第17話

 それから数週間が経ち、響希も今の暮らしに溶け込みつつある。


 学校帰りに東雲の家へ向かう途中何度か響希と出会したことがあったが、東雲に提案された一日一善をちゃんと守っているようだった。


 あるときはおばあさんの落とした荷物を拾い、そのまま持って歩いたり。またあるときは迷子になった子供をあやしつつ親を探したりと。


 ああ見えて響希はわりと器用だ。一見口下手に見えて伝えたいことを伝えるのが上手いし、言いたいことはちゃんと言える。


 子供には懐かれ、老人にも好かれているのを見ると何処か安心する。


 俺と響希は歳は変わらないが、弟のように思っている節があるのでつい心配し過ぎてしまうけれど、本当のところは俺の方が不甲斐なくて頼りない。


 最近は響希のおかげで話し合いで滞ることも減り、少しずつだが具体的な案が出来上がりつつある。


「今日も始める前におさらいから——」


 響希と凛祢がいくつか議論された中で審査の通った案などをまとめて書いた紙を、ホワイトボードにマグネットで固定する。

 その紙にはボールペンでこう書いてある。


『目標は人狼を危険視する層を減らすこと、周りの人に認めて貰うこと。これを行う訳は過去に私、鳴川凛祢が斗賀久遠と交わした約束があるから。皆様を巻き込むこと申し訳なく思いますが、何卒協力お願い致します。』


 そこには俺に東雲、黒燕や響希、伽々里などといった関わりのある人達の署名が集められている。ちなみに伽々里も時間があるときにはここに顔をだして知恵を貸してくれる。


 そしてまた別の紙に箇条書きされた項目が並べられている。


 ・ターゲットを一部の層に限定する。(学校の生徒など)


 ・文化祭での発表を目標にして計画的に行動すること。


 ・文化祭では紙芝居で人狼の話をやり、その後正体を明かす。


 ・もし仮に認めて貰えず攻撃されることがあっても決して反撃しないこと。


 3週間後に控えた文化祭で枠を取り、そこで発表する。


 若い人間ほど考え方は柔軟だ。だからこそ今例え許容されなくとも、必死で訴えかければ応えてくれると信じることにした。


 来客の大半が学生だ。とは言っても大勢を相手に話すことには変わりないのでリスクも伴うが、遅かれ早かれ俺達の掲げる目標に達するには避けては通れない道だ。


  最初に反対していた東雲を説得したのは凛祢と響希だった。

 二人は人間だ。でも俺達に負けずとも劣らない程この問題に真剣に向き合い、実現に向けて尽力してきた。


  それを近くで見てきた東雲に、二人は半端で終わらすつもりはないと態度で示した。だ からこそ東雲はそんな二人に心打たれたのだろう。


 すると、いつもは横槍をいれるばかりの東雲が珍しく自分から手を挙げた。


「挙手なんて珍しいじゃん流転さん」

「今の問題を僕から提示しようと思ってね」

「問題ですか?」


 黒燕に合わせるような形で皆も訝しげな顔で首を傾げた。

 もちろん俺も例外ではない。目標への道筋がようやく固まってきたところでの問題提示と言われると不安になるのは仕方ない。


「みんなは好きにしてていいよ。問題があるのは斗賀久遠、君だけだからね」

「問題ってなんですか?」

「凛祢が響希に拐われたときにさ——」


 するとノータイムで響希が申し訳なさそうに俯くので凛祢と黒燕が気を使って別の話を振る。東雲は気にする様子もなく話を続けた。


 つまりは二度と暴走されては困るから精神面を鍛えるトレーニングを始める。


 それに君は普段からメンタルが弱すぎる、自己犠牲を盾に問題から目を背けるな、と言うことらしい。


「やりましょう。いや、やらせてください」

「よし、君のことだからはじめは断られるんじゃないかと心配したんだけどさすがにそこまで落ちぶれてはいないみたいだね」


 事実だし反論もないけどあたり強くないかな。トレーニングっていうだけあるからもう既に始まっててその一環だったり。


「さっそく今日からまあそうだね、一週間くらいを目安にやっていこうか。大まかなメニューは作ってあるから取り掛かるよ」

「了解です」


 渡された紙には既に事細かにトレーニングの流れとこれをやってどうなるか、というような具体的なことまでぎっしりと書かれていた。これを大まかなメニューというにはいささか無理があるだろ。


 とりあえず一つ目の項目に目を通す。


『君の精神安定剤でもある鳴川凛祢と不撓響希との干渉を一週間禁止する。学校や、僕の家など顔を合わせる機会もあるだろうけど絶対干渉しないでね。チャットでの会話も禁止。守れなかったらもう一週間追加とします。僕も鬼ではないから妄想くらいは許してあげるよ、君も健全な男子高校生だから好きな女の子のこと考えないなんて無理だろうからね。ああ凛祢のことを考えなかった日なんて一日もないよ。凛祢少しだけ待っててね。そしたら沢山愛し合おう——みたいな。もうやだー男子ったらすぐそう言うことばっかりetc.』


「いい加減にしろよあんた……」

「君の為に眠い中作ったんだ。深夜テンションでおかしな文になるのも仕方ないよ」


 伝えたいことに対して下世話な内容の比率がおかしすぎるだろ。


 どれだけ勝手な妄想で文章書き連ねてるんだよあんたは。

 いっそのこと執筆でも始めてしまえ。


「で話戻すけど行けそうかい?」

「一週間だろ? そのくらい問題ないはずだ」

「本当かなあ?」

「ムカつくんでそのにやけ顔やめてくれませんか?」


 嫌な予感を覚えながらも二つ目の項目をチェックする。

 どうせ余計な茶々が大半を占めるんだろうけど。


『健康的な生活を心がけること。とざっくり言われてもピンと来ないだろうから一つずつ説明しようと思います、まずは食生活の見直し。黒燕が管理してくれるから従うように。それと適度な運動、バドミントンのラリーでもしながら僕が言葉で邪魔をするから心を乱さずに打ち返すように。あとは寝る前に瞑想30分して8時間は眠るように』


 思ってたより真面目なことが書いてあって驚いた。一個目と二個目の温度差で明らかに風邪ひかせに来てる。


「あと重ね重ね言っているけれど君は自分を責めるのがいけない。まずは考え方を根本から変えていく必要があるかもしれないね」

「俺もそう思ってたところだよ」

「期待しているよ」


 東雲は口先だけの言葉じゃ響かない。期待に応える為にも頑張らないとな。

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