第16話
「伽々里、大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……。さすがに慣れてないと疲れるね。ちょっと休んでもいいかな」
伽々里の休憩が済んで俺達が見送られる頃にはすっかり日は落ち込んで、辺りは暗くなっていた。
「伽々里のおかげで後悔が晴れたよ。お礼と言ったらアレだけど何かして欲しいことやしたいことがあれば考えといて、できる範囲のものなら叶えるから」
「そっか、よかったね。ん、考えとく」
言葉でいくら感謝を伝えても足りなくなるので態度で示すことにした。
あんまり変な頼みは聞きたくないけど今回ばかりはさすがに断れない。
だから既にどんな頼みも甘んじて受け入れる覚悟はできている。
「本当に助かった。あんたが居なかったらオレはきっとずっと不信感を抱いたままだった。あの人のことも久遠のことも」
「あなたも頑張ったんだね」
伽々里は一度こちらを見てから再び響希の目を見て微笑んだ。
すると響希はバツが悪そうにそっぽを向いて堪えきれず笑みをこぼした。
それを見て少しだけ期待が胸を膨らませた。何故かって? こんなふうに響希が笑うとこ今まで見たことなんてなかったから。
これからはもっと見れる機会が増えてくれるんじゃないかと思ったんだ。
「……いや、オレが頑張るのはこれからだ。世話になった」
「どこに行くつもり?」
「刑務所。どちらにせよオレに居場所はないし、誘拐なんて立派な犯罪だろ。それにあんたらにだって散々迷惑もかけたし犯した罪は償うさ」
どうやら俺の希望的観測のような未来へは一筋縄では向かっていかないらしい。
自分のしてきたことに引け目を感じてるんだろうな。説得しようにも手がかかりそうだけど。
「あのね、私はもう気にしてないから」
「オレにここに居る資格なんてないだろ」
凛祢の言葉に響希は負けじと食い下がる。
それを見てしびれを切らした伽々里が口を開いた。
「なんだか久遠と似てるね。する必要のない自己否定なんかしがらみにしかならないんだからやめたら? ね、久遠」
「あ、あはは……そうだな」
なかなか刺さるお言葉で。苦笑いしか出てこない。まさかこのタイミングで矛先が俺に向くとは思わなかった。
でもたしかに『それ』は俺との共通点でもあるかもしれない。それならこんなときどうしたらいいかは自ずと分かるはずだ。
「行かなくていいじゃない。ここに居ろって言ってんだよ俺達は」
「……っ! でもオレには住むとこだってないし、悪いことだってしたままじゃ嫌なんだよ……」
「じゃあさ、うちにおいでよ」
今度は東雲が唐突にそんなことを言い出した。東雲の顔を見ると、普段のおちゃらけた顔でも、初めて会ったときのようなおっかない顔でもなく、慈愛に満ちた温かな笑みを浮かべていた。
この人もこんな顔できるんだ。
「どういう意味だ?」
「君に居場所を与えてあげるって意味だよ」
そして東雲は一通りの説明を済ませた。
今日から自宅の一室を響希に貸し与える代わりに住み込みで働いてもらうという提案らしい。
食費は東雲負担で給料は別に出るそうだ。
行く宛てもない響希にとっては願ってもない誘いだと思う。
「本当にいいのか?」
「僕はどちらでも」
ここまで好条件の提案を東雲側からしてるんだ。
本当は来て欲しいだろうに全くもって素直じゃないな。
「じゃあ頼む……ええと東雲さん」
「流転様」
「流転さん……」
「まあ今はそれでいいよ。よろしくね響希」
「あ、ああ! よろしく!」
少し戸惑いを見せてから快活な声で返事をした響希に、東雲は更にこんな提案をした。
「ところで一日一善を目標にしてみるのはどうかな。罪を償いたいのならば過去の過ちを悔い、改めてこれからに生かす必要がある。困っている人を助けて心にゆとりが生まれれば君の迷いも晴れるだろう」
「一日一善か。しばらく頑張ってみようと思うよ」
住む場所の提供だけでなく、罪の意識すらも減らそうと具体案を提示する姿は理想の上司にすら思える。やはり最年長なだけあってこういうときは誰にも変え難い程頼りになるものだな。
「あと久遠、悩んでいるであろう君にも年長らしく僕から助言を授けよう」
「人は誰しもが不完全な生き物だ。誰かが隣にいてくれるから生きてゆける、辛くても頑張れる。人狼だって同じだよ、だから自分の弱さを呪うな、強くなれ。それまで僕達が傍に居てあげるから」
なんだか感傷的な気分に浸されていた俺の胸を、東雲の言葉に優しく包み込まれていくような、不思議な気持ちだ。
温かいなあ。心がポカポカする。
「たまにはいいこと言うね、東雲さん」
「こういうのはたまにだからいいんだろう? こんなちゃらんぽらんに毎回説教がましいこと言われたって響かないじゃないか」
ああ。おかげであんたの言葉ちゃんとこの胸ん中で響いてるよ。
大丈夫、ちゃんと強くなるから。だからそれまでは甘えさせてくれ。
「東雲さん、本当にありがとな。それに東雲さんのおかげでこれからも響希といられる」
「礼はいい、別に感謝されるようなことはしてないから。それと彼を雇ったのは人手を増やしたかっただけだ」
「嘘が下手だ」
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