第2話
ひとしきり鳴川の質問に答え、他言しないこと、この件についての話は外でしないことを約束して鳴川は家に帰って行った。
「やばい。もうこんな時間か、そろそろバイト行かないと」
部屋の時計を見てバイトの時間が近付いていたことを知り、慌てて支度を始める。
今日は次から次へとやることがあり過ぎて忙しない。
忙しないのに死にそうになったり俺のことを他人に話したり、普段よりとても濃密だ。
バイトの時間まであと10分、準備にかかるのが早くて5分、
バイト先のファミレスまでチャリで10分。
今から全力でチャリ漕いで5分以内に着かないとまた遅刻してしまう。
財布と携帯をポケットに突っ込んで2秒で玄関の鍵を閉めて階段を飛び降りてチャリに乗っかり2秒で漕ぎ出す。
「間に合ってくれ」
「鍵つけたままだった」
「セーフかな」
体感10分で到着。すかさず店内の時計をチェック、大きな針はばっちり開始時間である18時を通過していた。
「あ……」
「ばっちりきっかり1分こっきりアウトしたとこだから急いで」
「すみません……」
店に着くと店長の姿はなく、バイトの同期でひとつ年下の
でもなんで間に合わなかったんだ。計算通りなら遅れるはずなかったんだが。
「お客様ご注文はお決まりですか?」
考えていてもしょうがないので支度をして接客を始める。
「カルボナーラとマルゲリータひとつお願いします」
「カルボナーラ、マルゲリータそれぞれおひとつずつですね」
「はい、それで」
注文を受けて厨房へ向かうと、窓際のテーブルの方から荒々しい声が聞こえてきた。
「だからいつものいうてるやないか!」
「品名で言ってくれないと分かりません」
「どれかわからないからいつもの言ってんねん!」
「メニュー表がありますのでそちらからお願いします」
「なんでもええからはよ持ってこんかい!」
めんどくさそうな客に絡まれているが大丈夫だろうか、それに言ってることもめちゃくちゃだ。
だいたいただのチェーン店のファミレスで 「いつもの」が通用すると思ってるのか?
居酒屋の常連ですらいちいち覚えてないと言われている「いつもの」 を、チェーン店のバイトが知ってるはずないとは思わないのか。
「わかりました」
伽々里はそれで納得してしまったのかすまし顔でこちらへ向かってきた。
「どうすればいいと思う?」
「まあそりゃそうなるよな」
伽々里はキョトンとした表情で首を傾げる。
「あのお客さんもなんでもいいって言ってるし、適当に持ってけばいいと思うけど」
「そっか。矢田さん、フライドポテトとハンバーグにライス大盛り、メロンソーダをひとつずつお願いします」
子供かとツッコミを入れたくたる気持ちを抑えて仕事を続ける。
「お客さま、フライドポテトとハンバーグにライス大盛り、お飲み物メロンソーダになります」
俺は緊張して冷や汗をかきながら伽々里と客の会話を伺う。
伽々里の緊張した顔と、客のこわばった顔を固唾を呑んで眺めていると急に客の顔が綻び子供のように純粋な笑顔が浮かび上がった。
客のコワモテ顔にその表情はあまりにもミスマッチだったが、これで一安心だ。
「うおおこりゃ美味そうだ! 嬢ちゃん困らせて悪かったな、いただきます!」
「いえ、美味しくお召し上がりくださいね」
無邪気な笑顔を浮かべてハンバーグを頬張る迷惑客と伽々里の笑みを見たら何故か俺まで笑顔になっていた。
「お疲れ様です、お先に失礼します」
「待って」
バイトを終え、店を出ようとすると伽々里に引き止められた。
普段呼び止められたことなんてなかっただけに、凄くめんどくさい事に巻き込まれそうな気がする。
とは言っても勘だし無視するわけにもいかないので話だけでも聞くしかない。
「なに?」
「……明日久遠とデートしたい」
ほら。え、え?
