ありがとうございます。そんなふうに言って貰えるの、お世辞でも嬉しいです……。メイドとして過ごしているうちにいつの間にか? でしょうか。敬語は癖なのでお気になさらず」
たしかに誰に対しても敬意を払って謙っていてはそれが基盤になるのも無理はないかもしれない。
「なら敬語は無理でも俺のこと様付けするのはやめてみない? 試しにこの一週間だけでもさ」
「久遠様がそう仰るなら」
「まだ様付けてるし」
「はいっ久遠くん……!」
俺がツッコミをいれると少女は年齢相応の笑顔を向けて快活な返事をしてみせた。
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