「……あとが怖いから遠慮したい」
「話すと長くなるんだけど——」
伽々里から詳しく話を聞くと、話自体はそこまで長い話ではなかった。
同じ学校の男子に告白され、断ったのだが何度言っても諦めてくれず、つい付き合ってる人が居ると口からでまかせを言ってしまったらしい。
その男子がそれに食い付き、付き合ってるならデートしてるとこ見せてくれと言われたらしい。
でもそんなこと頼めるような男子は居ないので消去法で俺に依頼したとの事。
ふつうに少し期待してしまったのが恥ずかしい。
「……やっぱりだめ? 付き合ってくれない?」
「明日一回きりだからな!」
そう何度もこんなことを頼まれては、俺なんか簡単に惚れてしまう。
正直そんなふうに頼まれると断る理由が見当たらないので、
明日の待ち合わせ場所を決めて帰宅した。
「マジで時間をぎゅっと凝縮したような濃い一日だった。それより疑問形で頼み事するのずるい、本当に」
トラックに轢かれかけ、鳴川に人狼だと告白して擬似的ではあるが伽々里にデートに誘われた。
明日デートとか急過ぎるし、デートの経験もないのに更に伽々里のことが好きな奴に一日中監視されてるって下手したら刺されないか。
「おはよう、昨日ぶりだな」
昨日の「夜」とか付けたらストーキング中の例の男子生徒に変な勘違いをされ、最悪の場合死人が出かねないので、挨拶はこんなところでいいだろう。
「おはよう久遠。ね、これみて」
伽々里から突き出されたスマホの画面にはメモが表示されている。
『多分もう居ると思う。それとなるべく仲良く見せたいので下の名前で呼んで気さくに話しかけてほしい』
文自体は短いが、俺にはなかなかハードル高い内容だぞこれ。
まず女子を下の名前で呼ぶの自体が自分自身に変な勘違いをさせてしまう。
伽々里に頼まれたからという大義名分があったとしても難しい。
気さくに話しかけるのだって変なこと言わないか心配で、一語一句気を使ってるのにこんなのOK分かったよとはいかない。
ただでさえ偽装だが、初めてのデート。それで舞い上がってる男子高校生にそんな心の余裕なんてない。
「へぇ楽しそうだな。い、伊織はこういうの好きなのか……?」
「うん、久遠と行ったらきっと楽しいかなって」
やめてくれ伽々里、その健気さは俺に効く。あまりにも自然過ぎて、本当に付き合ってるのかと錯覚してしまう程に俺はチョロく、伽々里は演技力が高いという事がわかった。
「今日はどこに行くとか決まってるの?」
「今見せた水族館」
「……へーイイジャンカ」
「全然よさそうに見えないんだけど?」
ばりばりデートスポットっぽくて気まずい。
二人でバスに乗り込むと、当然伽々里に告った例の男子も乗り込んできた。
ここでようやくご対面かと思いきや、マスクにサングラスに手袋、それに厚手のコートを羽織り顔どころか体も見えやしない。
しかしこの服装だと、「あ、こいつだ」ってわかるレベルに悪目立ちし過ぎているので多分頭はよくないのだろう。
なのに俺以外はどういう訳か気にしていないようだった。他人に興味がないのかな、もしくは関わりたくないのかな。恐らく後者だろう。
多分俺達のことも露骨に尾行してたんだろうけど、にしてもよく通報されなかったな。なんか俺に対する呪いの呪文みたいなの永遠に呟いてるし。
「バス混んでて狭いな」
「うん……久遠、もう少しこっち来る?」
「あ、ああ、ありがとう」
気まずくて話題を作ろうと思ったのに伽々里に気を使わせてしまったせいで余計気まずくなった。
こんだけ距離近いとさすがに恥ずかしくてキョロキョロし過ぎて
挙動不審キョロちゃんになってしまうレベル。
「わ……っ」
「ごめん……!」
揺れた反動で伽々里に触れてしまい、ビクリと伽々里が震えた。
今こそ全国の経験豊富なリア充に聞くが、俺はどうしたらいい。
何をしようにもデート適性が無さ過ぎるせいか悪循環だ。
これは俺が不甲斐ないからなのか? それともデート相手が絶賛自分に片想い中の男子連れてデートに参加してきてもリア充なら平気でかいくぐれるのか?
あと間違えて腰触っちゃったけど腰だし不可抗力だしさすがにセーフなのか?
「謝らなくていいよ、彼女なんだし……」
「た、確かに……それもそうだな」
——ぎしっぎしぎしっ。
本来なら役得だし萌えるのに、本当になんでこいつ居るんだよばーか。
でもそもそもこいつが居なけりゃ今俺がここにいることもないから複雑過ぎるよ。
こいつは更に俺への嫉妬と殺意をメラメラ燃やしてるしおかげで胃が痛い。
「伊織ちゃんと——刺してやる——」
おいおい、めちゃくちゃ不穏な言葉が聞こえたんだが。
そういうのは人に聞こえない声で言えよ。 この場合言われる前に刺されるよりかは遥かにマシだ。でもなんで初めてするデートが命懸けでなきゃいけないんだよ。
『——次は港水族館——港水族館』
「まだ昼まで時間あるしチケット買って入っちゃうか……ってもう行ってるし」
「入館チケット高校生二人分で」
「はーい。二人で2700円になります」
一枚1350円か、結構するな。
「はい久遠の分」
「まとめて買ってくれたんだな、今財布出すからちょっと待って」
俺が言い終わると共に耳元に口を近付けて囁く。
「今日付き合ってくれてるお礼。久遠があんまりお金ないの見てればわかるから。自転車とか結構ボロボロだし」
ヒロインムーブ激し過ぎてときめく音が聞こえた気がした。絶対今トゥンクってなった。
これが噂のASMRだと言うなら延長お願いしてもよろしいでしょうか。
「申し訳ない」
「どういたしまして。はいこれ持って、先入ってるね」
「いや俺も行くよ」
申し訳なさに苛まれていると、いつの間にか伽々里にチケットを握らされて先を行かれてしまった。
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